【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百八十三時限目 天野恋莉に誘われて


「そう──そんなことがあったのね」

 ハラカーさんの事情を僕だけが知っているのもどうだろうかと思った僕は、翌日の放課後、天野さんをグラウンド隅にあるベンチに呼び出した。

 要件は柴犬とハラカーさんの身に起きている事件について。

『恋莉には内緒にしておいて』

 とは言われなかったし、この件を僕一人で解決するには荷が重すぎる。なにより僕だけの知識では、到底現状を覆せそうにないのだ。

 悪意に通ずる知識は余るほど持ち合わせていて、そこへ辿り着くプロセスも熟知していると言っても過言じゃない。だが、人間関係となると話は別だ。特に〈友情〉についての知識は凡人よりも劣ると自負している。おそらく小学生止まり……だれが身長も小学生止まりだ! 自意識過剰もここまでくれば才能。

 二人のことを勝手に話してしまった申し訳無さで心苦しいけれど、きっと二人は許してくれるはずだ……多分。

「嫌な話ね……凛花は大丈夫だった?」

「うん。でも、言葉の節々に無理をしているようにも感じた」

「心配かけたくなくて気丈に振る舞おうとしているのね。凛花の悪い癖だわ」

 僕はすのはらりんという女の子と出会ってから日が浅い。『いつも明るくて優しい』というのは、数少ない会話や仕草から受けた印象だ。勿論それだけではなく『野次馬根性も人一倍』という印象もあるけれど、彼女のイメージをいちじるしく損なうようなものではないだろう。

「凛花について訊きたいことってなに?」

 ここに天野さんを呼び出した理由は、二人がいま、どういう状況にあるのかを説明するためでもあるが、それだけではない。

「ハラ……春原さんの中学時代について訊きたかったんだ」

 季節はまだ春になったばかり。

 グラウンドの隅に並ぶももをさざめかせるしゅんの風は、五月さつきれの空に散り花を舞い上げてえんざんまで運ぶ。まるで映画のワンシーンのような光景に、部活動に精を出していた彼らも思わず歓声を上げた。瞬間、頭上を白球が弧を描いて飛び越すと、監督の荒々しい怒声がグラウンドに響き渡り、我に変えった野球部員たちは花嵐の中を駆けた。

 青春を絵に描いたようなこの場所でするような話じゃなかったかな──思案顔を見せないようにそっぽを向いた僕の横で、天野さんは「綺麗ね」と情感たっぷりにはつした。  

 その声に導かれるようにして振り向くと、花陰から注ぐ斜光が天野さんの黒髪を艶やかな栗色に照らしていた。

「うん。綺麗だ」

 僕はどちらに向けて発した言葉なのか、自分でもよくわからない。

「上手く言葉になってくれるかわからないけど、それでもいい?」

「大丈夫」

 天野さんは静かに首肯して口を開いた──。




 * * *




 中学生時代の凛花について……、よね?

 えっと、どこから話せばいいかしら。

 凛花はいまでこそあんな身なりをしているけれど、中学生時代はどちらかと言うと目立たない女の子だったわ。──想像できない? まあそうよね。優志君はギャルメイクの凛花しか知らないもの。私だって凛花と駅でばったり会ったとき、凛花だって気がつかなかったんだから。

 凛花の通う高校って、どうやら活発な人たちが多いみたいなのよ。例えるなら、クラスに佐竹が沢山いるみたいな……いや、例え話だからそんなに面倒臭そうな顔しないでくれる? わかった。じゃあ泉でもいいわ。──え、もっと面倒臭いって? ああもう、じゃあだれならいいのよ!

 兎に角、そういう感じの人たちが多くて、凛花は必死になって順応したそうよ。こういう生真面目なところは相変わらずね。

 話が逸れたから戻すわ──コホン。

 中学時代の凛花はおとなしい性格だったの。だからクラスでもされることが多々あった。その度に私が庇っていて、私は『男勝りの天野』って不名誉な通り名が……この話は必要なかったわ。忘れて。

 私と凛花が友だちという関係になるのは必然だった。凛花は私の傍から離れまいと、休み時間も昼休みも、帰りも合わせるのだから当然よね。凛花の悩みを訊いたりしている内に、私も凛花を大切な友人だって思って、休みの日は一緒に遊ぶようにもなってた。

 だから──。

 内気な性格だった凛花が、ここまで変わってしまって、嬉しい反面、ちょっと寂しくもあるけれど、真面目だからこそいまの凛花があるんだって……ああごめんなさい、また関係無い話をしてしまったわ。

 


 * * *




「こんなところかしら……」

って言葉が出てきたけれど、いじめというほどではなかったの?」

「ええ。そうなる前に私が全部論破して片付けたから」

 な、なるほど──だからなんて通り名が生まれたわけか。

 そう言われてみると、僕にも思い当たる節がある。

 僕の正体を見破ったとき、天野さんはブラフも交えて看破してみせた。あのときの鬼気迫る感じを中学生男子が対処できるはずがない。迫力に負けて白旗を上げたくなる気持ちもわからなくはないな。

 そんな天野さんも月日を経て丸くなった──と言うよりも、が強くなった気がする。『恋をすると人は変わる』という言葉通り、天野さんも自分なりに色々と悩んで、足掻いて、本来の自分を取り戻そうとしているのだろうか。

 強い自分になるためではなく、自分らしい自分になるために。

 その一歩が『恋愛』だとすれば、これまで僕にアプローチしてくれた理由にも納得だ。未だに返事ができていないのは、本当に申し訳無く思う。

 天野さんは魅力的な女の子だ。

 恥ずかしさから素直になれず、強い口調で反論するのも、彼女の内面に触れた僕からすれば可愛らしいと思う。あと、ホラーが苦手というのも男子諸君からすれば萌えポイントではなかろうか?

 普段は勝気な性格の彼女が幽霊云々の話になると縮んでしまうなんてギャップ有りまくりだ。プロポーションだって……いや、これ以上は止めておく。

「ありがとう天野さん、とても参考になった」

「これくらいわけないわ──それより優志君。〝今日はこれにてさようなら〟なんて言わないわよね?」

 え? あ……ええ?

「せっかく二人きりになったんだもの。たまには構ってくれてもいいんじゃない?」

「も、もちろんだよ。ええと……」

「一緒にいきたいところがあるの。どうしても一人じゃ寄れなくて」

 天野さんは頬を赤らめて眼を伏せた。

「いい、でしょ……?」




 * * *




 連れてこられたのは、新・梅ノ原駅近くにある、最近オープンしたばかりのケーキ屋だった。

 こじんまりした店内の奥には、購入したケーキを食べられるカフェスペースがあり、そこで数人の男女が仲睦まじくケーキを堪能している。甘ったるい匂いが充満している店内で、これ以上の甘ったるい光景は勘弁願いたい。

「ショートケーキが美味しいって評判なんだけど……見てわかるでしょ?」

 なるほど、これはたしかに一人で入るには勇気が入る。国民的アンパンヒーローだって顔を取り替えなければ入店を拒むのは必然。

 ショーケースには宝石のようなケーキがずらりと並んでいた。

 一口サイズにカットされたそれらは、手頃な値段で様々な味を堪能して欲しいという店主の配慮だろう。

 女子は少ない量を沢山というのが好きだもんなあ。男子は一つをがっつり食べられれば満足する。それも考慮してか、男子が満足できるサイズも用意してあった。

 一〇〇〇円あればケーキ二つに飲み物が付いてくるなんて、『デートに使って下さい』と言っているようなもんだ。

 金欠高校生カップルが飛びつかないはずがない。

「照史さんを裏切るみたいで忍びないなあ……」

「たまにはいいじゃない。ダンデライオンにあるチーズケーキも美味しいけど、専門店の味だって知りたいわ」

 それもそうだ。

「私はショートケーキとぉ……ガトーショコラにしようかしら。優志君はなににする?」

「うーん……」

 ショートケーキが話題とあらば、ショートケーキだけ頼んで、珈琲を飲みながら、合間に生クリームとスポンジのまったりとした甘味を堪能しながら本を読んで過ごしたい気分ではあるけれど、もう一品頼まなければいけないみたいな空気になっていて、一つだけとは言い出せない。

「ショートケーキとティラミスにしようかな」

 それらをセットにしても一〇〇〇円札一枚でこと足りるのか。

 もっとも、これは『通常サイズカット』の値段であり、一口サイズの場合は四種類も選べてしまう──値段設定はこれで本当に大丈夫なのかと余計な心配をしてしまうけど、学生をターゲットに店を構えたならば、この値段設定も止む無しか。

 こんな田舎に店を出したのだから、最初から叩き売りをして固定客を作る魂胆かも知れない。だとすれば、オープンセールは大成功だろう。現に、店内は女子高生カップルで賑わっているのだから。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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