【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四十四時限目 大河ゆかりは気怠い様で煙草を吹かす


 高速道路に点在しているサービスエリアは、ドライバーのオアシスと言っても過言ではない。長距離を走るドライバーにはホテルにもなり、家族連れにはちょっとしたテーマパークにもなり得る。

 最近のサービスーエリアにはペットにも配慮して『ドッグラン』があったりヘアサロンがあったりと、サービスエリア企業は手広く業務展開をしていたりするからだろうか、サービスエリアと訊いただけで、ちょっとだけわくわくしてしまったりしなくもない。

 メロンパンで有名なあのサービスエリアとか、温泉や足湯のあるあのサービスエリアとか、娯楽施設にも程がある。

 でも、それを体現するのは気恥ずかしいから、さも当然かのように振る舞うのだ。

 どうということもないとする。

 背伸びをして、ここに立っていることが日常だと、退屈なそうに欠伸をする。

 ──なぜだろう?

 はしゃいだら呪われる、なんてこともないはずなのに、僕らは高揚感をひた隠し、忍者のように感情を殺すんだ。忍者は忍者でも、生半可な気持ちでアサギに手を出す火傷するぞと、あの動画サイトのラジオ配信者は語っていた。

 ……対魔忍術を使うくノ一の成人向けコンテンツなんて僕は全然知らないよ? いやほんとに、まーったく知らないもんね!

 さすがは埼玉と栃木の中間くらいに位置するサービスエリアなだけあって、周囲には大自然が広がっている。

 シーズン中に来れば紅葉を楽しめたろうけど、生憎、今はシーズン外。

 それでも山の雄大さを感じられる程度には近くに山々が見えた。

 だからと言ってやっぱり空気が美味しいとは思わない僕は田舎に慣れ過ぎだろうか? 嗚呼、都会のドブのような空気が恋しいぜ──と、都会人は澄んだ空気を感じながら哀愁を漂わせたりするんだろうか? それはどこの都会人だよ。逆に田舎臭いわ。

 先頭を歩く月ノ宮さんと天野さんは、目移りさせることなく売店へと吸い込まれるように入っていった。

 売店の隣にはレストランもある。

 美味しそうな食品サンプルを見たり、自販機コーナーの『挽きたて珈琲マシン』に興味すら感じないのか!?

 え? それは僕だけ?

 最近の女子高生は現金だねーっと思いながら、彼女たちの後を追って売店へと足を踏み入れた。

 月ノ宮さんと天野さんはお菓子売り場の前であーでもない、こーでもないと話し合いながら真剣に悩んでいる。

 手元にあるのはスティックタイプのポテト菓子とポテトチップス。そして、輪っか状になっているポテト菓子。うん、もれなく全部じゃがいもだ。どっちもどっちだしどっちでもいいんじゃない? なんて水を差せば、どんな言葉が返ってくるかもわからない。触らぬ神に祟なし……でもさ、しょっぱいお菓子もいいけれど、ほら、あっちにチョコもあるよ? ねえ、チョコレートあるよ? ほらチョコ……もういいや、諦めよう。

 真剣にお菓子に恋してる彼女たちから離れて、適当に売店をうろうろしていると、キーホルダーがずらりと並んでいる一角に伝説のつるぎを発見した。

 黄金色に輝いていて、龍が巻きついているそのつるぎには、『伝説の龍神剣』と札がついている。

 その伝説の龍神剣がこのキーホルダー売り場に数十本近く売れ残っているとは勇者も涙目よな、鶴賀買います──と思いながらも、子供の頃、こういうキーホルダーを買って欲しいとよく強請ったのを思い出した。

 いざ買って貰っても一時間もすれば興味すら無くなるのに。

 まあでも、やっぱりかっこいいよね。

 ……買わないけど。

 キーホルダー売り場から二人の様子を窺うと、どちらの商品いいのか天秤にかけていた。

 これは指定された自由時間をフルに使う気だ。

 彼女たちがそれでいいのなら、別に文句は無い。ただ、僕としてはもう少しこのサービスエリアを探検したい気持ちがあったので、早々にこの場所から退散しようと自販機コーナーに繋がる通路を進み、お目当の『挽きたて珈琲マシン』がある自販機コーナーに到着した。

 そこには妙にパリピ成分過多な男子高校生が、風呂上がりの一杯をするように、腰に手を置いて缶コーラをぐびぐび飲んでいた。

 漫画やアニメでもよく見かけるシーンだが、実際にあんなことをやっている人がいるのかと言うとそんなことはない。……いるんだな、本当に。あれが僕の友人であるというのは、断固として隠したい今日この頃。

 だがしかし、そうは問屋が卸さない。

 最後の一口を一気に呷り、くしゃっと缶を凹ませてからゴミ箱へと入れた佐竹は、振り向き様に僕と眼が合った。

「よう、お疲れ」

「うん。別に疲れてないけどね」

「そうか? 俺は結構疲れたぞ?」

 いや、お前寝てたじゃん──と、ツッコミを入れたら負けな気がする。

 佐竹義信は無地の黒パーカーに濃い青のダメージジーンズというラフな格好で、両手をパーカーのポケットに突っ込みながら僕の元へとやってきた。

「サービスエリアってなんだかわくわくしねぇか? 普通に」

、こういう場所には来れないからね」

 だろ? と、佐竹は僕の回答に満足そうに微笑んだ。

 僕も佐竹と似たようなことを思っていたから否定するつもりは無いんだけど、佐竹と同じ感想というのはこれまた如何にで、首を傾げたい気持ちになってしまうのは自然の摂理だ。

「アイツらは?」

 それは天野さんたちを指しているんだろう。

「天野さんたちならお菓子選びしてるけど」

 ほら、あっち、と視線だけを向ける。

「おう、サンキュ! 優志は行かないのか?」

「僕は外の空気を吸いたいから」

「そっか。んじゃ、また後でな!」

 佐竹はそう言って、僕が今来た道を辿りながら彼女たちのいるお菓子売り場へと早歩きで去っていった。遠くから、「アンタ、ちゃんと手を洗ったの?」と言う天野さんの声が訊こえたような気がしたが、僕はその声を訊かなかったことにしてお目当の自販機の前に立った。

 車に戻ればペットボトルのお茶があるけれど、こういう場所にある『挽きたて珈琲自販機』はどうしても気になってしまうよね。

 どうせ売店に売っているマウントレーニアには敵わないとわかっていても、こればかりはある種の『恒例行事』みたいなものだ。

 自販機にお金を投入して、画面に映し出された『コーヒーができるまで』をぼうっと眺めていると、動画の終わりと同時に紙コップに注がれたカフェオレが完成した。そのカフェオレをその場で一口啜る。

 ──甘い。

 これ、砂糖何個分だよ。

 レモン何個分入りの飴くらい、砂糖何個分入ってるんだよ。

 あちち、と思いながらコップの縁に手を添えるように持ち、外の空気を吸いに出る。

 きっとここで都会人は『田舎の空気は美味いな』と、臆面もなくドヤ顔で言い放つんだろう。

 残念、僕は田舎育ちでした!

 道路にはもぐらや狸が横切るくらいの田舎育ちですけど何か?

 え、野生の狸を見たことがない?

 それ、どんだけ都会なんでちゅかねぇ?

 ──田舎さでマウントを取ることこそ、虚しいものと言ったらないなと痛感。

 頭の中でマウントの取り合いをしながら歩いていると、いつの間にやら売店からは遠ざかり、佐竹が利用したトイレも過ぎて、気づけばちょっとした離れに辿りついた。

 そこには自販機がぽつんと一台。そしてベンチが数個あり、灰皿も用意されている。奥にはワンコインで利用可能な望遠鏡があるが、所々塗装が剥げているし、使われているようにも思えなかった。

 どうやら、ここは喫煙スペースらしい。

 こんなところに用は無いなと踵を返そうとしたら、ぷかーっと煙を吹かす大河さんと眼が合ってしまった。

 思わず「あ」と声を上げると、大河さんは僕に気がついてぺこりとお辞儀をしたので、僕もそれに倣ってぺこっと頭を下げる。

 このまま何も見なかったことにしてもいいけど、ドライバーをしてくれているので無下に扱うのは不義理だろう。

 こんなことなら、缶コーヒーの一本くらい買っておくべきだったな。









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