【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百二十九時限目 道中、鶴賀優志はアンニョイに思う


 流星は電話に応じなかった。

 電話に──。

 小学校低学年のお調子者が、どこか誇らしげに言いそうな寒いギャグを、〈取消〉の赤丸を押したときに思った。最近の小学生は、僕が小学校に通っていた頃よりも大人びていたりするんだろうか? 大人っぽい子はいたな。ええと、あの子はなんて名前だったっけ──僕は昔から、他人の顔と名前を覚えるのが苦手で、クラスのマドンナ的存在だった子の名前も出てこなかった。でも、それは今、どうでもいいことだ。洗濯機の裏側に落ちたままになっているヘアピンくらい、どうでもいいことだ。

 流星との通話を試みた際、呼び出し音は鳴っていた。着信拒否をされていたなら、それなりのガイドアナウンスが流れるはず。つまり、流星は意図的に『電話にでんわ』したということになる。

 ──そうしなければならない理由があった、としか思えない。

 ぼくと流星は、似通ったところがある。性格ではなくて、考えかたが似ているんだ。仮に僕が流星の立場で、流星に『知られたくない何か』を問い詰められそうになったとしたら、なるべく情報は明かさないようにしたい。通話なんて以ての外だ。流星は察しがいいし、『殺す、殺すぞ』と連呼しながらも、自分が興味を持った相手の話だけは、親身になって訊くくらい面倒見のいい人物だ。僕の中での天地流星は、そういうイメージで固定されているので、粗暴な態度を見せても、それは照れ隠しだと微笑ましく思ってしまう。

 ヤンキーが雨の日に捨て犬を拾ったとしても、そのヤンキーを『優しい』なんて、紙切れ程度にも思わない。然し、それを流星がしたとならば話は別で、僕は、流星と一緒に、里親探しを手伝うのも吝かじゃない。その際は佐竹を巻き込んで、彼の人脈を駆使して探すことになるだろう。

 流星は、何を隠しているんだろうか──。

 手紙の差出人は流星じゃない。多分、だけど、これは当たっていると思う。はっきりしない態度を取るってことは、もう一人、流星の影に隠れている人物がいると見て間違いないだろう。それは〈らぶらどぉる〉に関係する人物であり、『あの二人』ではない。そうなると、メイドか執事の二択だが、執事役の誰かではないな、と僕は思う。

 あの店の執事役は、メイドよりも影が薄い存在だ。喩えるならば、お題目をぺらりと捲ったり、噺家に小道具を渡す黒子。何度かあの店に行って、数人の執事役と話を交えたけれど、『いい天気ですね』くらい適当な会話だけ。店も『メイド喫茶』を掲げているので、執事は裏方の仕事を任されるのだろう。迷惑なご主人様の対応、とか。

 ようやく調べる範囲を限定できたけれど、時間はこれ以上待ってくれないらしい。時計の針が『急げ』と囃し立てている。手紙を引き出しにしまい込んで、財布と携帯端末だけをポケットに。読みかけの本、イヤホン、ハンカチとポケットティッシュを肩下げバッグに詰め込んで部屋を出た。




 * * *




 この寒さはいつまで続くんだろうか。

 冷たい空気が頬を撫でてると、背筋がぶるっと震える。厚着はしたつもりだけれど、もう一枚、中にシャツを着てくればよかったと、バス停のベンチに座りながらバスを待っていた。寂れた商店街。いや、もう商店街ですらない通りにあるこのバス停は、スーパーの目の前にある。これが結構便利な物で、バス停へと向かう前にお茶を購入できるのは有り難い。〈中央商店街入り口〉と記載されているバス停の表札の下には、赤と白で分かれた時刻表があり、白が平日、赤が休日の到着予定時間が記されている。ただ、誰かが悪戯したんだろう。シールのような粘着物を剥がした跡が所々に残っていて、読みやすいとは言えない。電柱もそうだけど、誰がこういうのを剥がしているだろう? 役場の生活課? それとも、心優しい誰かが行なっているのか。電柱のチラシ剥がしは警察の仕事だった気がするが、まさか、警察がバス停の時刻表に貼られたシールを剥がすわけもないし、バスの管理会社が清掃する姿も視たことがない。

 こういう悪戯をする連中は主に学生だ。きっと『ウケ狙い』だったんだろうけど、その『ウケ』は誰を狙っての『ウケ狙い』なのだろうか。そして、シールを貼るという行為を『ウケる』と思ってしまうあたり、相当に寒い。吃驚するくらい寒くて、この冬は彼らの仕込みなんんじゃないかと疑いたくなるまである。

 どうして、僕ら高校生男子はこうもイキりたがる連中が多いのか。『野生のイキリト』なんて呼び名もあるけど、それは、あのデスゲームを制した『あの桐ヶ谷君』に失礼だ。凄いんだぞ、キリト君は。階層のボスを一人で倒したり、出会った女の子を次々にメロメロにしたり、弾丸を剣で弾いたり、最早、存在がバグなくらい、キリト君は凄いんだぞ。だけどアインズ様こそ至高。御身の前に。

 でも、空想と現実は異なり、ファンタジーはファンタジーだからこそ楽しめる。

 調子に乗っている高校生くらいの男子が異世界に飛ばされて、運よくチート能力を得ても、それを上手く扱えるとは思えないんだよな。僕だってそうだ。知識もなければ、有事に備えているわけでもない。スライムにだって怯えるし、ゴブリンなんて視たら、一目散に逃げる自信しかない。このシールを貼った学生も、シールを貼ってそのまま逃げ出したのだから器が知れている。

 北風がびゅうっと商店街の成れの果てに吹き抜けて、僕の横に並ぶ女性のスカートを靡かせた。スカートの下には夢が詰まっているらしいです。だけど、僕はその夢の正体がなんなのかを知っている。

 バスが一台通り過ぎて、そのバスとすれ違うように、駅へと向かうバスがやってきた。

『乗車券をお取りください。電子マネーをお持ちのかたは、タッチして下さい』

 お願いタッチと言われたら、アナタからタッチするのが通例だろうけど、このバスは甲子園に連れていってくれない。サイフをそのままタッチすると、単調な電子音が鳴り、残高が表示された。ヨン、キュウ、ナナ、イチ──なんて不吉な数字の並びだろう。まるでこれから、4971ことが起きると言わんばかりだ。念願の3サン101イッチが食べられるのに、幸先の悪いスタートを切ってしまったと、近くの空席に腰を下ろして、イヤホンを耳に当てた。こんなときは、底抜けに明るい歌がいい。アンニョイな気分を払拭させるのは、やっぱりこれしかないだろう。『アーホンダラー!』と、峯田さんが叫んだ──このチョイスは、いっかな底抜けに明るいではないが、見慣れた景色に添えるには打って付けだろう。

 バスは出発して、寂れた廃れた商店街の道路を進む。あそこにあるのは、数ヶ月前まで営んでいた持ち帰り専用のお寿司屋で、僕はここのお寿司を食べた記憶が無い。小さい頃に数回、この店を利用していたかもしれないけれど、記憶にないということはつまり、そういうことなんだろう。あっちのシャッターが閉まった店は、パン屋だったらしい。あそこは書店で、あそこは団子屋だった。もう、そのシャッターが開くこともない。道なりに進むと、この町唯一のケーキ屋が。この店は夏に、大きなかき氷を提供するお店だったようで、父さんと母さんは、夏に休みが重なると、よくこの店のかき氷を食べに行って、頭を痛めながら笑っていたらしい。その元・ケーキ屋がある十字路の信号でバスが止まる。道路を挟んだ向こう側にある蕎麦屋は人気があって、昼頃になると、開店を待ちわびる列ができる。僕はここの蕎麦を食べたことがないけど、噂によれば、季節ごとに蕎麦の品種を変えて、その季節にあった蕎麦を提供しているらしい。一回くらい、行ってみようかな。と、僕は思う。

 そこから先は風景を楽しまず、バッグの中から本を取り出して、黙々と読み耽った。風景を楽しむ、とは言ったけれど、代わり映えのしない景色を眺め続けていると、なんだかなぁ、という気分にさせる。ハイキングコースとなっている山道も、中間地点にある古びた食堂も──埼玉のど田舎なのに、『東京』と冠がついたキャンパスは、千葉なのに『東京』と謳っているあの国とどこか重なって、やっぱり僕は、なんだかなぁと思ってしまうんだ。

 バスは町から市に移り、お代わり自由のうどん屋の前の交差点で止まった。ここは、うどん屋になる前はコンビニだったはずだ。市街地から離れたこの場所にあるコンビニを求める客は少なかったんだろう。うどん屋は繁盛しているのだろか? 駐車場には、ぽつりぽつりと車がある。赤、黒、銀、白、黒、黒、銀。頭の中で数えてみると、その語呂のよさが面白かったけれど、その面白さも直ぐに消える。再び本に視線を落とした。

「まもなく到着です。お忘れ物ないよう、ご注意下さい」

 車内アナウンス──運転手の声はどこか虚ろげで、覇気を感じなかった。それもそうだよな、と苦笑いが浮かぶ。僕よりも、このバスの運転手のほうが、この景色を視ているんだ。それも毎日、何往復も。仕事でなければ気が狂いそうになるであろう回数を、バスの運転手は繰り返しているのだ。然も、乗客の安全を考慮しながら──。

 運賃箱にあるセンサーにタッチして、「ありがとうございました」とバスを下りた。

 この駅から東梅ノ原駅までは結構な距離がある。アルバム一枚は優に訊き終わるくらいの距離で、往復すると結構な値段だ。夜遅くなるとか、佐竹が家にくるとか、ダンデライオンに向かうとか、そういった大義名分がないとき以外はこの駅を利用しない。普段は片道数キロある距離を自転車で走り、反対側にある隣り町の駅を利用している──こっちの駅だと梅ノ原駅が隣なんだ。定期券代も安く済む。然し、休みの日までそんな運動はしたくない。だから僕はバスを利用して、アルバム一枚分の距離と、片道、コンビニ弁当と飲み物を合わせたくらいの代金を支払って、気楽な道を選んだ。

 駅のホームにはつばめの巣があり、所々に『頭上注意』の張り紙がされてある。だが、ホームを闊歩しているのは鳩だ。『ほーほほっほほー』で有名なアイツで、正式な名称は〈キジバト〉と言う。鳩が鳴く理由は色々あるのだけれど、その理由の一つに『目覚めたばかりの鳩はエネルギーが有り余っているから』とある。とてもとても迷惑な話だ。中途半端なところで鳴き声を終わらせる鳩は絶対に悪意あるだろと、僕は毎回、あの鳴き声を訊く都度そう思って止まない。

 鳴くのなら、統一してくれ、ホトトギス──キジバトだけど。

 戦国武将のように一句読んでいたら、黄色の線の内側までと、女性声の構内アナウンスがスピーカーから流れた。









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