【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百八時限目 初めての食堂


 校内放送が訊こえてくる。

 ラジオのDJになりきった放送部の声がどうも煩わしくて、廊下を歩きながら耳を塞ぎたくなった。

 将来の夢はDJになって、リスナーに笑顔をお届けしたい!

 とでも言いたげな声の張り具合だ。

 お昼はまったり寛ぎながら、静かにお弁当を食べたい!

 って、放送部宛にハガキを書いて送りたい気持ちを抑えながら、どこで昼食にしようかと校舎をうろつく。

 トイレ……は、さすがにないだろう。

 個室で、だれに邪魔されるでもないのは理想そのものだけれど、何如いかんせん場所が悪い。それに、雨の湿気も相俟って、陰湿な空気が淀んでいるトイレでお弁当を食べるくらいなら、教室の喧騒を我慢して食事したほうがまだマシだ。

 雨の日なら、それも止むないと思っていた。

 校庭の隅にあるベストプレイスが使えない以上は、教室で食べるか、食堂で食べるかの二択。僕は食堂がどうしても苦手で、選べる選択肢は教室しかない。

 でも、背に腹は変えられない。

『そうだ食堂、行こう』

 なんて、使い古されたキャッチャーフレーズを思い至った次第で、いつも以上に喧しい廊下を進んだ。

 教室はどうにも居心地が悪い。

 土曜日のデート以来、天野さんはどこかよそよそしく、月ノ宮さんは、僕に慈悲深い微笑みを向けてくる。

 なんで? と現状を鑑みても、思い当たる節が無い。

 況してや、怒鳴られても文句無しだ。

 僕と天野さんがデートした事実を知っているにも関わらず、あんな優しい言葉をかけてくるから、なにか裏があるのでは? と、疑って身構えるのも当然だ。

 月ノ宮楓をにすると、たんの苦しみを味わうことになり兼ねない。

 触らぬ神に祟りなしとは言うけれど、既に触れているもんだから、石橋を叩いて渡るくらいの慎重さで、本日もご機嫌麗しゅう御座いますっと、セバスチャンしているのが無難ではある。……ではあるのだが、僕は彼女から『ライバル』認定されているので、いつかは決着をつけなければならないだろう。

 でも、それはいまじゃない。

 佐竹は相変わらずの佐竹で安心する。

 宇治原君たちと行動するのは毎度のことで、基本はあちらが佐竹の居場所だ。IQ5くらいの会話をしながら笑い合う風景を遠目から見て、割と普通にガチでヤバいと思いました。楽しかったです!

 と、締め括りたくなる程度には感想を抱く。

 佐竹はいいとして、天野さんと月ノ宮さん双方から寄せられる視線に耐えながら食事なんて御免だ。

 我慢に我慢を重ねるくらいなら、一つの我慢で充分であり、だから食堂を選んだと言ってもいい。

 梅高の施設は、ほぼ縦並びに建てられている。

 昇降口を西とすれば、北側に食堂、中央に校舎、南に体育館と美術棟があり、雑草が生い茂る斜面を下ればグラウンドといった配置だ。

 もっと細かく言うなら、体育館は校舎から少しずれた南東に位置して、美術棟は南西となるけれど、並列してると考えて差し支えない。

 梅高自体もちょっと特殊な形をしているから、新入生は特殊教室の場所を覚えるまで、ダンジョン内を彷徨う勇者パーティよろしくな状態となるわけだ。

 この学校を上空から見たら、カタカナの『コ』の字を反転させたような姿をしているだろう。もっとも、そんな綺麗な反転コの字姿ではなく『Σ』のように歪ではある。

 色々とぶっ飛んだ高校だからなあ……。

 校則も緩いし、一般常識を著しく逸脱しなければ、なにをしても問題無いまである。だから髪を染めてもいいし、バイトだって可能。イベント行事は生徒が主体で有志を募り、生徒会主体の実行委員会が取り仕切る。これこそ、我がクラスのアイドル、月ノ宮嬢の出番ではないかと思うのだが、月ノ宮さんは自分の勉強に集中したいようで、学校行事の実行委員会には入らないようだ。

 教室を出て廊下を進み、最北に位置する階段を下れば、食堂へ続く通路が見える。

 食堂へ渡る道は『半校内』という位置付けで、外に出るけれど土足厳禁の赤煉瓦タイルが敷かれた渡り廊下を進むことになる。勿論、通路には半円型の屋根があり、通路の脇には水の侵入を防ぐための溝があるわけだが、ざあざあと降り注ぐ雨の前では成す術がなく、横から侵入した雨でビショビショに濡れていた。食堂までの距離はおよそ数十メートル。走って渡ればそこまで濡れることはないと、転ばないように注意しながら駆け抜けた。

 風除室の両開きドアを開けると年季の入った白い券売機が二台設置されていて、日替わり洋食ランチ、和食ランチ、麺類、カレーとボタンが並ぶ。だが、ここで食券を購入する必要は無い。なぜなら、お弁当を持参しているからね! 節約、超大事。事あるごとに出費がかさむので、なるべく無駄遣いは避けたい。……ダンデライオンの珈琲一杯と、食堂の洋食ランチの値段が一〇〇円違いってまじ?

 券売機を横目に食堂へ進むと、すぐ横に売店があった。そこではラップに包まれた手作りサンドイッチなどの軽食の他に、プリンや飲料水の販売も行なっている。

 特に目を引いたのはカツサンドだ。

 分厚いカツとキャベツが挟んであり、ソースとパンの相性も抜群だ。……いけないいけない、危うく孤独のグルメばりに感想をあげつらいそうになるのを堪えて、空いている席はないかと見渡し、近場にある席に座った。

 食堂のテーブルは長方形で、椅子と一体型だった。離席すると自動的に椅子がテーブルの下に引っ込む仕組み。多分、バネのような仕掛けが施されているんだろう。知らないけど。椅子はテーブルの足に固定されている。ので、六人が一斉に食事を取れる。相席になるのは嫌だけれど、まあ、贅沢を言ってはいられない。広い食堂ではあるが、結構な混み具合だしな、と思いながらお弁当を広げた。

「エビチリじゃない、だと……!?」

 黒の四角いお弁当箱には、いつもエビチリが添えられているはずなのに……。色味が足りなかったのか、プチトマトが二つ、遠慮がちに入れてあった。

 ほうれん草のおひたしに、海苔が入った玉子焼き。白米の上には胡麻がパラパラっとふりかけてあり、端っこにはなぜか福神漬け。そして、豪快に乗せられた焼き鮭が本日のランチで御座います。……これ、父さんのお弁当箱じゃん。多分、お弁当を包むときに母さんが間違えてバンダナを巻いたな? いま頃、父さんは会社でエビチリを堪能しているのかと思うと膓が煮えくり返る想いだけれど、しょうがない。偶にはシャケ弁でもついばむかと鮭を解していたら、「隣、いいかな」と声を掛けられた。

「どう、ぞ……?」

 どこかで見た顔だった。

 いや、僕が他人の顔を覚えているなんてことは滅多にないので、他人の空似なんだろうけれど、どうにもこの声には訊き覚えがあった。

 多分、先輩だと思う。

 整った顔立ちで、程よく響く声は耳心地がいい。イケボカテでASMR配信したら、結構人気がでそうなくらいの中音域だ。だから、覚えてたのかも知れない。

 どこで会ったんだろう……とちろちろ窺っていたら、僕の視線が気になったらしい。洋食ランチのハンバーグを箸で切ろうとしていた手を止めた。

「なにか?」

「あ、いえ……すみません」

 そうか、とだけ答えて、先輩さんは再びハンバーグに着手する。

 やってしまった……。

 教室ではないから、ついつい気配を殺し損ねた。ここからは無心だ、無心になるんだと言い訊かせながら鮭の身と皮を綺麗に剥がす。鮭は皮が美味いんだ。特に、身が細まった部分は最の高で、これだけでご飯を全て食べれると言っても過言じゃない。これこれ。この瞬間が堪らないんだ……とか思っている時点で無心じゃないんですけどね!

「へえ、器用だね」

 ファッ!? として隣に座る先輩を見やると、興味深かそうに僕のお弁当をロックオンしていた。

「渋いラインナップだけど、和食が好きなのかな?」

「い、いえ。そういうわけじゃないです」

 和食は嫌いじゃないし、なんなら大戸屋の雑穀米が大好きではあるけれど、隣町にあるショッピングモールに行かないと無いんだよなあ……。そして、そのショッピングモールに行くと、紅虎の黒い担々麺を選んでしまう辺り、生粋のショ好きカーではない。

「三年ののぞむです。よろしく、

「二年の鶴賀優志です。こちらこそよろ……え?」  

 いま、僕のことを『優梨』って呼んだ……?

「あ、そうか。この前、店に来たときは偽名を使ってたんだね」

「この前、店に……ああ!」

 思い出した!

 サンデームーンでウエイターをやっていたイケメン店員さんだ!

「まさか、同じ高校に通ってるとは思わなかったよ」 

 またしても、やってしまった……。

 優梨と呼ばれたから動揺して『ああ!』とリアクションを取ってしまった。ここから「人違いですよ」と訂正しても白々しいし、「実は双子の妹です」と嘘をいても、うおの木に登るが如し……鮭だけに。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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