【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百三十六時限目 歩いた分だけ何も見つからないこれはただの散歩


 やることを失ったあとの東京は、とても退屈な町に思えてくる。

 東京と言ってもここは23区外であり、内側に住む者たちには「田舎だ」と嘲笑われるような場所だ。そうだな、大宮や、さいたま市と、似たものを感じる。間違っても川越と比較してはならない。いいか、絶対だぞ。

 そう言えば最近、クレアモールでティッシュ配りをするアルバイターをあまり見なくなった。いるにはいるけれど二つ貰えればいいほうで、僕が小学生だった頃はその倍は貰えた気がする。父さんはクレアモールを「ここはティッシュ配り通りって言うんだぞ」と喩えて笑っていたけれど、その面影はもう無い。配られるティッシュの容量も減ったが、それは不景気のせいだろう。牛乳も1000mlから900mlに減ったし、ペットボトルも500mlから490mlにサイレント修正したメーカーもある。『美味しさを追求して、食べきりサイズにしました』とは、某コンビニに得意技だ。変化なんてしているのだろうか? 海苔がパリパリになったとか? 因みに僕はパリパリよりもしなしな派だ。マックポテトも同様である。

 ふらふらっと入ったマックで、僕は百本に一本の割合で入っている──ような気がする──しなしなポテトをもぐもぐしながら、厨房から訊こえてくるアラームの音に耳を傾けていた。ピロリ♪ ピロリ♪ と流れるアラームは、ここがマックであると主張するかのようだ。たまに、このアラーム音が違う店舗もあるのだが、そういう店舗だと少し残念に思ってしまう。

 駅前にあるマックはさすが昼時とあり、客で賑わっていた。てりやきマックバーガーセットを注文するのに、二〇分は掛かった気がする。そして、受け取ったトレーを持って店内の階段を上って席を探し、ようやく見つけた窓際の一人用席に腰を下ろして、ポテトを先に頬張っていた。

 この場所からは東口のロータリーを一望できて、駅へと出入りする人々をぼうっと眺めながら、これからどうしようかと考えていた。せっかくこっちに来たのだから、マックを食べて帰宅するのは勿体無い。かと言って、欲しい物も特に無いし、やりたいことも見つからなかった。まるで現代人の象徴だな、と思ったっけれど、僕はその現代人である。埼玉の片田舎に住んでいるだけで、「お前は現代人じゃない」とするならばそれは差別だ。区別はしてもいいけれど、差別は駄目だ。まあ、僕は分別を弁えているので、もし仮に、東京在住の高校生にそう言われたら「そうですね」と返して、心の中で中指を立てる程度に留める。

 僕の右隣に座っている若いカップルは、「これからどうするー?」という女性の問いかけに、「どうすっかー」と、男が退屈そうに返事をしていた。左隣にいるサラリーマン男性は片手に携帯端末を持ち、黙々とチーズバーガーを頬張っている。誰かとやり取をしているようだが、画面まで確認するのはマナー違反だろう。

 ポテトとハンバーガーを食べ終えて、残り半分になったMサイズのコーラを啜っているとき、隣のカップルは次の目的地の当ても決まっていないのにも関わらず、席から立ち上がった。

「取り敢えず出るべ」と、彼氏が言う。

「別にいいけど」と彼女が返した。

 目的も無くこの町を彷徨うのは楽しいのだろうか? ──それは僕も同じか。それにしても、あのカップルは恋人同士にも関わらず、幸せそうには見えなかった。どちらからとも『付き合ってやってる』という雰囲気を感じた。惰性で付き合うだけの関係に、一体何があるのだろう。そこに愛はあるのだろうか?

 ──愛情、と僕は思う。

 はい注目ぅ。恋という字わぁ、〈心〉が〈変化〉して〈恋〉という漢字になりますぅ。愛という字わぁ、〈心〉を〈受け入れる〉ことでぇ、〈愛〉という漢字になるんですぅ。それが二つ合わさるとぉ、これ『恋愛』となります。恋し愛するという関係が絆を結んでぇ、『結婚』という新たな道を切り開くんですねぇ──。

 どうしてか、きんっつぁんの声で再生されたその言葉に、僕はあのカップルを重ねる。あの二人に愛情はあるんだろうか? 昔、彼と彼女は互いに恋心を抱いて、結ばれた日は歓喜しただろう。そして月日は流れて、お互いを知るうちに段々と冷めていった。マックのポテトだって時間が経過すれば冷めてしまうし、そうなると、とても美味しいとは言えない。あのカップルは冷めたポテトなんだ。熱々だった頃とは違う。

 愛情って、そんな簡単に冷めてしまうんだろうか?

 僕に手紙を送った名無しさんの愛情も、時間が経てば無かったことになるんだろうか。

 佐竹や、天野さんもきっと──。

 僕は、風吹けば名無しの正体を暴いて、どうしたいんだろう。

 答えが出ればすっきりするけれど、それは酷く自己満足だ。『探さないで欲しい』という要望を訊き入れなかった僕は相当な子供に思えてきて、今更になって申し訳ない気分になってしまった。僕は、相手の誠意に対して、不誠実で返そうとしている──そんな気がしてならない。

 晴れていた空に雲が目立ち始めていた。午後二時、雨は降らないらしい。携帯端末でこれからの天気を確認すると、晴れのち曇りとある。雨マークは無い。ついでに明日の天気も確認してみると、明日も似たようなものだった。降水確率は30パーセント。つまり、三割の確率で雨が降るという予報だけど、三割なんて誤差だろう。餃子の満洲は『三割美味い』と掲げているもんな。……残りの七割が気になるところではあるが。ごろろろ、とストローが鳴った。

 取り敢えず出るべ、とした彼と同様に、僕も取り敢えずマックから出てみる。今日は風も穏やかで、比較的過ごしやすい気温だ。ようやっと春の兆しか? 誰にも訊かれない程度に、ふーふふん、ふーふーふーふーふふんと鼻歌交じりに適当に歩いていると、音楽スタジオの前に公園があるのを見つけた。公園と言っても遊具があるわけではなく、ちょっとした空き地にベンチがある程度だった。

 公園のベンチに座って、音楽スタジオを眺める。ギターやベースを背負う人たちがスタジオに入っていく。見た目はそこまで若くなかった。おそらく二十代、いや、三十代前半から後半、もしくは四十代から五十代だろう。それは捜査のプロのご意見。全然的を絞れてないじゃないか! とツッコミたくなるようなコメントだが、多分、あの画像はコラ画像だろう。コラ画像だよね……?

 僕の見立てでは三十代で、黒のライダースを着ている彼らはパンカーだろう。ライブになればご自慢のモヒカンを立てて、めいいっぱいゲインを上げたギターを搔き鳴らしながらアナーキズムを歌う。ロックンロールとパンクの違いは掲げているスローガンが違うらしい。ロックはラブアンドピース、世界平和で、パンクは反逆、衝動的な感情──だったかな? そんな記事をずっと前に読んだけど、僕の知識ではそれが本当か確かではない。でも、その垣根はとても曖昧だと思う。日本人はジャンル分けに拘りみたいものを持っていて、ロックンロールとロックは違うし、パンクでもメロコアやエモコア、ハードコアにもファストコア、メタルコアみたいに、探せば他にも沢山用意しているけれど、そんな知識でマウントを取るより、もっと大切なことがあるんじゃないか? 僕はそう思って止まない。ビートルズとローリングストーンズはロックで、ザ・クラッシュとセックス・ピストルズはパンク、それでいいだろう。

 でも、何かと比較しなければ、自分を証明できないときがある。

 自分が何者なのかを立証する場合、手っ取り早いのは生徒手帳だったり、免許証であったり、パスポートだったりするけれど、それらが無い場合、自分が何者なのかを正しく証言できる人は案外少ないんじゃないだろうか? 僕は高校生だけれど、見た目で判断するなら中学生と言われたりする。今でこそそこまで気にならなくなったけど、ごく稀に女の子と勘違いされることもあったりで、それは男子高校生らしくない声に由来しているのは理解していた。だからと言って流星のように、乱暴な言葉遣いをしようとも思わないし、佐竹のように佐竹ようとも思わない。案外、自己証明は難しいものだなと思うけれど、これまたいっかな、どうして僕は、名前も知らない公園のベンチで感傷的になっているのかと自分に問う。

 手持ち無沙汰、だからだろう。手持ちぶたさんは可愛いけれど、手持ち無沙汰に愛嬌は無い。あるとすれば、それは退屈しかない。やることも無く、やりたいことも無く、目的もはっきりしないままここに来た。そんな風情でロックくろうとを視てしまったから、こんなに感傷的な気分になっているんだ。よっこししょういちと立ち上がり、僕は公園、そしてこの土地から立ち去った。




 がったんごっとん電車が揺れる。

 僕らを乗せて、電車は走る。

 どんぶらこ、どんぶらこ──これは川で桃が流れるやつか。

 今日一日、僕はなにをしていたんだろう? つり革に掴まりながら、見慣れた風景を眼で追う。僕は立ち止まったまま、景色だけが流れていくことに、どうして違和感を感じてしまうんだろう。

 あの公園に置いてきたはずの感傷を、まだ引き摺っているせいだ。

 拘る必要なんて無いのにな──と、僕は窓から荷物置き場に眼を逸らした。

 多分、明日の一〇時に全てがわかる。手紙の主が誰なのかをこれまで推理っぽくしながら考えていたけれど、その人が誰だったのか、おおよその検討は付いた。いや、確信に至った。だけど、どうして──わからない。あの人が僕に想いを寄せるのは、どうにもこうにも不思議だ。あの日、あの時、あの場所で、僕とあの人は確かに会った。それはラブコメ特有のイベントに匹敵するような衝撃的な出会いだっただろうかと、僕はあまり納得できないでいる。

 あれは事故であり、立場も逆であり、何もかもがあべこべで、ちぐとはぐで、ぐりとぐらだった。ぐりとぐらは関係無い。

 あの人にはそれが運命めいたものに感じたのだろうか? 考えると、一目惚れするような場面でもなかったしなぁと、傾けた首を更に傾けてしまいそうだ。

『……んめもなくぅ、到着しめぇす』

 今日の車掌さんはやけに癖のある口調でアナウンスをする。湿っぽいというか、ぬめぬめしているというか、ちょっと陰湿な喋り方だ。お口の中が湿地帯で、アマゾンなんだろう。誰か彼に乾燥剤を渡してあげてと思いつつ、開いたドアからホームに出た──。









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