【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百九時限目 八戸望の正体[後]


「リップサービスとはまた、偉くメタフィクションな発言だなあ。……その通りだけどね」

 メタフィクション発言、略称は『メタ』と呼ばれる言葉で、主にゲーム内の説明や、非現実的空間で、現実的な説明をされる場合によく使われる。

 某動画サイトにアップされているゲーム実況を見ていると、唐突に出てくる説明アイコンに対して、実況主がよく『メタい発言だ』とリアクションを取るのだが、当時、中学生だった僕は言葉の意味を知らず、動画を見終わったあとにネットで調べたのは懐かしい記憶だ。

「つい一昨日のできごとですから、多かれ少なかれ記憶は残っていて、僕を食堂で見かけて隣に座った……と、まあ、こんな感じですかね。僕がキョトン顔してたから、八戸先輩は自分の存在をアピールするために〝優梨〟と僕を呼んだんじゃないですか?」

「恐れ入ったよ」

 ハンズアップと両手を上げて、僕に降参の意思を伝えた。

「もしかしてミステリー研究会に入ってたりするのかな」

「いえ。母親がそういったジャンルの本を好んで読んでるので、それを僕も読んでいた……からでしょうね」

 母親が大人気ミステリ小説家で、父親が世界を股にかける名探偵で、西の名探偵に『せやかて工藤』と呼ぶライバルがいるわけじゃない。これは本の趣味であり、大した推理でもないのだ。寧ろ、推理と呼んでいいものか怪しいレベルの粗末さ。

 僕がやっているのは推理ではなく、お互いが妥協できる点を提案しているに過ぎない。

 推理は、僅かな痕跡から答えを探す行為。

 推測は、予想と『そうかもしれない』という希望的観測から予測する妄想のようなものだ。

 だからこそ、不明な点が残る。

「八戸先輩、一つ訊いてもいいですか?」

「うん?」

「どうして僕に声を掛けたんですか?」

 八戸先輩は顎に手を当てて「そこはわからなかったのか」と小さく呟いて、制服の上着のポケットから携帯端末を取り出し、ぽちぽちっとフリック入力で文字を打ち始めた。

「これが、その理由だよ」

 完成した文字が見えるように、画面をやや上にしてこちらに向けた。

『男の娘が好きなんだ』

 メモアプリに記されていた言葉は、どうにもこうにも、僕はそういう運命なのかも知れないと首肯してしまうような内容だった。

「あー、ええと。つまりそれは、同性に対して恋愛感情があるってことですかね……?」 

「いいや違う。男の娘は男子とも女子とも異なる、新しい性別だ」

 うん……。

 僕の見識が間違っていなければだけれど、それを『ニューハーフ』って呼ぶんじゃないかなあ……? それに、八戸先輩は『男の娘』って口に出してるからね? わざわざ携帯を取り出す必要も無かっただろ──と言いたい気持ちを堪えた。

「八戸先輩って、もしや変態ですか?」

 もしやももやしもないけれど、変態なのはほぼ確定はしているけれども、一応ね? 確認はしておこうと口にしてみた。

「いいや、そうじゃない」

 いいえ、そうでしょう?

「あくまでも、ってだけさ」

 そうそう、と矢継ぎ早に続ける。

「今年のサマコミで、大ファンのコトミックス先生が新作を発表するらしいんだ」

 サマコミ……?

 コトミックス……先生?

 あれれえー?

 なんだか訊き覚えのある名前が混じっているぞー?

「しかも、今回のサマコミの新作は〝イケメンカフェ店員と男の娘〟を描いたラブロマンスらしいんだ」

 ううーん……。

 去年の夏に、そんなシチュエーションのモデルをしたようなしてないようなしてるんだよなあ……。

「カフェに携わっている身として、これは血が滾るだろう!?」

 滾ってくれないで欲しいんですけど……と、ドン引きしいていたら、僕が汚物を見るような目をしているのに気がついたらしい。はっと我に返って「すまない」と頭を下げた。

「好きなことになると、つい熱が入ってしまうんだ」

 ええ、そうでしょうね。

 琴美さんも月ノ宮さんも、自分の好きな話題になると瞳を爛々と輝かせて饒舌になりますから。

「八戸先輩がド級の変態ってことは理解しました」

 まあ、演劇をする人って個性的ではあるから多少は、ね? 個性を出してなんぼな世界だし、いい演技に繋がるのなら許容範囲ではあるあ……ないな。

「……で、ことは相談なんだけど」

「無理です」

「まだなにも言ってないぞ?」

 言われなくとも予想はできる。

 こういう場合の『相談』は、佐竹の『あのさ』と同義語であり、相談あのさと読むまである。

「男の娘とデートがしてみたいんだ」

 あの、訊いてないんですけど……。

「一度……、一ヶ月でいいから付き合ってくれないか?」

「でいいから、の範疇を超越しちゃってませんか……?」

 ついでに言えば〈一ヶ月〉という期間もおかしいだろ。

『惰性で一ヶ月付き合ったけれど、やっぱり合わないから別れた』

 みたいな、ちょっとしたカップルあるある話になるのでは。

 ──ならば一週間。

 ──七度になってません?

 ──三日。

「日本語勉強しましょうか、せんぱい」

 と同じトーンで呼んだ。

 八戸先輩はぐぬうと唸り、詮方無いと眉を下げる。

「わかった。一日で手を打とう」

「なんで僕が交渉している側になってるんですか……」

 やっぱり、イケメンって末恐ろしいなあ。

「考えさせてください」

「では、アプリの登録をしてくれるかな」

 携帯端末を取り出した真の狙いはこっちか!

 八戸先輩は手元にある携帯端末のメッセージアプリを起動して、QRコードを画面に映す。それを渋々カメラで読み取ると、可愛らしいアイコンと『八戸望』の名前が友だち欄に登録される。友だち……ではないけれど。あと、このアイコンってあれですよね? 弾丸で論破するゲームに登場するアルターエゴさんですよね?

「いい返事を期待しているよ」

「はあ……」

 僕と八戸先輩が食事を終えると同時に、キンコンカンと予鈴が鳴った。




 気がつくと食堂に残っている生徒は極数人で、両手で数えられる程度しかいない。入口付近にあった売店のショーウインドウにも、長年の洗濯で色せたピンクと白のストライプ模様の布が掛けられて、本日の営業を終えている。

 八戸先輩が食器を返却口に下げるのを待ち、食堂の出入口で「また」と言って別れた。

 凹んだアスファルトに水溜りができていて、雨が水面を打つ。さっきよりは弱まった様子だが、この雨は今日一日中降り続けるのだろう。

 雨の日は鬱屈した気分になる。

 かと言って、晴れたら晴れたで憂鬱になるのが、僕ら学生の不安定さを物語っている。

 風が収まったのは有り難いけれど、僕が登校する際に利用している電車は、雨風で運行を停止させるからなあ……予定よりも遅い帰宅になりそうだと諦観して、食堂と校舎の間にある赤煉瓦タイルの道を駆け抜けた。

 午後の一発目は、担任である三木原先生の授業だ。

 絶対に眠くなる。

 雨が校舎を打つ音が心地よくて、うつらうつらと船を漕ぐこと間違い無しだが、担任の授業で居眠りすれば、内申点に多大なダメージが発生するかも知れない。

 だが、その心配はもうしなくていいだろう。

 僕が教室前の廊下を歩いているその先に、三木原先生が気怠そうに歩く背中を捉えてしまったのだから。


 





【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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