【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百六十九時限目 大河ゆかりは子どもが嫌いである


 日光での慰安旅行が終わってから数日が過ぎた。結局、またたび屋の騒動はなんだったのだろうか? と部屋のベッドに寝転がりながら不意に考えてしまう。

 帰りの道中で起きたこともそうだ──。




 観光帰りの車の中は静かだった。

 遊び疲れたと言うのもあったが、それ以上に、なんとも言えない幕引きとなったあの件が尾を引いていたんだろう。これ以上、あの旅館での出来ごとを掘り下げたとしても、行き着く場所はあのお墓になる。

 守り神となった──と言えば訊こえはいい。だが、現世に留まる霊が幸せだとも言い難い。

 死者に対して僕らが出来ることなんて高が知れている。それに、あのお墓は毎日手入れをされていたので、放置されているわけでもなかった。それでも現世に留まるということは、余程あの旅館に思い入れがあるのだろう。

 物語の真相がわかり、その全てがハッピーエンドを迎えるわけではない。知らなければ幸せだった真実もある。

 見送りをしてくれた恰幅のよい従業員さんは、『ああ、そういうことか』と呟いた。僕の話を訊いて合点がいった、そん表情をしていた。幽霊騒動のせいで旅館の経営が傾いているのであるならば、お祓いをすることも視野に入れるはずだ。

『私は、お祓いをしたほうがいいと思います』

 祓うか、祓わないかの議論になったとき、助手席に座っていた月ノ宮さんが威儀正しい声音で言った。

 この世のことわに霊が干渉するべきではない。そして、経営を悪化させている要因がならば、その要因を排除するべきであり、未練が残らないように手厚く供養するべきだと付け加える。

『でも、悪い印象は受けなかったぜ? 悪霊の類じゃねえんなら、それを逆にアピールポイントにすりゃいいんじゃね?』

 どこかの県で座敷わらしが出る宿なんてもんもあるだろ。あれと似たようなことをすりゃ、オカルト好きは寄ってくるんじゃねえか? 普通に、と佐竹は言う。

 オカルト番組で度々取り上げられる、『座敷わらし』が出る宿は山形県にあるらしい。佐竹はその宿のことを例にしている。

『既に幽霊が出るという噂が立っているのに、オカルト好きは集まっていません。なら、他の方法を探すべきではないでしょうか』

 ハンドルを握り締めている大河さんは前方だけを見ながら、それが正論である、と佐竹の意見を容赦無く切り捨てた。

『幽霊を見せ物みたいにするのって、人間のエゴよね。それに、座敷わらしが本当にいるのかもわからないじゃない? 座敷わらしだと思っていた存在が、ただの浮遊霊だった──なんてオチかも知れないわ』

 天野さんの意見はごもっともだ。

 霊能者が『この宿には座敷わらしがいる』と明言したとしても、それを立証できる根拠は無い。テレビ映えを意識した発言という可能性だって充分にあり得る。いまは見かけなくなったが、とあるオカルト番組に出演していた心霊研究家の先生が正しくそうだった。あの先生は合成の心霊写真を『本物だ』と紹介してしまって炎上し、テレビから姿を消した。然し、『作り物だからこそ思念が宿り易い』と自分の主張を変えなかった。ネットではその先生を嘲笑うようなコメントが増えたけれど、僕はこのときだけ、先生の主張に納得したのだ。悪意は善意よりも膨張する。それがになわたのように渦巻いて拡がる様を、僕は何度も見てきた。あの先生を擁護する気は更々無いが、テレビ、ネットの世界において、先生の主張には概ね同意ではある。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 この世に霊を干渉させるべきではない、という月ノ宮さんと大河さんの主張と、悪意の無い霊なら無害だ、という佐竹の主張。そして、根本的な問題として掲げた、幽霊の存在自体が不確かであるならば、それを売り物にするのは危険だ、という天野さんの主張が三竦み状態になっている車内で、僕はそれとは全く別のことを考えていた。

 幽霊が存在する──これはもう、僕の中では可決された事実となっている。だって、この眼で見て、会話までしているのだから疑いようも無い。然すれば、この議論は水掛け論だろう。卵が先か、鶏が先かを言い争っているようなもので、この議論に決を取り、判決を下したとしても、その判決がまたたび屋に反映されることは無い。

 政治の口論番組みたいなものだ。

 政治家がその番組を視聴しているならば、番組も無駄ではないけれど、政界の重鎮がその番組を観て自分の意見を変えるとも思えない。

『優志はどう思うんだ』

 佐竹にそう問われた僕は、答えは僕らではなく、またたび屋で働いている従業員に任せるべきだから、不毛な話はここまでにしよう──そう言いたかった。

 でも、そうはいかないだろう。

『僕は、双方ともに幸せになれる結末なら、現状維持でも、お祓いをするにしても構わないと思う』

 勿論、そんな方法などありはしない。白か黒かの二者択一を迫られて、灰色を選ぶことはできないのだ。世の中にはグレーゾーンという言葉もあるが、討論においてのそれは『無回答』と同義。ならば僕は無回答でいい──そう思ったのだ。

『可能性の話を答えに出すのは感心しませんね。それは狡いと思いますよ』

 僕の答えを訊いて、賺さず大河さんが反論した。大人は誤魔化されてはくれないか、と喉が苦しくなったのを覚えてる。

『でもさ、……そういう未来があってもいいって俺は思うぜ? ガチで』

 佐竹の言葉に『そうね』と、後部座席に座っている天野さんが呟いた。

『でも、全員が全員、幸せになれる選択肢なんて無いわ。だから、選択を迫った人は、切り捨てられる覚悟が必要だと思う。イエスかノーを強要しているのだから』

 そうだな、と佐竹は車窓の外に広がる黒い空を眺めながらぼやく。

 車は東京方面へ続く高速道路を走り、夜を加速させた──。

『このまま駅まで行きますか、それともサービスエリアに立ち寄りますか』 

 夜のサービスエリアか、ちょっと楽しそうだな。昼と夜をでは景色の見方も変わる。それはサービスエリアも同じだ。昼間の和気藹々とした空気が溢れるサービスエリアもいいが、どこか大人びた雰囲気の漂う夜のサービスエリアもまた格別だろう。それに、張り詰めた空気を入れ換えたい──そんな思いもあり、最後のサービスエリアに立ち寄ることになった。

 車を適当な場所に停めて、車から下りた僕らはぐいっと背伸びをする。ふうっと呼吸を整えてから、目的のある方向へと別れた。

 月ノ宮さんと天野さんは売店に向かい、佐竹はトイレへ。僕らが離れたのを見計らって、大河さんは車を下りて喫煙所に向かって歩いていった。

 行動パターンは行きと変わらない。ならば、行きのサービスエリアで後悔したことを取り戻そうと、僕は自販機コーナーへ。挽きたて珈琲マシンでホットのブラックを二つ購入してから、大河さんのいる喫煙所に向かった。

 大河さんは喫煙所にある立て灰皿の近くで、退屈そうに煙草の煙を吐いている。夜というだけあって人も少ない。

 灰皿付近には大河さんしかいなかった。

『お疲れ様です』

 僕が片手に持っている珈琲を差し出すと、『いえ。ありがとうございます』と受け取ってくれた。

『子どもに珈琲を差し入れされるとは思っていませんでした。……鶴賀さんは見かけによらず、おませな方ですね』

 刺々しいと思っていた大河さんのことも、これまでの道中でようやくわかってきた。この人は物言いが流星に似ている。思ったことは口に出す性格なんだろう。だから攻撃的だと思われるし、威圧的だとも感じる。けれど、歯に衣を着せない彼女の立ち振る舞いは、参考にするべきところもある、とぼくは思った。

『子どもと言っても、僕と一〇も変わらないじゃないですか』

『……そういう考えかたをしたことはありませんでしたが、一応、褒め言葉として受け止めておきます』

 あれ、もしかしてもっと上だったのか?

 まあいいか、と受け流す。

『大河さんは子どもが嫌いですか?』

 単刀直入に切り出したら、『ええ』とすんなり答えられてしまった。

『子どもは嫌いです。だから、子どもだった自分も嫌いです』

『どういうことですか?』

 大河さんは吸い終わった煙草を灰皿に捨てると、ポケットから箱を取り出して、とんとんっと一本取り出した。

『吸いますか』

『吸いませんよ。子どもに煙草を勧める大人ってどうなんですか……』

 ダメな大人ですね、と悪びれる様子も無く、僕に差し出した煙草を咥えて銀色のオイルライターで火をつけた。

『大人は総じてダメな大人です。覚えておくといいですよ』

 ──それはテストに出ますか?

 ──学校では教えて貰えないので教えたまでです。

 ──だったら、訊かなかったことにします。

『鶴賀さんは変わった方ですね。お嬢様は大人になろうと必死になっていて、そこが子どもだなと感じますが、鶴賀さんはどちらかというと、私側に近い存在みたいです』

 似て非なるものですが、と言葉を付け足した。
 








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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