【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百八十時限目 佐竹ゾーンが生まれるまで ④
「春ってもっとぽかぽかした陽気ってイメージだけど、まだ寒さが残ってるよな。普通に」
「でも、さすがにマフラーを巻いている人は減ったね」
佐竹の過去話を訊き終えてから、流星はそそくさと店を出て行った。話が退屈だったのではなく、バイトの時間になったようだ。僕と佐竹はハンバーガーで小腹を満たしたけれど、流星はポテトのみで大丈夫だったんだろうか? 職場に行けばなにかしらあるのかもしれない。食堂と呼ばれている休憩室にはお湯を沸かす電気ポットもあったし、女子率の高い職場なので、差し入れのお菓子もあったりするんだろう。お菓子ばかり食べていたら太るぞ──なんて、ついさっきまでハンバーガーとファンタを飲んでいた僕がいえる立場じゃないな。
東梅ノ原駅前にあるバスターミナルには、一本の大きな桜の木が植えてあり、その木を中心にバス停が展開されている。昨日の風が運んできた桜の花弁は、この桜の木から運ばれたものだ。幹の太いこの木の樹齢はいくつだろうか。どれほどの年月を経てここまで成長したのか気になるところだけど、わざわざ調べるほどじゃない。そこまで僕も暇人ではないのだ。
「もう帰るか?」
「そのつもりだけど」
「そうか」
駅構内へと通じる階段の手前で佐竹が口籠る。
「なに? まだ話し足りないことでもあるの?」
「そういうわけじゃねえけど、いや……まあいいか」
「もう、なんだよ」
僕と佐竹の関係で、今更言い出し難いことなんて無いだろうに。然し、佐竹は口を噤んだまま身動き一つしない。
「折角二人きりになれたから、もう少し一緒にいたいとか? なーんて、冗だ……図星?」
「う、うるせえな。別におかしくねえだろ……。過去話してナーバスになっただけだ」
まあ、そういうことだったら、佐竹に過去を語らせた僕にも責任がある。
「はあ、わかったよ。でもカラオケは行かないからね」
「毎度毎度、カラオケに行くと思ったら大間違いだからな!?」
「え、そうなの? じゃあ、佐竹たちウェーイの者ってどこで遊んでるの? もしかして駅の屋根に登ったり、立入禁止の場所に無断で侵入して写真を撮ったりとか?」
いつも思うけど、優志の偏見って半端無いよなと、佐竹は苦笑いを浮かべた。
「高校生にもなって、そんな馬鹿な真似はしねえよ。ごく一部を除いてだけどな」
そのごく一部がネットでキャンプファイアの如く大炎上して、アカウント削除から全力で逃亡するのだろうけど、ネットの住人を甘く見てはいけない。些細な痕跡から彼らの指名、年齢、在学している学校名、さらには住所まで特定するのだ。燃やすならば骨の髄まで残さない──彼らもわかっているはずなのに、どうして同じ過ちを繰り返すのか。自己顕示欲や承認欲求を満たすために支払う代価は高過ぎる。
「それで、どこに行きたいの?」
「そうだな……あまり金を使いたくねえし」
──いま、欲しい物があって金を貯めてんだよ。
──なにが欲しいの?
──一眼レフのカメラ。
「佐竹、犯罪はよくないと思う」
「犯罪目的で買わねえよ!? いやな、昔から憧れてたんだ。別にプロのカメラマンになりたいとかそういう夢はねえけど、綺麗なモノを綺麗なままで閉じ込めておきたいって思ったことあるだろ?」
どうだろうか。
朝焼けの窓から見える太陽、昼から夜に移り変わる瞬間に垣間見える茜色の空、何億光年先にある星々の輝き──ふっと気がついたときには感嘆の息が漏れるけれど、それらを意識して見たとき、僕はその雄大な景色を「綺麗」と呼べるのか疑問だ。
プロのカメラマンが富士山の頂上から撮影した雲海は息を呑むほど美しかった。奇跡の一枚を撮影できれば手の舞足の踏む所知らずだが、欲に頂無しとも言う。そうして撮影された写真に対して、僕はなんと表現するのが適切な言葉なのか思い浮かばない。無論、全てのカメラマンがそうではないはずだし、プライドと、人生と、己の命を引き換えにしてでも伝えたいとするカメラマンもいる──欲望と熱意を線引きするのは難しいものだ。
佐竹がカメラを購入する目的は酷く曖昧だ。だけど、ここで僕が「くだらないからやめるべきだ」と論破するのも違うだろう。
「じゃあ、頑張ってお金を貯めないとだね」
「おう。買ったら写真撮ってやるよ」
「いや、いい。魂を抜かれそうだから」
照れるなって、と佐竹は言うけど照れているわけじゃない。僕は、自分を撮影されることにどうも抵抗があるんだ。日光では記念撮影を承諾したけど、女子高生のように好んで自撮りをする気にはなれない。だから、僕の部屋の物置きにあるアルバムには、家族で撮影した物、運動会で撮影された物は挟まっているけど、僕が自ら撮影して欲しいと強請った写真は一枚も無かった。
携帯端末にあるフォルダにしてもそうだ。
化粧の参考に撮影した写真はあったけど直ぐに消してしまうし、そもそもカメラアプリを起動することのほうが少ない。外食して、料理がテーブルに並んだとき、ご自慢とばかりに撮影する人は多いだろう。その気持ちは理解できる。でも、大きな震災があって、被害にあった地域を心配しながら自撮り写真を添付する心情は理解に苦しむ。
有名人や芸能人がする理由は売名だからわかるけど、一般人がそれをしてどうとなると言うのか? 『私の顔を見て元気になあれ♪』だとしたら、頭の中がお花畑を通り越してフラワーガーデンだろう。……英語に変換しただけでランクアップみたいにする僕も、なかなかにお花畑ってる。
需要と供給の話ならば、写真よりも物資。
花を見ても腹は膨れず──なのだから。
結局、僕らが足を向ける場所は限られていた。
「いつもいつも、本当に飽きないよな。ガチで」
テーブルを挟んだ向かいの席に座っている佐竹は、氷の入ったコップを揺らしながら、僕らの選択肢の無さを嘆く。
「ボクとしては有り難い限りだよ──はい、珈琲。お待ちどうさま。これはサービスだよ」
僕と佐竹の前にホットコーヒー、中央にはクッキーが適当に盛り付けられた中皿を、照史さんは微笑みながら置いた。
「今日はもうだれも来ないだろうから、ゆっくりしていくといいよ」
僕らは照史さんの好意に甘えて、クッキーを一枚、二枚、三枚と頬張った。バタークッキーとほろ苦いココアクッキーは、照史さんが仕事の合間を縫って焼いた物だろう。珈琲との相性はバツグンだ! 鶴賀優志は倒れた! ……くらいには美味しい。
「まだ絶賛ナーバス中?」
「ナーバスというか、緊張の糸が切れたような感じだな」
割とガチで。
「そっか。……佐竹も苦労してきたんだね」
「懺悔をしている気分だったわ。さっき」
「話したくなかったなら、話さなくてもよかったんだよ?」
いいや、と佐竹は頭を振った。
「多分、話したかったんだ。姉貴以外には話せなかったから、タメのヤツにも話したかった──んだろうな」
憂き身を窶すほどの出来ごとを抱えながら、毛ほどもその様子を見せないでいたのは感服せざるを得ないが、佐竹に対して接し方を変えようとは微塵にも思わない。
僕と佐竹はいつものまま、僕の皮肉にツッコミを入れる佐竹でいいのだ。
その関係が変わるとときこそ、僕と佐竹の関係が変化したときだろう──なんて思いながら「そっか」と相槌を打った。
「軽い返事だなあ……真面目に話してるのによ」
めえめえと文句を言いながら、クッキーと珈琲を交互に口に入れる。
「苦いな」
苦味を楽しめるようになった僕らを見て、新入生はどう思うだろう。……一年しか違わないし、先輩風を吹かせるようなお題目も無い僕を、一年生は『先輩』と呼ぶはずだ。それを仕来りと呼ぶのなら、前に倣えも吝かではない。
今日の珈琲はいつも注文している珈琲よりも苦味が利いている気がする。
でも、実際はそんなことないはずだ。
照史さんは一杯一杯丁寧に淹れるから、極端に味が変わるなんてことは無い。つまり、コーヒーカップから湯気を立たせているこの珈琲の味を変化させているのは僕自身であり、佐竹自身だ。
「苦いね」
反応が遅えよ、と佐竹は失笑しながらツッコみを入れた。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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