【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二十四時限目 それぞれの思惑が交差したダブルデートは幕を閉じる[後]


 ふっと隣を見やると、佐竹君が私をじいと見つめていた。なに? と首を傾げたら、気まずいとばかりに目をそらして、前髪をちりちりと弄って遊びだした。

「だから、なに?」

 問い詰めるように語尾を強くした私の様子を見て、毛先を弄るのを止める。

「楽しかったな。ガチで」

 ぼそっと、目を涼めながら言う。

「うん。久しぶりの水族館だったから楽しめたよ」

 佐竹君は「そうか」とだけ返事をして、アイスココアをぐいっと呷ってから床に置いた。コツンと甲高い音がしたので、一気に飲み干したらしい。アイスココアって、そうやって飲むものじゃないよ……と、喉元まで出かかっていたけど呑み下した。

「甘いのに薄いって微妙だよな」

 と、床に置いたココアの缶を見下すように睥睨して品評をする。

「缶のココアに美味しさを期待しちゃだめだよ」

 それはココアに限った話ではなく、佐竹君が買ってくれたブラックコーヒーの味も薄くて苦い。

 世界のバリスタが監修しても、所詮は缶コーヒーであり、豆から挽いたダンデライオンの珈琲には適わない。

「それで……、これはなんの時間?」

 さっきと同様の質問を佐竹君にぶつけると、佐竹も同じように「わからん」と答えた。然し、さっきとは雰囲気が随分と違って物々しい態度で私を見つめる。

「いや、嘘だ。……わかってる」

「そ、そう?」

 この感じは、なんだか嫌な予感がしてならない。

「そ、それじゃ私はそろそろ……」 

 ドロンしますって退散しようとした私の肩を、彼のゴツゴツした手が掴んだ。

「もうちょっとだけでいい。傍にいてくれないか」

 背中越しにいる彼が、本音を吐露するような声音で言った。いつもの、取って付けたような語尾は無い。掌から伝わる熱が、殊更に真剣だと訴えるようだった。

「わかった。もうちょっとだけだよ?」

 そう言って振り返ろうとした瞬間、佐竹君が肩を後ろに引っ張るものだから、私の体はバレリーナのように、その場でぐるりと半回転。そして、めきそうになった私を、佐竹君が抱き寄せた。

「ねえ、恥ずかしいよ……」

「わ、わるい……つい、な」

 いまのは、わざとじゃない。

 私のことを抱き締めたくて、力一杯引き寄せたんだ。思いのほか強かったせいで……いや、私の体幹がへなちょこ過ぎたせいもあり、場違いなダンスを披露する羽目になった。

「わかったから、その……顔が近い」

 腕を伸ばして私を剥がすと、佐竹君は自分が大胆な行動をしてしまったのを悔やみながら赤面して、顔を合わせられないとばかりにそっぽを向いた。

「ここまで無抵抗だと焦るだろ。……ガチで」

「だって、運動神経は人並み以下の私だよ?」

 自慢するのおかしいだろ、と佐竹君は失笑する。

「でも、おしかったね。キスするチャンスだったのに」

 そう言うと、彼は「しねえよ」と否定した。

「変なことはしないって約束だ」

 背けた顔を私に向けて、佐竹君は真面目ぶって答えた。

「いまのは変なことじゃないと?」

「だから、悪かったって謝っただろ……」

 お前、そういうとこあるよなって言いながら、きまり悪そうにうなじ辺りをがしがし掻く。

「冗談だよ。いまのはノーカンにしといてあげる」

「お、おう」

 それにしても、だ。

「コーヒーが零れてたら大惨事だったよ?」 

 会話しながらちびちびと飲んでいたので、三分の一くらいしか残ってなかったのが幸いだ。その残りを飲み干して、彼が床に置いていた缶を拾い上げる。

「あ、俺が捨ててくるぞ」

「ううん。いい」

 そして、佐竹君が口をつけた場所に、私は口付けをした。

「……今日は、これで我慢して?」

「え? あ、ああ。おう……」

 これくらいしないと、佐竹君は私を帰してくれなそうだし、私自身の目的を遂行するには、この行動がベストだと思った。……そりゃ、かなり抵抗があったけど、こういう仕草は小悪魔っぽいと漫画にも描いてあったし? と、自販機横に設置されているゴミ箱を目指しながら、心の中で言い訳を連ねた。

 缶をゴミ箱に捨てて振り返ると、佐竹君は自分の両頬をペチペチ叩いていた。頬が赤い言い訳でも作ってるのかな? なんて思うと、ときたまに男らしさを垣間見せる彼にも可愛い一面があるものだ、と笑みが零れたその一瞬を、佐竹君に目撃されてしまった。

 ──笑うなよ。

 ──笑ってないもん。

 ──いいや、笑った。

「はいはい、笑いましたけどなにか?」

「開き直ってんじゃねえよ。マジで」

 なんだかこそばゆい感じのやり取りで、私たちは思わず吹き出してしまった。

「結局のところ、この時間はなんだったの?」

「そうだなあ……」

 佐竹君は顎に手を当てて、神妙に目を伏せて考える振りをしてから色を正した。

「お前に告白しようと思ったけど、まだ時期が早いと躊躇したタイムだな」

「えええ……」

 そうだとは思ったけど、赤裸々に語り過ぎでしょう……。

 そう嫌な顔するなよって、佐竹君は肩を落とす。

「まだ色々と踏ん切り付いてねえのに、勢い任せじゃ駄目だろ」

「でも、勢いって大切じゃない?」

「それが通じる相手だったら、とっくにそうしてる」

 これには思わず、へえと素性が出てしまった。

「声、戻ってんぞ。普通に」

「佐竹君が変なこと言うからでしょ! ばーか」

 あっかんべーと舌を出して、動揺を隠す。

 彼の言葉に、ちょっとだけ感心してしまった自分に戸惑う。

 いつもちゃらんぽらんでウェーイの癖に、こういったときだけ男らしくなるのは反則だ。ウェーイの者ならウェーイの者らしく、勢い任せにヨシェーイ! って奇声を上げてればいいのに、意外な一面を見せられたら、どうすればいいかわからなくなっちゃうじゃん……。

 私が沈黙していると、佐竹君も居心地が悪そうに左見右見を繰り返していた。

 ──帰ろっか。

 ──そうだな。

「また明日な」

 そう言って、彼は踵を返す。

 あれ? そっちの電車って……。

「ま、いっか」

 私が見ているかもわからないのに、後ろ向きのまま、さっと手を挙げるようなキザな仕草をする佐竹君の背中を見送ってから、私も自分のホームへと足を向けた。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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