【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四十一時限目 類は友を呼ぶものである ①


 私たちのコーヒーカップは、底に膜を張る程度にしか残っていなかった。

「どうしますか?」

 お代わりしますか? と、文乃ちゃんは続ける。……ううん、と私は頭を振った。

 酸味の強い珈琲を試して、たしかに悪くないとは思った。でも、お代わりをしようとは思えなかった。喉を潤したい。気分をリフレッシュしたい。そんな気分だったので、違う飲み物を注文しようとメニュー表を引っ張り出す。〈珈琲〉と書かれた一覧には、アイス、ホットはもちろん、カフェ・ラテ、カフェ・モカ、エスプレッソ・シングル・ダブルが記載されている。珈琲の気分じゃないな、と下段に眼を落とすと、〈ソフトドリンク一覧〉があった。コーラから始まり、レモネード──自家製とある。これは美味しそうだ──オレンジ、アップルと、定番ドリンクが羅列する中、〈タピオカ入りミルクティー〉の名前を見つけた。最近、女性を虜にしている話題沸騰中の飲み物だ。見た目だけを言えばちょっとグロテスクで、とある生物の卵を連想してしまうが、味はというと、実はそこまで無かったりする。タピオカはストローで吸い込む感覚や、もちっとした弾力を楽しむものだ。決して『SNS向け』の商品として開発されたわけじゃない。※個人の感想です。

 タピオカという名前を見て、最初に思い浮かんだのが沖縄だった。タピオカは気温の高い土地が原産というイメージがあり、関東圏でメジャーになる物じゃないと思っていたんだけど……どうしてここまでタピオカは世の女性を魅了したんだろうか? そこにはきっと、タピオカ業者の汗と涙と、血の滲むような努力があったのだろう。どうだろう? 取り敢えず、ガイアの夜明けで特集されたら見てみようと思う。

 文乃ちゃんも珈琲ではなく、口直しのさっぱりした飲み物が飲みたいと言って、私が選んだ〈レモネード〉に便乗した。

「レモネードをお二つ、以上でよろしいでしょうか?」

 爽やかスマイル男性従業員さんは、私と文乃ちゃんを交互に視て確認を取る。「はい」という言葉が重なった。

「かしこまりました、少々お待ちください」

 そして、爽やかスマイルさんは静かにカーテンを締めた。

「タピオカミルクティーにしようか、ちょっと悩みました」

 文乃ちゃんがちょっと恥ずかしそうにしながら呟く。

「あ、私もです。でも、やっぱりあの見た目が耐えられないんですよね」

「ハートや星型だったら可愛いのに」

 ミルクティーの底に沈む、黒いハートや星を想像してみた。

 ……うん。可愛いくはない、かな。

「優梨ちゃんは──あ、優梨ちゃんと呼んでもいいですか?」

 頷きだけで返すと、文乃ちゃんは嬉しそうに微笑む。

 よく笑う人だな、と私は思う。

 笑顔は幸せを運ぶ──という言葉を何度か耳にしたことがあるけど、それは笑顔の別の効果がもたらす結果として、『幸せを運ぶ』と言われていると私は考えている。

 接客業で笑顔を大切にしたり教育するのは、客に不快感を感じさせないというのが理由だ。もっと言うと、笑顔には犯罪を抑制させる効果もあるのだとか。本当に? これこそとんでも理論な気がしてしまう。あれだよ、マナー講師の言う『お茶を贈り物として選ぶのはマナー違反』みたいなこじつけにしか訊こえないけど、それを信じたマナー講師絶対主義の経営方針を掲げる会社は、『お前たちの笑顔がなってないから業績が上がらないんだ!』と叱りつけるのだろう。ああ怖い。笑顔ができていればゴミにも価値が生まれると思っている辺りが本当に怖い。というか、消費者を舐め過ぎまである。

 他にも、笑顔には秘密が隠されていて、それは精神的なものだったりする。相手に嫌われたくないから作り笑顔をしている、というのはある意味処世術の一つだ。そしてもう一つ、『本当の自分を知られたくない』というのも理由に挙げられるけれど、文乃ちゃんは違うだろうな。彼女にはそういうマイナスな要素を一切感じない……それが逆に、私には恐ろしく思えてしまう。

 例えばの話──いや、こんな例えは文乃ちゃんに失礼過ぎるんだけど、もしも文乃ちゃんがサイコパスで、動物虐待を趣味としていて、毎日野良猫を虐待していたとする。その現場を私がたまたま目撃したとき、彼女は純情無垢な笑顔でこう言うんだろう。

 優梨ちゃんも一緒にやろうよ、とっても楽しいんだよ──。

 笑顔は狂気を助長させる。

 笑顔の裏側に末恐ろしい何かを感じてしまうから、〈ピエロ恐怖症〉を持っている人も多い。あと、キレると意識を無くして笑顔で相手を殴り続けてた。自分、ただのオタクなのに、学校の裏番長みたいな扱いされてたからね。キリトかなー、やっぱり。みたいな人もいるらしいので、笑顔が正義とは言い切れない。

 まあでも、文乃ちゃんはそれらから程遠い存在だと思う。バタフライナイフの刃を舐めながら自撮りするような人じゃないし、いたって普通な女子高生だ。酷く天然ではあるけれど、それも長所と言えなくもない。文乃ちゃんと一緒にいると癒される、なんて、同級生から思われてそうなイメージ。

「お待たせしました、レモネードです」

 ガラスのストレートグラスに気泡が浮かんでいる。爽やかスマイルさんがグラスをテーブルに置くと、からりんと氷が鳴った。表面にはミントの葉が浮かび、とても涼しげなレモネードだ。季節外れ感が尋常じゃないけれど、さっぱりしていて美味しそう。

 爽やかスマイルさんが下がると、文乃ちゃんは乾杯したげにグラスを持つ。

「何に対しての乾杯?」

「そうですね……優梨ちゃんとのデート記念? それとも、キミの瞳に乾杯的な?」

「じゃあ、お近づきの印に」

 優梨ちゃん頑な過ぎ! と、文句を垂れながら、私と文乃ちゃんのグラスがかつんと鳴った。

「程よい甘さ、大人のレモネードって感じですねぇ……」

 文乃ちゃんは食事のとき、とても幸せそうな表情をする。食べるのが好きなんだろうなぁと、ぼうっと視ていたら、「あ、あの……ちょっと恥ずかしいです」と顔を伏せてしまった。

「あ、ごめんさない。でも、美味しそうに飲むなぁって思って」

「だって、美味しいですもん」

「そうですね、美味しいです」

 レモネード談義もこれまでにして、第二ラウンドと参りますか──と、私は居住まいを正した。

「文乃ちゃんの手紙には、〝あの日、あの時、あの場所で〟と書いてありましたが」

 はい、そう書きました──と、文乃ちゃんは頷く。

「あの日、あの時、あの場所で会ったのは私ですよね?」

「あのときは遅刻ギリギリで、……本当に申し訳なかったと思ってます」

 それは別に気にしてないですよ、と文乃ちゃんを宥めてから──

「手紙には〝鶴賀優志〟宛で書いてありましたけど、私の事情は知ってるってことでいいんですよね?」

「はい。どうしてもと無理を言って、ローレンス様からお訊きしました」

 ああ、だからあの人、昨日、私をおちょくりに来なかったんだと納得。

「疑問に思ったんですけど、文乃ちゃんは、に想いを寄せてくれたんでしょうか」

「それは」

 そこで文乃ちゃんは言葉を区切り、言いづらいそうに表情を曇らせた。

「私がこんな者なので、今更どんな事情があろうとも驚いたりしませんから、ちゃんと話して欲しいんです」

 わかりました──と、文乃ちゃんは大きく息を吸って、ふーっと吐き出した。









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