【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十八時限目 七ヶ扇夏海はサバサバ系である


 なんの情報も得られぬまま昼休みを迎えた。

 お腹がぎゅるると鳴る。朝食はしっかり食べてきたはずでも胃は正常に内容物を消化して、中休み──一十一時から一十五分間の休憩──には腹の虫が騒ぎ始めていた。勉強机のフックに引っ掛けてある鞄に手を伸ばし、ひょいと持ち上げて立ち上がろうとすると、前の席に座る佐竹に「よう」って声をかけられて、浮かせた腰を致し方無く椅子に戻した。

「いつもの場所にいくのか?」

 そうしたいのは山々だけどね、と答える。

 これから、八戸先輩と会わなければならない。

『昼に食堂で待ち合わせ』

 そう、約束している。

「おう?」

 佐竹は間抜け顔で、セイウチみたいな声を出したけど、『オウ』って鳴くのはオットセイだっけ? それともアザラシだったか? どっちにしろ哺乳類であるのは間違いないのだから、細いことは気にしない。それ、ワカチコワカチコっと。

「会う約束をしてる人がいるんだ」

 だから佐竹に構っている暇なんかないんだよ、という意味で伝えたつもりだったのに、佐竹は察しが悪く、まだ会話を続けたい様子で、体を捻るようにして僕の机に手をついた。

「お前が、、……だって?」

 積極的に他人と関わりを持たない僕が、『だれかと待ち合わせをするなんて前代未聞だ』と言いたいんだろう。心底驚いたと目を点にして、あんぐりと口を開けていた。呆然とする理由もわけないが、露骨に態度で表すのは如何いかがなものかと思う。

 眉をハの字にして不快感を晒け出すと、ばつが悪くなったのか、佐竹はもごもごと口を動かす。

「お前だって皮肉を言うだろ……?」

「僕はいいの。佐竹は駄目」

「俺の立場が不憫過ぎねえ!?」

 それにしても、だ。

 急いでいるときに限って声をかけてくるヤツってなんなの? 佐竹に構っている暇はない。八戸先輩が敬える相手かは兎も角、『先輩』を待たせるわけにはいかないのだ。

 年功序列ってだけで上位になった相手だとしても、必要最低限の誠意は示すのが礼儀だ。

 縦社会で上手く立ち回るならば、長い物に巻かれて媚びへつらい、機嫌を伺いつつ適切なタイミングを見計らって、『さすがは先輩!』と輿こしを担げば大抵のことはなんとかなるまである。

 そうはいっても、上司という生き物は気まぐれが過ぎるので、一秒前に言ったことが二秒後に変わる、なんて日常茶飯事だ。鶏かな? 鶏頭なのかな?

 そうだ。

 今日の夕飯は、クックドゥのバンバンジーにしよう。




 佐竹から逃げるように教室を飛び出して、食堂へと廊下を進む。付近の教室から奇声のような笑い声が教室の壁を貫通して、廊下にまで進出していた。どこの教室にも、大抵、一人や二人くらいの割合でパリピ脳なヤツがいる。そして、ソイツらを中心にして、クラスの色が決まるのだ。

 僕のクラスの色はなに色になるんだろう? 昨年の体育祭では黒だったけど、体育祭の割り組みが全てじゃないとしても、僕のクラスは恋愛脳が過半数を占めているのでピンクかな。いや、ピンクと言うと語弊があるから桃色って言い換えておく。……どっちもどっちじゃないか?

 暫く道なりに進み、真正面にトイレがあるT字の分岐路に差し掛かった。ここを右にいくと、音楽室や調理自習室などのある特殊教室へ辿り着く。

 そちら側に用はないので、左に進もうと足を向けると、見覚えのある女の子がハンカチで手を拭きながら、気怠い感じで女子トイレから出てきた。

「あ」

 そんな声が背後で訊こえたが、無視を決め込んで歩き続けていると、五歩くらい進んだ先で呼び止められた。

「キミって、朝に生徒会室にいた人でしょ?」 

 どーりで見覚えがあったわけだー、と緊張感の欠片もない間延びした口調で言うと、とてとて歩きながら近づいてきた。

 これは相手をするまで離してくれないやつだ、そう思って振り返ると、彼女はギョッと目を丸くした。

「男子のくせにその肌は反則じゃない? いや、生徒会的に言うと校則違反?」

 僕の足元から頭まで繁々と見つめて濡れ衣を着せるとか、痴漢冤罪商売をしてる女子高生かよ。

「肌が白いってだけで校則違反とか、梅校の校則ブラック過ぎるでしょ……」

 なにかご用ですか? って感じで、嫌味たらしく視線を送る。

 この人からは、誠意というものが全くと言っていいほど感じられない。だから、僕だって誠意を見せてやるものかと態度で示すのも当然だ。

 誠意には誠意を、不誠実には不誠実をがモットーなものでね。

「いやいや、用があったのは女子男子くんのほうじゃないのー?」 

 奇抜なあだ名を勝手につけるんじゃねえよ殺すぞって、流星なら言いそうだ。然し、流星は気を許せる女子相手にしか殺害予告ネタは使わない。

 ネタ、という言葉って都合いいよなあ……。

 洒落にならない言葉を使っても、『ネタだよ』って逃げればお咎め無し。政治家の言い訳トップスリーに君臨する『記憶に御座いません』くらい、汎用性があるんじゃないの?

 とはいえ、このまま『女子男子くん』と呼ばれ続けるのも釈然としない。

 名前だけでも覚えて帰ってもらいますか、と自己紹介をすることにした。

「僕の名前は鶴賀です。なんてあだ名は、やめてくれませんか?」

「鶴賀……だれ?」

 なんだろうなー、ほんと。

 いまさっき自己紹介したばかりなんだけどなー……うん、この人嫌いだって結論に至り、「それじゃ」と退散しようと踵を返した。

「ちょいちょい、冗談だってばー」

 待って待ってと肩を叩かれ、気が進まないけど振り返る。

「二年二組の七ヶ扇ななおうぎなつ、生徒会で書記をしています」

 律儀に頭を下げて自己紹介をする。

 やればできるじゃないかって感心したけど、『やればできる』は『意識しなきゃできない』って意味でもあるんだから、鵜呑みにするんじゃないぞ!

 自己紹介した程度で、『嫌いリスト』から除外されると思うなよ? 因みに、堂々の第一位は宇治原、お前だからな。

 八戸先輩が席を譲ったのは七ヶ扇さんだったのか、と改めて彼女を見やる。

 毛先がくるくると捩れたパーマは、人工的に作られたものではなさそうだ。髪の量も多く、横に広がっていて芋っぽく感じた。そこはかとなく漂うオーラは僕と同じく陰湿で、七ヶ扇さんを嫌う理由は同族嫌悪かも知れない。いや、サバサバした性格だから、だろう。

 こういうタイプは男女問わず苦手ではあるものの、生徒会に所属した同年代とパイプを繋いでおくのは重要かも知れない……とも思う。八戸先輩に言われたからではなく、情報を訊き出す上でこれ以上の物件は無さそうだ。

 ここで七ヶ扇さんと出会わなければ、放課後にでも関根さんをダンデライオンに呼び出して、生徒会はどういうところだったかを訊ねようと考えていた矢先だった。

 運がいい、トイレの前だけに。

「放課後って、生徒会の活動があるよね?」

「そりゃあ生徒会だからねー」

 そりゃあそうだよなー、と心の中だけで返答する。

「生徒会に用事でもあんの?」

「助っ人として呼ばれたんだけど」

 ──だれに?

 ──八戸先輩にだよ。

「は?」

 八戸先輩の名前を出したら、七ヶ扇さんは殊更に嫌そうな反応を示した。

 それにしても、「は?」って切り返すのはどうなの? 仮にもアナタ、生徒会役員だよね? 学校をよくするべく、日夜努力しているのではないのかしらん? 生徒の悩みとか相談に乗ったりしないのん? って一瞬だけ思ったけど、七ヶ扇さんに相談したところで、適切なアドバイスはしてもらえないだろう。

 いまになって、人選を失敗したかと後悔してきた。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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