【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十七時限目 天地流星は忠告する


 朝練に出ていた連中はすっきりした顔立ちで、自分たちの動きを話し合っている。

 怖かった三年生がいなくなり、いびられる側からいびる側になったことで、紙クズ程度にはやる気が出たのかも知れないが、やたら先輩風を吹かせると、陰でグチグチ言われるんだから程々にしておけよ? と、彼らの横を通りながら心の声だけに留めた。

 喧騒が最高潮の教室に踏み入れようとする右足を、ほんの少しだけ憚ってしまった。

 動物園さながらの教室に踏み込むのは、とっても勇気が必要だ。だって、僕が教室に入るなり、しんと静まり返ったら死ねるよ? いや、死にはしないけど、とんぼ返りで帰宅するのは火を見るよりも明らかだ。

 だけど教室に入った!

 自分の席に座った!

 偉いぞ僕! ……って自分を鼓舞しながら、ぐでっと机に突っ伏した。 

 こうも煩いと、『静かにしろー』と言いながら教室に入ってくる教師の気持ちがわかる気がする。僕が裁判長だったら、木槌ガベルを叩く前に帰宅するね! どんだけ帰りたいんだよ。

 さわがしさで一際目立つ存在と言えば、このクラスで最大の権力を保持する〈佐竹軍団〉と、月ノ宮楓を教祖にしている〈月ノ宮ファンクラブ〉の面々で、二台挙党とも呼べる二グループが一堂に会する我がクラスの朝は、見た目以上に混沌としている。

 もう、混沌と混沌の間で本当の感情はコントロール不能なようだ。きょうかくくあるべしなんて、口で言うほど簡単じゃないのは兎も角、少しは節度というものを弁えるべきではないか? と僕は思う。

 然し、烏合の集に規則を説いても無駄だ。暴徒たちに『暴れるな』と言っても通用しないし、煽り厨に『煽るな』と言っても止めるはずがないのだ。結局のところ、『自分やその仲間たちが楽しければ、見ず知らずの他人を傷つけてもいい』と思ってるんだろう。だからネットのイキりキッズは嫌いなんだよなあ……。

 僕の席前方では、マナを使ってモンスターを召喚し、ダイレクトアタック! ぐわああ! している連中がいる。

 コイツら、この前まで違うカードゲームをしてなかった?

 どれだけ昼食代をマナに注いでるんだろうと思う反面、本日のお昼代も五枚入り一五〇円のカードパックに消えていくと考えたら、どうにもいたたまれない気持ちになった。

 その分、僕は計画的に課金しているので、彼らより賢い使い方をしていると言える……、どっちもどっちか。




「よう」

 声がした方へ顔を向ける。

 珍しいヤツが声を掛けてきたものだと驚き、ついつい覗き込んでしまった。

「言いたいことが顔に書いてあるぞ」

「え。もしかして僕ってサトラレ?」

「さとられ……ってなんだ」

 なるほど、これがジェネレーションギャップってやつですね?

 僕が『そういうネタ』に詳しいってだけの話ではあるけれども、メイド喫茶で働いてるなら、古きよき時代のネタくらいは知っておくべきじゃないのか?

 メイドは全年齢に対応しなきゃならないのだし、ネット知識は頭に入れておいて損はない。

 でも、流星は〈らぶらどぉる〉でナンバーワン人気のメイド、〈エリスちゃん〉だから、小手先だけの小細工なんて不要なんだろう。

「朝一で登校するほど学校大好きっ子のお前が、朝礼ギリギリに来るとはな」

「これでも忙しい身分なんだよ。だからさ」

 皮肉に皮肉で返すと、流星は殊更に顰めっ面をした。口の減らないヤツだ、とでも思ってるに違いない。『一言』には『二言』で返すのが僕の流儀。そんじょそこらのパリピ軍団と一緒くたにされては不服なものでね。

「で、なに?」

 当然ながら、皮肉を交えに遥々やってきたわけでもあるまい。仮にそうだとしたら、僕以上に友だちがいない認定してもいいだろう。いいや、駄目だ。友だちがいないのは僕の専売特許であって、容易く肩書きを譲る気はない。

「お前、なにやらかしたんだ」

 と申されても、心当たりがあり過ぎて、流星がどの件について訊きたいのかがわからず、僕は『ヘケ?』って具合に首を傾げた。 

「なんの話?」

 ぱどぅーん? と首を傾げていると、流星は眉間に皺を寄せて苛立ちを露わにした。そして、僕の机の両手をつき、ぐぐっと顔を近付ける。

「さっき、八戸と一緒に黄昏れていたのを見た」

 ああ、やっぱりソレか……。

「先輩、は付けようよ」

 、と呼ばないのが流星らしいといえば流星らしいけど、自分らしさの話なら、わざわざ八戸先輩の名前を出さなくてもいいはずだ。

「八戸先輩を知ってるの?」

「まあな」

 態度から察するに、『先輩後輩の仲』じゃなさそうだ。どっちかと言えば、因縁の相手、親の仇敵って感じではある。

「八戸にはあまり近づくな」

「どうして?」

「ど、う、し、て、も、だ」

 ふむ……、これは一体、どういうことだ?

 島津会長然り、流星然り、八戸先輩を恨んでいるような節がある。

 ドが付くほどの変態ではあるけど、悪意を感じるような素振りは見せていなかった。そこまで警戒するような相手でもない、という印象だ。

 だが、流星は『近づくな』と忠告する。

 それ相応の理由があって僕に忠告したはずだが、流星はその理由について、一切合切話す気は無いらしい。

「忠告はしたからな」

 と言い残して、自分の席に戻ってしまった。




 流星が立ち去ったあと、担任の三木原先生がホームルームをしに教室へ入ってきた。流れ作業のように出席確認をして、今日の予定なんかを話している。でも、魚の小骨が喉に詰まってるような違和感が邪魔をして、全く頭に入ってこない。

 なぜ、と僕は頭を捻った。

 島津先輩が八戸先輩を嫌煙する理由ってなんだろう?

 八戸先輩は、『島津会長と副会長の言い分の違いが亀裂を生じさせている』と言っていた。だけど、生徒会を訪ねたとき、島津会長は八戸先輩に対して『二度とくるな』と、強い口調で宣告している。

 もしかすると、島津会長と副会長の間に亀裂を入れたのは八戸先輩だったりするのか? って考えると、流星の忠告は筋が通っているような気がする。

 然し、だ。

 流星が言い渋るほどの〈理由〉とは……?

 流星はたまに授業をサボるから、生徒会に所属していた頃の八戸先輩を知ってるはずだ。だからといって、『注意されたから嫌い』ってわけでもなさそうに感じる。

 龍の鬣に触るような出来ごとがあった、と考えるほうが自然だ。

 流星が触れて欲しくない事情は二つある。 

 一つは、自分の性別についてだ。

 自分の性別が女であることを、流星は隠したがっていた。だからこそ、素行を荒くして、他者を近づけないようにしている。

 まあ、それ以外にも『口が悪いのが男らしい』みたいに思っている節もあって、それだけ見れば可愛いものではあるけれど……、八戸先輩が流星の性別を見破ったとすれば、八戸先輩を嫌う理由にはなる。

 二つ目は、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉で働いていることだ。

 男らしい、をモットーに生活している流星が、それと真逆なバイトをしているなんて、だれにもバレたくないだろう。

 このクラスでそれを知っているのは、僕、天野さん、佐竹、月ノ宮さんくらいで、流星から『絶対に口外するな』と口止めもされている。

 流星のバイト先が八戸先輩にバレたとして、真っ先に疑われるのは僕らの中のだれかになるが、流星からそのような報告は受けていない。

 では、僕らが流星について口外せず、八戸先輩が二つとも見破ったらどうだろう。もしそうだったら、忠告の理由を話したくないと拒むのも頷けるけど、それってつまり、八戸先輩が流星に対して『ストーカー行為』をしていたことにもなる。……なにノ宮さんかな?

「ストーキング、か……」

 いやいや、憶測だけで決めつけるのはよくない。

 僕が言うのも難だけど、偏見と憶測は違うんだぞ!

 偏見は『かたよった見解』で、『中正ではない意見』のことを言う。憶測は、『物事の事情や人の心をいい加減におしはかること』だ。(電子辞書調べ)

 つまり、『ネットで誹謗中傷をしたり、配信を荒らす行為をするヤツは隠キャだ』って決めつけるのが〈偏見〉で、『彼が荒らし行為をするのは、家庭環境が荒んでいるからだ』とするのが〈憶測〉なんじゃない? なんか多分、知らないけど。

 どうでもいいけど……。

 どうして同世代の女子って、会話の中に『なんか』って言葉を多用するんだろう? 枕詞にも使うし、接続詞にも使う。副詞と繋げて使うときだってあるから、もう『なんか』しか訊きとれないんだよなあ……。

 僕に話しかけてるわけじゃないから、はっきり言って偏見だけどね!

 どうして僕は、偏見と憶測の間にある歪な感情のコントロールができないんだろうか。

 なんか、案の定脱線してる。

 僕が下らない思考に全精力を注いでいるうちに、三木原先生のホームルームが終わった。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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