【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百九十六時限目 勉強会は潮時を迎える
気が進まないといいつつも、楓ちゃんのアドバイスを携帯端末にメモっている。背に腹はかえられぬってやつかな。相手だって犯罪行為に手を染めているんだから、これも『目に歯をである』と言えなくもない。褒められた手段ではないのはたしかだけれど……こうまでしないと〈二人きりになって話をする〉という状況が作れないのなら、しょうがないと割り切るしか無さそうだ。
「──とまあ、こんな感じですね」
以上、楓先生の『初級・ストーキング講座でした』って感じで締め括っているけれど、内容は『探偵の浮気調査』みたいで、電柱の影に隠れてやり過ごす──という一節が出てきたときは、この人、本当に月ノ宮製薬の跡取り娘なの? って疑ってしまった。
「ありがとう、楓。アナタが本当に危険な人物だってことがよくわかったわ」
「危険なんて無いですよ? これも愛です」
二人のやり取りを訊きながら、「なんの話をしてるんだ」と私に耳打ちをする。柴犬は二人の事情を知らないから、二人が冗談を言い合ってるようにしか見えないんだろう。かく言う私も冗談であれと願うけど、レンちゃん絡みで冗談を言うはずもない。つまり、先程述べたストーキング講座は氷山の一角で、中級、上級が残っているとなると、レンちゃんもそれなりに対策を練ることになるけれど……あとは二人にお任せして、私は「色々とあるんだよ」とだけ返答した。
「二人きりになれたとして、根津にどんな言葉をかければいいんだ?」
いい天気ですね、なんて白々しいだろ、と柴犬は続けた。
「そこはほら、フィーチャリングで……なんかあんだろ。普通に」
「タケシー、それを言うならフィーリングじゃないの?」
「そう、それだ!」
フィーチャリングとフィーリングを言い間違えるとは……これこそ冗談で言っているんだよね? 本気で言ってたら洒落にもならないんだけど、彼は本当に、どうやって梅高に合格したんだろう。梅高七不思議に追加してもいいレベル。
因みに、フィーチャリングとは〈演出〉という意味で、よく見かける『〝楽曲名〟feat.〝名前〟』というのは、『楽曲を演出したのは誰々』って意味ね。ボカロを使用した楽曲に、こういう形式でタイトルやアーティスト名を飾ることが多いのは、自身の宣伝も兼ねているからだと思う──余談が過ぎた。
「フィーリングで解決できるのは佐竹くらいでしょ」
レンちゃんが呆れ顔で言う。
「それに、魅力的な言葉じゃない限り突っぱねられるのがオチよ」
「魅力的な言葉……天野さん、なにかいい案はあるか?」
「そうね……。〝それっぽいことを仄めかす〟とか」
ざっくり過ぎる。
「私、こういうの苦手だから──ユウちゃん、なにかない?」
全員の視線が私に集中した。
期待してくれるのは嬉しいけど、特にこれと言った案は用意してなかったんだよね……でも、それでよしとしてくれるような雰囲気ではない。
「ちょっと待ってね」
こういう場合は優梨じゃなくて、優志の思考を使うのがいい。
僕は瞼を閉じて思索に耽る。
黒と赤が混じったような色の世界が瞼の内側で広がり、黄色とも白とも言えないマダラ模様を感覚で追いかけながら、これまでのやり取りを思い出す。
魅力的な言葉じゃない限りは突っぱねられる──と、天野さんは言っていた。
魅力、か。
動物や昆虫が捕食をするのは本能であり、そこに魅力云々の感情は無いだろう。根津君は狩る側で、柴犬は狩られる側だ。本能を剥き出しにしている相手に、下手な言葉は通用しない。
喩えば、コンビニのレジで従業員にお金を投げつける馬鹿に正論を言っても訊かないのと同じだ。トラックをひっくり返して沸き上がる猿のような連中に、『器物損壊罪で、三年以下の懲役、又は、三〇万以下の罰金が科せられる』と言っても止めないだろう。
どうやってソイツらの愚行を覚まさせるか。
それは、意表を突く他に無い。
理路整然を説いても愚行を止めないなら、こちらも愚行を用いるべきだ。それも、拳銃を眉間に突きつけるくらいの大胆さで。
その拳銃はどこにあるのかだが、本物の拳銃を用意することなんて不可能だし、わざわざモデルガンを使う必要もない。柴犬ならエアーガンの一丁や二丁は持ってるだろうけど、そんな物で脅したら、根津君は返って反発するに違いない。
拳銃の代わりになって、本能剥き出しの相手を素面にさせる方法──それは言葉だ。ただ、柴犬が言うように、『いい天気ですね』ではいけない。言葉を弾にするならば、真っ直ぐ相手の眉間を貫く言葉が効果的である。
ハッタリでもいい。
相手が自分の言葉に興味を持ったら勝ちだ。
だから、答えは──。
大きく深呼吸しながら、閉じていた瞼をゆっくり開く。
「考えがまとまったみたいだな」
隣に座る佐竹君の問いに、私は首肯だけで返した。
「最初に言っておくけれど」
これは、とても重要なことだ。
「柴犬は、根津君になにを言われても、動じない覚悟はある?」
「ポーカーフェイスを貫き通せって話か」
「うん。それができなければ実行不可能だから」
「できるできないじゃなくて、やれってことだろ」
彼の意識が中学生のままで、成長していなかったら不可能な話だ。ここで頭を振るならば、それ以上なにも言わないと決めていた。
「本当に?」
「ああ、やってみせる」
だから早く話せ、と身を乗り出して催促する。
「魅力のある言葉って、言い換えれば〝相手の興味を唆る言葉〟だよね」
冷凍食品半額! ポイント一〇倍セール開催! 期間限定! などの触れ込みは、客の興味を抜群に引き立てる売り文句だ。『ちょっと寄ってみようかしら』と思わせれば勝ちで、あとは芋づる式に売り上げに貢献してくれる。まあ、大抵はそう上手くいかないけれど、年がら年中『閉店セール!』をしている店よりは信用できるだろう。
「根津君が興味を示すような言葉って、もしかして」
レンちゃんは気がついたらしい。
恋愛ごとに関してなら、この中で一、二を争うくらい純粋なレンちゃんだから、私の意図を直ぐに察したに違いない。
「でもまだ、確証は持ててないわよ?」
そう、確証は全く無い。
「確証が無い……ああ、そういうことですか。でも、かなりのリスクを背負うことになりませんか?」
楓ちゃんは難しい顔で私を見た。
「リスクを背負うなら大胆に行動したほうがいい……違う?」
「それはそうですが」
そこで区切り、水が入っているコップに口をつけた。浮かんでいたはずの氷は溶けて、コップの底から雫が楓ちゃんの股辺りに落ちた。それをハンカチでさっと拭いて、なにもなかったこのように話を続ける。
「今回の場合、そのリスクを背負って失敗すると、株価が暴落して自己破産も覚悟しなければなりません──そこまでのリスクを柴田さんに背負わせるのは酷かと」
楓ちゃんは、もし失敗すれば今後の学生生活に著しく影響を及ぼす、と危惧しているんだろう。だから、言葉は慎重に選んだほうがいいと言いたいんだ。多分、これが自分の身に起きたことだったら、楓ちゃんは間違いなくリスクを背負う。それをカバーするだけの頭脳があるから、リスクをリスクと思わない。寧ろチャンスだと捉えて行動する。
月ノ宮の名を背負うことは、そういう大胆さも必要なのだ。
そんな彼女が『危険だ』と言うのだから、私の案は、体に爆弾を巻き付けて交渉する爆弾魔のそれと似たようなものなんだろう。
「柴犬が上手くやればいい、それだけのことでしょ? もしかして自信が無いとか言わないよね?」
「安い煽りだな、まったく」
いい性格してるよな、と皮肉を吐いてから眦を決した。
「上手くやってみせる。だから、お前の案を話せ、優志」
「あ、この格好のときは優梨でお願い。性別がバレると色々厄介だから」
「ああ、ああ……もうわかったから話せよ、焦れったいな」
賑わいを見せる柊屋珈琲店の中央、私たちの席だけが静かになった。カップルたちの笑い声も、マダムたちの品のない哄笑も、どこか遠くで起きている事象に感じる。
集中力がピークを迎えた頃合いを見て、私は口を開いた。
「〝お前とは付き合えない〟」
相手になにかを伝えるときは、確信に触れることが最も重要だ。主張を軸にして話を展開すれば、主張がブレる心配も無い。仮に、自分の主張が間違っているならばそれでもいい。間違っているなら間違っているなりに、できることはあるのだから。
今回の場合、二人で話をする──というのが目標にある。相手から、しかも同性から「お前、俺のことがすきだろ」と言われたら反応せざるを得ないはずだ。ケースは違えど、私も似たような選択を迫られたことがある。まあ、あのときなにも言い返せなかったからこそいまがある、と言っても過言じゃないけど、それとこれとは似て非なるものか。
議論の進行は、『いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように』を意識してみると、大抵の矛盾は見抜けてしまう。相手が反論してきても、六何の法則から外れていれば指摘も容易い。
「──そう言えば、アイツは、根津は俺の話を訊く気になるんだな」
「もちろんそれだけじゃないよ。相手がどういう主張をしてくるのかを、予め考えておく必要があるし、自分の主張が正しい根拠だって用意しなきゃダメ。相手の立場と自分の立場、その二つを考慮してなきゃ」
だからこその勉強会でしょう、と言葉を続ける。
「ってことは、そうか──。最初に言ってた〝同性恋愛への理解〟に繋がるわけだな」
ご名答。
単に「同性恋愛を理解しろ」と言われても、理由が無ければ理解し難い。
ならば、そこに理由を加えてやればいい。
子どもが親にガチャガチャを強請っても買って貰えないのは、『無駄遣いだ』とする親の主張を覆すほど根拠が無いからだ。
実際、三〇〇円程度で家計が火の車になることは無い。
とどのつまり、三〇〇円を支払うだけの価値を伝える『自分の主張』があればいい。肩叩きでも風呂掃除でも、皿洗いだって主張に足り得る根拠になる。
漠然とした理由や主張、そして根拠では、話の輪郭すら掴めないのだ。
「わかった。勉強会を続けさせてくれ」
私たちの勉強会は暫く続き、店を出る頃には小腹が空いて、お腹がぐうと鳴った。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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