【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百五十四時限目 探偵擬きは真相に辿り着けるのか


「これはどこに貼ってあったの?」

 写真のは、確かにお札のように見えた。だが、手ぶれがあまりにも酷過ぎて、ソレが本当にお札なのか怪しい。自分の眼で確認しなきゃと思って訊ねたのだけれど、佐竹はどういうわけか、首を縦に振ろうとしなかった。

「ねえ、佐竹。こんな物を見せておいて〝やっぱなし〟は利かないよ?」

「わかってる。わかってんだけどよ……」

 僕に『お札がある』と知らせたときは、それはもう焦燥感を全身から醸し出していたのに、いざとなると消極的になる。何なんだよ──と睨みつけると、佐竹はようやく観念の臍を固めて、重い腰を持ち上げた。そして、「後悔するなよ」と念を押してから一呼吸して、僕の背後にある襖障子を勢いよく開いた。

 そこに入っている物は、敷布団や掛け布団などの寝具。他は特に変わったり物は無く、ほんのりと漂うカビ臭さが、つんと鼻奥を刺激した。

 布団などは定期的に干しているのだろうけれど、たんの中の臭いまで面倒見切れないらしい。それでも換気はしているのだろうけれど、長年蓄えたカビたちは、そう易々と消えてはくれない。

 少々乱雑に積まれた布団は、佐竹が引っ張り出した後、再び戻したからだろう。折り目がぐちゃぐちゃになり、見るも無惨な姿になっていた。布団には折り目があるので、誰でも綺麗に収納できるはずだが……不器用な彼には難しかったようだ。布団なんて幼稚園児でも畳めそうなのに──いや、追及はそう。乱雑にしまうくらい動揺していたに違いない。多分、そうだ。

 佐竹はその布団やら座布団やらを全て取り出して、「ほら、見てみろ」と指をさす。どれどれと中を覗くと、古ぼけたベニア板の壁の一枚に、真新しい板がはめ込んであった。窓のような、そんな風に加工されている。

「あの板は簡単に外れるぞ」

 いやだなぁ、いやだなぁ……と思いながらもその板に触れてみると、佐竹が言った通り、板は容易く外れて外側の隙間に落下した。

「うわ」

 思わず声が漏れる。

「そこから中を覗いてみろ。左上辺りに貼ってあるから」

 言われるがままに首を突っ込んで中を覗くと、そこには一枚のお札が確かに貼ってあった。短冊くらいの大きさで、墨でなにか文字が書かれている──ぼんだろうか? 僕にはそういう仏教的な知識が無いので、これが本物の梵字なのかはわからない。けど、このお札は随分と新しいように見える。

 古い物と交換した──とは思えない。

 仮にお札を貼り替えたのならば、どこかにその形跡が残るはずだ。然し、佐竹から借りた携帯端末のライトで周囲を照らしてみても、それらしき痕跡は無い。では、痕跡を残さないように作業したのかとも考えたけれど、人が一人、ぎりぎり入れるかどうかの隙間で何ができる? 痕跡を消すとなると、隙間の奥にある壁の汚れや埃、カビなんかも取り除く必要があり、その作業をすればするだけ痕跡は残ってしまう。

 これはいよいよ、きな臭い話になってきたぞ。

「どうよ、あったべ?」

「あった」

「だろ? ──で、どうするよ」

「うぅん……保留で」

 保留ってどういうことだよ、と佐竹は僕の襟袖に付いた埃を払いながら言う。

「僕は探偵じゃない。だから、そう簡単に答えを出せたりはしないよ。導き出した答えだって、正解とは限らないんだから」

 そりゃそうだけどよ、と佐竹。

「じゃあ、アイツらにどう説明すりゃいいんだ?」

「それも保留」

 現状では、まだなにもわかっていないし、まだなにも起きていない。お札は見つけてしまったが、幽霊と遭遇したわけでもなく、旅館のスタッフから奇々怪界な話を訊いただけである。

 辻褄もなく、筋も通らない。

 まるで嘘のような話──。

「おい……いや、お前に頼り過ぎるのもアレだよな」

 おお、よく気がついたものだ。

 以前の佐竹だったら、多分、僕が答えらしいものに辿り着くまで、指を咥えて待つのみだっただろう。でも、今回は自分でも考えてみるようだ。それだけでも、佐竹にとっては大きな進歩だと言える。

 どれだけ頓珍漢な答えになっても、怒らずに褒めてあげよう。僕は佐竹の父親か。




 もう、布団をしまわなくてもいいんじゃないか──佐竹の提案に僕は同意して、今晩使うだけを残し、余分な布団類をしまい込んだ。僕がやればお手の物だ。折り目通りに畳んだ布団は綺麗に重ねられているので文句無し。

 佐竹よ、布団はこうやって畳むんだぞ。

 畳み方でマウントを取ってしまう僕かっけーをしていたら、佐竹もさすがに苛々したようで、「うるせえな。お前は俺のお袋かよ」とツッコみを入れてきた。そういうプレイはオプションに含まれておりませんので、別途、料金が発生します。

「これからどうすっか。ガチで」

「そうだね……取り敢えず、温泉にでも浸かりながら考えようか」

「ああ、そうか。すっかり忘れてた」

 またたび屋に来た本来の目的は、勉強疲れたを癒すためであり、決して、幽霊騒動を解決しに来たわけじゃない。

 幽霊云々はあくまでも次いでだ。

 それを忘れるくらい佐竹も呆けた──いや、焦りが先んじていたのだろう。
 
「温泉、か──」

 佐竹と眼が合った。

「ち、違うからな!?」

「まだなにも言ってないじゃん」

「そ、そうだけど、そうじゃないからな、これは!」

 え──。

 ああ……そう。




 * * *




 温泉がある別棟に行くには、本館から繋がる渡り廊下を進む必要がある。渡り廊下と言っても壁は無く、辛うじて雨が防げる程度の三角屋根があるのみ。床は白い砂利が敷き詰められて、等間隔に大きな石の足場が地面に埋め込んである。なかなか粋な作りだ、と僕は一直線に伸びる廊下を歩きながら思っていた。

 またたび屋を正面に見て、本館から左に伸びるこの道は、壁が無いだけあって風が吹き抜ける。湯上りには気持ちがいいだろう。ああ、紅葉シーズンに来れなかったのが悔やまれるなぁ。シーズン中に来れば紅く色づいたもみじを楽しみながら、硫黄温泉を心ゆくまで堪能できるというのに──。

 然しながら。

 いくら臭いを薄くする工夫が施されていようとも、やはり、硫黄の匂いというのは容易く中和されないらしい。近づけば近くほど、卵が腐ったような刺激臭が鼻を劈く。これ程にきつい臭いなのに、これでも中和しているのか……本当はもっと臭いのだ思うと、企業努力の賜であり、足を向けて眠れそうにない。

 ひゅうっと風が吹き抜けた。

 さすがは山の中だけあって、午後にもなると寒さが増す。

 ぶるりと体が震えた。

「寒っ! 早いとこ温泉に入ろうぜ」

 後ろを歩いていた佐竹が僕を追い越して、ひょいひょいっと石板を蹴りながら軽快なステップを刻む。

「佐竹、転んでねー!」

「逆だろ普通!? つか、そう簡単に転んでたまるかよ」

 運動神経は僕より上だろうから、まあ、そう簡単に転んではくれないか。

「しっかしなげえなあ……」

 確かに、と僕は頷いた。

 温泉がある別棟まで、体感だと、リレーができるくらい距離がありそうだ。用意、どん──と駆け出せば、それなりにもなるだろう。ウイリアム・テル序曲をかければ、もっとそれなりになる。もっとも、この景観には似つかわしくないけれど。

「アイツらは今頃、ゆっくり湯船に浸かってんだろうな……暢気なもんだぜ」

 彼女たちと別れてから帰り姿を目撃していないので、現在進行形で温泉を満喫しているんだろう。硫黄温泉なんて滅多に入れないもんな、僕も早く温泉に浸かりながら、凝り固まった思考を解したいが……渡り廊下はようやっと中頃に差し掛かったところだった。佐竹は僕よりも進んでいるけれど、大して差は開いていない。声を張上げる必要も無いだろう。

 いつもよりちょっとだけ声のボリュームを上げて、「先に行っててもいいよ」と告げた。

 けれど──。

「いやだ! 俺は! お前と! 一緒に行きたいんだ!」

「やめてよ、気持ち悪い」 

 でも──。

「うるせえ! ほら、さっさと進むぞ」

 悪い気はしなかった──。

 きっと、これもよく耳にする『青春の一ぺージ』になり得るのだろうか。

 そう、なんだと思う。

 僕は佐竹を友だちだと思っていて、佐竹もきっと、僕を友だちだと思ってくれている。

 本来ならば、普通のことなんだろう。なんの変哲もない日常風景のはずだけど、僕には違う。この感覚は、今まで味わったことが無かった。

 友だちと呼べる相手がいなかったあの頃の僕ではない。それが嬉しくもあり、なんだかむず痒くもあり──過去の自分を否定しているような、苦い罪悪感を覚えた。









 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通しを頂きまして、誠にありがとうございます。

 もし『面白い』『応援してあげよう』と思って下さいましたら、☆マーク、♡マークを押して頂けますと、今後の活動の励みとなりますので、どうかご協力をお願いします。また、感想はお気軽にどうぞ。『面白かった』だけでも構いませんので、皆様のお声をお聞かせください。

 当作品は『小説家になろう』でも投稿しております。ノベルバの方が読みやすいと私は思っていますが、お好きな方をお選び下さい。

(小説家になろうとノベルバでは話数が違いますが、ノベルバには〝章〟という概念が無く、強引に作っているために話数の差が御座います。物語の進捗はどちらも同じです)

 最新話の投稿情報は、Twitterで告知しております。『瀬野 或』又は、『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』で検索するとヒットしますので、お気軽にフォロー、リスインして下さい。

 これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』並びに、瀬野 或をよろしくお願い致します。

 by 瀬野 或

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品