【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四十八時限目 佐竹義信はそれを否定する


「お部屋はこちらの階段を上った左突き当たり、鏡合わせの二部屋です。階段の段差にご注意下さい」

 年季の入った階段は、一段踏み込む度にぎしぎし鳴った。

 玄関の中央にある『くの字』の階段を上り切ると、横に広がる廊下に出る。床は木製のタイルが使用されていて、いかにもな風情がいい。

 悪くない旅館じゃないかと僕は思う。

 廊下の天井には等間隔で剥き出しの裸電球が並んでいて、明るさも申し分無い。ただ、夜中にこの廊下を通るのは少し不気味だ。それゆえの幽霊話ならば、拍子抜けにもほどがあると言うもの。僕の住んでいる町なんて夜になればゴーストタウンだぞ──と、田舎うんちくを傾けてみるが、この場所も相当な山々に囲まれている田舎だった。

 日光は観光名所ではあるけれど、都心部のように華やかな電飾が彩っているわけじゃない。電飾よりもちょうちんが似合うような町並みだ。夏になれば常夜灯に虫が集まるのはどこも同じだが、ここならカブト虫やクワガタなんてレアな虫も寄ってくるんじゃないだろうか? そんな気がしてならない。

 またたび屋の外観は如何にもだったが、内装には随所に拘りが感じられるし、廊下の突き当たりにある窓からは遠くの山々を一望できる。廊下の広さは大人二人がすれ違っても余裕があるし、案内人の話によればトイレも洋式に作り変えたらしい。いくら『幽霊が出る』なんて噂があっても、こんなに格安な値段設定じゃ赤字だろう。一泊二日で二万五千円くらいが妥当、いや、それ以上取っても文句は無い旅館。それだけに、この旅館の経営を揺るがすような幽霊の正体とは、一体どんな幽霊なんだと、噂の真相を探りたくなる。

 どうせ、お粗末極まりないような下らないものだろう。

 僕らを案内してくれた中年男性は、部屋と部屋を挟んだ廊下の中央で足を止めた。

「この両部屋が月ノ宮様がご予約になられたお部屋です。どちらにするかはお任せします。下方にある町並みを見下ろせるお部屋か、雄大な自然を満喫できるお部屋か、皆様で話し合ってお決め下さい。それでは、何かあればお部屋にある電話でお申し付け下さい」

 そう言って、来た道を引き返していった。

「どうするよ。俺はどっちでもいいぞ」

 佐竹はそう言って、廊下の突き当たりにある小窓から外を眺めてた。

「優志君はどっちがいいかしら」

 夜に縁側から夜景を楽しむのも悪くはないが、同席するのが佐竹だし、ムードも何もないに等しい。

「レディファーストってことで」

 お先にどうぞと席を譲るように告げた。

「私は夜景が視えるほうがいいわ」

「では、左の部屋を使わせて頂きますね」

「じゃあ、僕たちはこっちだね」

 そうして僕らは部屋の中へ。

 落ち着いたら携帯端末に連絡を入れる手筈にした。




 * * *




 ドアを開けると、そこには畳張りの和室が姿を現した。

 靴を脱いで部屋の中に入る。

 中央には卓袱台ちゃぶだいが一つ。その上には型式の古い電気ポット、お茶のティーパックや、ちょっとしたお茶請けが入った漆塗りの皿が置いてある。そこからぐるりと部屋を見渡すと、布団が入っている襖障子が金色の花弁を散らしているのが眼に止まった。テレビと内線電話は、壁をくり抜いたスペースに置かれている。今どき珍しい黒電話だ。たしか使い方は、ダイヤルをぐるぐる回すんだったっけ。その黒電話の受話器には、テプラで『受付は001まで』と貼り付けてあった。部屋の壁には和紙のような手触りの壁紙が貼られていて、温もりを感じられるような親しみやすさがある──そして、いよいよえんがわとご対面だ。

 壁と襖障子で仕切られた縁側には、背の低い木製の椅子が二つ、その中央に四角の黒い膝下テーブルが置かれている。大きな窓からは案内人の言っていた通り、大迫力な山を見渡せた。紅葉シーズンならば椛の色付きが冴え渡り、それはもう豪華だろう。

 それなのに、ここの宿泊費は格安過ぎる。

 部屋の設備こそ最低限だが、この窓から見える景色は、他の旅館と引けを取らないだろう。高が幽霊騒ぎで、ここまで格安にするだろうか? 僕らの他にも宿泊客はいるけれど、まだすれ違ったりはしていない。観光でもしているのだろうか。まあ、そりゃ折角日光に来たのだから、華厳の滝や竜頭ノ滝、裏見ノ滝でマイナスイオンを吸収したくもなる。それでも、この部屋に来るまで宿泊客とすれ違わないとなると、その人数も少ないと言えるだろう。

 そんなことを縁側で、悠然たる景色を眺めながら考えていると、佐竹が「お茶でも飲むか?」と座椅子に胡座をかいて、既に寛ぎモードでいた。

「佐竹は疑問に思わないの?」

「なにが?」

 いや、だからさ──。

「この旅館の値段設定とか、幽霊とかさ」

「ああ。それか」

 佐竹は興味無さそうに電気ポットの中を覗いて、お湯が入っていることを確認する。

「別に安いんだからラッキーくらいにしか思わねぇなぁ……ガチで。それに、幽霊が出るとしても、俺は今まで幽霊なんて見たことねーし、例え本当に出るとしてもそれは確率論だろ? けど、俺に霊感なんてねぇから、幽霊が出る確率なんて実質ゼロじゃんか」

 佐竹にしては、割と筋が通った言い分だ。たしかにその通りではある。

 僕も概ね、佐竹と同じことを考えていた。

 実際に、またたび屋を訪れるまでは──。

「恋莉は普通に気にし過ぎなだけだろ」

「どうだろうね」

 ほら、お茶が入ったぞと、佐竹は向かいの席にお茶の入った湯呑みを置いた。それに倣って、僕も座椅子に座り込む。背凭れのカーブがいい感じだ。然し、体重を乗せ過ぎると壊してしまうんじゃないかと、強度はあまり信用できない。

 佐竹は漆の器に入っている胡麻煎餅のビニールを破ってぼりぼりと貪りながら、「せんべーうめー」と暢気な感想を呟いた。

「じゃあさ、仮にだよ? 僕たちが泊まるこの部屋が、幽霊の出る部屋だとしたらどうする?」

「優志にしては非現実的なことを言うんだな。お前も拘り過ぎじゃね?」

 それはそうだけど、どうにも引っかかるんだよね──。

「そこまで言うならやるか? お札探し」

「宝探しするみたいに気楽に言わないでよ。……やらない」

 これが怪談話の中ならば、この部屋のどこかにびっしりとお札が貼られている場所があるかもしれない。布団が入っている襖障子の中天井が怪しいけれど、それだってここの従業員がどうにかして隠しているはずだ。天井裏を覗き込むようにしなければ、発見もできないだろう。そこまでしてお札を探したいのかと訊ねられれば、答えはノーだ。どうしてそんな七面倒臭いことをしなきゃならないんだと、僕は佐竹に猛抗議するまである。

 けれど──。

 この旅館の謎を究明したいと思う気持ちだけは、面倒だと思わなかった。

 一泊二日で解決できる謎だったら、とっくのとうに解決しているはずだけどね。

「なんだかこうしてると、修学旅行にきた感じするよな」

「日光だから?」

「それもだけど、旅館に泊まるなんて滅多にないだろ?」

 ああ、それはそうだ。

 日光に修学旅行で訪れたのは、三年と数ヶ月前。

 僕が小学六年生だった頃だ。

 佐竹もその頃に日光にいたとすると、僕らは江戸村か中禅寺湖か、戦場ヶ原ですれ違っていた可能性はある。いろは坂はバスで通っただけだし……いや、見晴らしのいい場所でバスを下りて、記念撮影した気もする。三年前のことなのに記憶は酷く曖昧で、これが修学旅行のいい思い出とは随分と薄情なヤツだな。

 可能性だけの話をするならば、僕らは一度日光ですれ違い、そうして再び巡り合って、日光に来ていることになる。これを運命と言わずとして何と言おうか──答えは簡単、正解は越後製菓であり、選ばれるのは綾鷹。とどのつまり、偶々である。運命なんてことはナッシーだ──タマタマだけに。









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