【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百八十二時限目 春原凛花は彼のために悪意を呑み込んだ
居住まいを正してから、柴犬が送ってきた内容をもう一度確認──。
暴力まで振るわれていないことから、相手も様子を見ている印象を受けた。
これまで仲よし子よしをしていた相手だ。まだ情けがあると推測できるが、このまま放置すればいずれ均衡も崩れてしまうだろう。手を打つのならば早めにしたほうがいいに越したことはないけれど、これまたいっかな妙案は浮かばず。
なにかのヒントになればと、佐竹の過去をほじくり返してみたのに、思い返せばあの内容って『俺すげー』じゃなかったか?
佐竹が行った行動は、たしかに非の打ち所がないくらいの偉業だったし、英雄譚と言っても差し支えない。
然ればとて、それとこれとが結び付くかどうかは別問題である。
佐竹の話と柴犬の状況は真逆だ。
佐竹は英雄になり、柴犬は……。
「柴犬はなにになったんだ?」
よくよくよーく考えると、僕は柴犬が学校でどういう生活をしているのか知らない。
ハラカーさんと付き合うことになったってことは、中学時代より丸くなったって僕自身も彼と接触して感じたけれど──そもそもの話、柴犬がハラカーさんと付き合うのが気に喰わないというだけで、二人ともいじめのターゲットになるんだろうか?
……そんなこと、本当に有り得るのか?
例えば、ハラカーさんがクラスで大人気のアイドル的立ち位地にいるとすれば、そういう事態も起こり得るかもしれない。
いつも明るくて優しいのは知っているけど、ハラカーさんが月ノ宮さんポジションかと言われると、どうもピンと来ないんだよなあ……これ失敬。
ならば、ご本人様に確認するしかないだろう。
「〝夜分遅くにごめんなさい。ちょっと話を訊きたいのだけれど、都合がよければ返信を下さい〟」
あまりの他人行儀なメッセージに、全僕が泣いた。
ハラカーさんは友だちと呼んでいい人ではあるし、これまでも何度かメッセージを送り合っている仲だ。……とは言うものの、事がことだけに慎重になってしまう。
これがもし佐竹ならば『うぃーす、お疲れ! いま暇?』だけで済むだろうし、親友の天野さんなら『話を訊きたいから通話できる?』と、すんなり通話までの流れを確保するはずだ。月ノ宮さんもそれに近い内容を送るだろう。
僕は慎重過ぎるのだろうか。
もうちょっとフランクに……
『ヘイブラザー! ワッツアップ?』
と声をかけるべき? 欧米か。
どうして外国人は気兼ね無く他人と挨拶を交わせるのだろう?
頭の中で『なんでだろー♪』が流れ始めた頃、勉強卓の上に放置していた携帯端末が震えた。
不意に起こる振動音ってひっくり返るくらい吃驚するよね。……うん、まあそういうことだ。
『私もルガシーと話したいことがあったんだ』
数秒の間があって──。
『通話できる?』
これは願ってもない申し出だ。
二つ返事で承諾して、固唾を呑んで連絡を待つと、訊き慣れた電子音が鳴る。
『もしもし』
「あ、もしもし」
どうして『もしもし』に対して『もしもし』とおうむ返ししてしまうのか。それが礼儀でもないのに……。
『健から色々訊いたんだけど……ルガシーさ、本当にどうにかできるの?』
健呼びですか。
二人の仲は更に深まったらしい。
「わからない。それは二人次第だと思うよ。僕ができることはアドバイスくらいだから、それを踏まえてどう動くか……じゃないかな」
端末越しにいるハラカーさんは蚊の鳴くような声で『だよね』と呟いた。
こういうことは本来、同じ学校のだれかに頼むのが真っ当な方法だ。部外者である僕が策を講じたところで状況は常に変化する。『現場はナマモノ』という言葉があるけれど、正しくその通りなのだ。要所要所で的確な指示を出せなければ意味が無い。
柴犬はそのことを知った上で、藁にも縋る思いを僕にぶつけたのだ。
本音を言えば僕なんかに頼みたくはなかっただろう。だが、背に腹は変えられないと、断腸の思いで僕にメッセージを飛ばしたんだと考える。
僕は格下だ。
プライドの高い柴犬が、格下相手に頭を下げる理由なんてそれしか考えられない。
『あはは……なんだか申し訳無いなあ』
渇いた笑い声の裏に、彼女の悲痛な心情を垣間見た。
「引き受けた以上は、できる限りのことはするよ」
一呼吸。
「ちょっと気になることがるんだけど、いいかな」
『なに?』
「気を悪くさせたら謝るんだけど……」
ハラカーさんはモテるの? なんて訊けるはずもなく、むにゃむにゃと口を動かしていたら、痺れを切らせたハラカーさんに『気になるから早く言ってよ』と急かされてしまった。
「えっと……ハラカーさんは高校に入学してから告白してされたことってある?」
『それ、なにか関係あるの?』
「うん、かなり」
暫く無言の間があって──。
『ある』
あ、あるんだ……。
へえ……。
「申し訳ついでに訊くけど、何人くらいに告白されたの?」
『人数まで言うの!? え、めちゃ恥ずいんだけど……三人』
三人、か──。
「ハラカーさんって人当たりがいいから、それだけに好きになっちゃう男子も多いのかもわからないね」
『好意を寄せて貰えるのは有り難い限りだけど、私はやっぱり……ってなに言わせるよ!』
はいはい、精々末永くお幸せにっと。
「因みに、告白してきたのは同じクラスの男子?」
『一人が同じクラスで、二人が隣のクラスだよ──この情報って役に立つの?』
「うん」
情報はなるべく多いほうがいい。
取るに足らない情報が戦況を著しく左右することだってあるのだ。武力で攻めるときには智略を巡らせたほうが効果が高い。全軍突撃で突破できる城壁など存在しないように、艱難辛苦を乗り越えるにはある程度の知識が必要である。……そのための情報だ。
『他に訊きたいことは?』
「ああ、うん。──あまり言いたくないとは思うけど、今日、ハラカーさんはどんな嫌がらせを受けたの?」
え? と、驚いた声が訊こえた。
『健が報告したって言ってたけど……』
「うん、報告は読んだよ。でも、ハラカーさんだけなにも無かったなんて不自然じゃないか。四六時中柴犬の傍から離れないなんて不可能だし。例えば──トイレとか」
『ルガシーってさ、時々、気持ち悪いくらいピンポイントで当てにくるよね』
気持ち悪いとは失礼な!
いや、失礼を先に言ったのは僕か。
……ううむ。
『されたとしても、そこまで酷いことはされてないよ。すれ違い様に〝あんなのと付き合うとか趣味悪過ぎ、ウケる〟って言われたくらいだから』
女子特有の煽り文句、ウケる。
真顔で『ウケる』と言うことで、相手に対して精神的なダメージを与える煽り文句だ。バリエーションは他にも『ウケるんですけど』などが挙げられるが、「ですけど……なに?」と、次に発せられる言葉を待ったところで出てこないのが常。男子がこれを使う場合『マジウケる』が適用されるが、これは男女問わず利用可。ウケると銘打っているが、実際はウケてなどいない。『www』と似た性質を持つ言葉でもある。
──趣味悪い、か。
なるほど、これは柴犬に報告できないよなあ。
そんなことを彼女に言われたら心が折れるまである。
ただでさえ並々ならぬ事態で神経をすり減らしている柴犬には、会心の一撃に匹敵する威力だ。それを理解していて柴犬に報告しなかったハラカーさんって、真心ブラザーズ以上に真心があるのではないか?
──ルガシー?
──ああ、ごめん。ぼうっとしてた。
「大体は掴めたよ。気分悪くなったりしてない?」
『ううん。話せてちょっと楽になった。ありがと』
柴犬に報告できないような嫌がらせを受けたら、必ず報告してね──と、僕は通話を切った。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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