【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百七十五時限目 素晴らしい世界に蔓延る悪意
「よう」
ダンデライオンに到着した僕を出迎えたのは、連絡を寄越した張本人の柴犬だった。
柴犬はカウンターの奥まった席に座り、「先にやってるぞ」と言いたげにコーヒーカップを持ち上げる。お前は僕の上司か贔屓にしている取引先の相手か。「遅れてすみません」なんて絶対に言わないからな……絶対だからね!
ダンデライオンでの定位置は、柴犬の背後にあるテーブル席だ。壁にかけられたなんとも言えない出来栄えの絵画が目印。僕は目配りで照史さんに確認を取ると、照史さんは微笑みで返した。そのついでに「いつものをお願いします」とオーダーする。
柴犬に席を移動してもらい、僕は壁側、柴犬は向かいの席に座った。
「いつものでオーダーが通るのって、なんかいいな」
それだけこの店に通っているからね、と返事をして水を一口呷る。レモンの香りがほのかに香る水は、照史さんが用意してくれたものだ。この一手間がアイラブユー。
「色々と訊きたいことはあるけど、どうして相談役が僕なの? 友だちいない系男子?」
──少なくともお前よりはいる。
──なら、どうして僕?
「お前が一番手頃な相手だったんだ。俺に干渉してこないしな」
面倒ごとを押し付けるには打って付けだろ? と、柴犬は自嘲気味に笑う。おそらく、僕に相談するのは柴犬からしても不本意なのだろう。それでも僕を選んだということは、柴犬の日常生活に極力干渉しないから──それは柴犬の口からも明言されているけれど、中学時代の友だちで学校が違う人は、僕以外にもいるだろう。
柴犬グループに所属していて、柴犬の相方のような関係を築いていた根津君や、お笑い担当の新田君もいるし、そこそこ家庭が裕福で、ありとあらゆるゲームを持っているゲーマーの須藤君だって割と切れ者だ。僕と柴犬の仲はつい最近、か細い糸でようやく結ばれたようなものであり、柴犬が僕に信頼を置くなんて絶対に無い。
だけど──。
あのメッセージを見て、初めは冗談かなにかかと思ったのだが、実際に対面して、柴犬の顔を見たとき、冗談では済まされないような出来ごとが発生したんだなと確信した。
柴犬はコーヒーカップに口を付けて、残っている珈琲をぐいっと呑み干した。そして、ゆっくりとカップを受け皿に置いて深呼吸をする。緊張感が僕と柴犬の間に張り詰め、喉が締まるような感覚に襲われた。
「実はな……凛花と別れようと思ってるんだ」
ダンデライオンの店内に流れているのは、ルイ・アームストロングの〈この素晴らしき世界〉。愛を知った男が世界の美しさに気づいて「なんて素晴らしい世界だ」と幸福感に心を委ねるような歌詞だったはずだが、目の前にいる彼は真逆の答えを選んだらしい。
「なにがあったの?」
僕の問いに、柴犬の唇がへの字に曲がる。
「俺が悪いんだ」
「そんなのわかってるよ。柴犬が悪いのなんて中学時代からそうじゃないか──じゃなくて、柴犬とはら……春原さんの間に何があがあったのかを訊いてるんだ」
お前、オブラートに包むってことを知らないのかよ。柴犬は頭を抱えながらも、僕の言葉を呑み込んだ。言い返す言葉も無いようだ。……ちょっと意地悪過ぎたかもしれない。
「ごめん、言い過ぎた」
「いや、いい。今回の件はそれに関係してるからな……」
「つまり?」
「新学期──今日に至るまでは、まあなんとか高校生活を送れていたんだ。俺の過去を知りながらも受け入れてくれているヤツもいて、凛花だってそうだ。そいつらのおかげで、順風満帆とは言わずもがな、それなりに満足できる生活を送れてた」
──けど。
──けど?
「やっぱり、納得できないヤツはいるもんで……新学期に入ってから総スカンを喰らったんだ」
総スカン──それは、クラス全員から無視を決め込まれたということに他ならない。柴犬はクラスの誰かの策略によって、いじめのターゲットにされた……ってことか。
「俺だけがシカトを喰らうならいいんだ。自業自得だって受け入れる。でも、凛花は違うだろ。アイツまで俺の影響を受けるのはおかしい!」
「なるほど。つまり柴犬は、春原さんをいじめの対象から外したいから、別れるという選択に至ったってことだね?」
これが柴犬だけに起きたことだとするなら手を貸すつもりは無いし、本人も『自業自得』と納得しているんだから「精々苦しむんだね」と突き放すだろう。でも、春原さんまでも被害を受けているとならば話は別だ。
「春原さんはなんて言ってるの?」
「〝気にしないから大丈夫〟ってさ。気にするってのに……」
「別れるという話はした?」
「いや、まだだ」
僕との話し合いで、二人の関係をどうするかの判断材料にするってことか──。
「柴犬に心当たり……はあるのか。えっと、こうなる予兆みたいなのはあった? いくらなんでも、昨日今日で標的になるってのはおかしいでしょ。春休み前に〝きっかけ〟のような出来ごとがあったと思う」
総スカンを喰らったというだけでは情報が足りない──これだけだと『ネタ』で済まされる場合もあるが、今後、いじめはエスカレートしていくだろう。収縮せずに広がり続ける、それがいじめというものだ。
いじめのもっとも質の悪いところ、それは加害者に『加害者である』という意識が無いことだ。更に言うならば『正義である』と、自分がヒーローになった気分で悪意を振り撒くという性質もある。それに、普段『いじめはよくない』と教育している側である学校も、評判を落としたくないがために隠蔽工作して世間に隠す場合も多い。学校の記者会見で『いじめがあることは知らなかった、報告されていなかった』と発言するのは、その事実を知っていて、どうして対策を講じなかったのかとバッシングを受けるのを避けるためだ。苦しい言い訳でしか無いけれど、大人はときに頭の悪い発言をする。
では、どのようにしていじめと対抗するのが正しいのかというと、そもそも『いじめ』なんて言いかたが間違いなのだ。
これは『障害事件』なのである。
銀行強盗すれば窃盗罪、不法侵入罪、恐喝、暴行、ありとあらゆる罪が発生する。なのに、それが学校という場所になった途端に『いじめ』なんて曖昧な言葉に変わるのだから、大人は本気で子どもを守ろうとしているか疑問だ。酷ければ殺人未遂だって追加されてもおかしくはない。生きる希望を失ってしまう人は、実際にいるのだ。
「きっかけ、か……俺が凛花と付き合うことを快く思わないヤツもいるから、凛花と付き合ったのがきっかけと言えなくもない」
「柴犬さ、それ、春原さんには絶対に言わないほうがいいからね?」
わかってる、と柴犬は言う。
「本来ならお前より先ず、凛花と話し合うべきなんだけどよ……アイツ、こういうことに慣れてないから動揺しちゃってな。だから今日は先に帰らせたんだ」
柴犬にしては気が利くことをする。それだけ春原さんを大切に想っているんだろう……じゃなければ『別れる』という答えに辿り着かない。彼女を守るには、彼女を自分から遠ざけるのがベストだと柴犬は考えて──でも、その決断をしたくないから僕に相談役を任命したわけだ。中学時代の仲間に相談できないのは、この傷害事件一歩手前の悪行に絡んでいる可能性があるためか。
「誰も傷つかない方法なんて無いってことは理解してる。ただ、凛花だけは守ってやりたいんだ……鶴賀、お前に頼める義理じゃないことは百も承知で、虫のいい話だってのもわかってる。けど、頼りになりそうなのがお前しかいないんだ。お前は昔から頭が切れる……その頭脳を俺に貸してくれ」
テーブルに両手をついて、柴犬が頭を下げた。勢いよく頭を下げ過ぎて、額をテーブルにぶつかり、カップと受け皿がかしゃりと音を立てて揺れる。
柴犬がどうなろうと知ったことではないが、ハラカーさんには仲よくして貰っている恩義がある。
僕の心情は『誠意には誠意を、不誠実には不誠実を』──なのだ。簡単に言ってしまうと、〈目に歯を理論〉で間違いない。
だから。
「柴犬は損な立ち回りを要求されるかもしれないけど、それでもいい? それに、正しい解決法が無いのだから、この件が解決するかもわからない──自分の心がズタズタに引き裂かれる覚悟はある?」
「もちろんだ」
即答かよ……かっこいいじゃないか。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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