【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百二十四時限目 風吹けば名無しの手紙


「なあ、ゆうしぃ……」

 未だ机に突っ伏したまま、佐竹が情けない声で僕を呼んだ。

「なに」

 僕の声に反応して、佐竹は机から身を剥がし、ゆっくり椅子ごと方向転換させた。

「あのさ」

「却下」

「まだなにも言ってないだろ!?」

 佐竹が『あのさ』と僕に訊ねる時は、大抵、碌でもないことばっかりだ。

「まあまあ、いいから訊けって。……期末試験を終わらせた俺らには、癒しが必要だと思うんだ」

 癒し──と言われて、真っ先に思い浮かぶのは温泉だった。

 温泉か、と僕は過去の記憶を呼び起こす。

 かれこれ数年は、温泉に体を浸からせていない。

 自宅から自転車で行こうと思えば行けなくもない場所に一軒、行けなくはないが自転車では遠い場所に一軒、合計二軒の温泉施設がある。

 人気の温泉は遠いほうで、サウナやジャグジーなどの設備は無く、内風呂と露天のみというシンプルな温泉だが、入った瞬間に肌が喜ぶのがわかる温泉だ。

 自転車でなんとか行ける距離にある温泉は、寝湯や五右衛門風呂など、様々なレパートリーがあるものの、自宅のお湯となにが違うのかよくわからない。もし温泉に行くなら、遠いほうに限るのだけれど、車が無ければ移動は困難だ。

 僕の癒しはさて置いて、佐竹の言う『癒し』とは何だろう?

 世にまんえんしている〈ウェイの者たち〉は、日常に刺激を求めているのが大半だ。

 例えば、未成年にも関わらずお酒を飲んで、『酒うめぇ』とSNSに写真をアップして炎上させたり、友人の原付きバイクを橋の上から放り投げて炎上させたり、バイト中に売り物のおでんを口に含んでから吐き出して、パンケーキを食べたがって炎上したり。

 ──よくもまあ、容易く燃えるものだ。

 それを『ネタ』という言葉で片付けるのだから質が悪い。場を和ませようとしたにしても、もう少し考えて行動するべきだけど、彼らは『炎上』することを『かっこいい』と勘違いしているのか、言葉通り、命を燃やして炎上させる。

「カラオケにはいかないよ」

 佐竹の言う『癒し』は、これ以外に無いだろう。

 一にカラオケ、二にカラオケ、三、四もカラオケ、五にファミレス。

「それはもう望まねぇよ。そうじゃなくてだな」

 違った、だと……?

「明日から三日間休みだろ? 春休みだって間近だし」

 そこで佐竹は言葉を区切り、勿体振るかのように間を開けて──

「春休みを満喫するための計画を練ろうぜ!」

「ええ……」

 この男は一体、何を考えているのだろうか?

 つい先ほど、『癒しが必要だ』と言っていたはずなのに、それがどうなって『春休みの計画を練る』に発展した?

 僕には皆目見当つかず、佐竹義信という男の脳内は、やっぱり『ウェイ』であることが立証されただけだった。

 春休みなのだから春休みらしく、春休みを謳歌すればいい。

 部屋で読書に興じたり、ソシャゲのイベントをぶん回したり、飽きたら勉強して、アニメ、ドラマ……あれ? それは普段の休みとさして変わらないのでは? ──いや、そうではない。

 僕の休みは常に春休み同等の価値があると言える。さすがに苦しい言い訳だな。

「それで? 具体的には何がしたいの」

「それをこれから考えるんだろう?」

 ──ぱどぅーん?

「……はあ。わかったよ。どうせ拒否しても泣きついてくるんでしょ? ダンデライオンでいいの?」

「おう! 他のヤツにも声かけておくわ」

 思い立ったら吉日とばかりに、佐竹は月ノ宮さんと天野さんの元へ。その行動力を、もっと他のことに使えれば、佐竹も少しは期末試験に苦労せずに済むのにな。これは怠惰ですね? 実に怠惰ですよー?

 かく言う僕も、それなりに怠惰である。

 佐竹が月ノ宮さんたちと話をしているのを、じいっと待っているのは退屈だけど、〈話に加わる〉という選択肢は無い。

 僕が佐竹に屈したような形にはしたくないので、僕は『致し方無く付き合っている』という体で、この話を進めたかった。

 先にバス停で待ってよう。

 僕はちゃちゃっと帰り支度を済ませて、教室の後方のドアから出た。廊下には数人の生徒が立ち話をしている。内容は『期末試験どうだった?』で、他の生徒たちもその話でもちきりだ。

 試験というのは嫌でも他人と比べられる。

 要領よく勉強している者は、そこそこの点数が取れるが、甘く見ていた者は地獄に落とされた気分になり、その後、楽しい補習生活が待っているのだ。そんな余計な時間は取りたくないので、僕は予習復習を欠かさない。

 昇降口に着いて下駄箱を開けると──

「ん?」

 そこには桃色の便箋が一枚、靴の上に置いてあった。

 これは、ラブレターというやつだろうか? おそらく、入れる下駄箱を間違えたのだろう。……可哀想に。手紙を書いた本人の下駄箱に戻しておこうと裏目を視てみるが、名前の記載は無い。そりゃそうか、目に見える場所に名前を書いたら、落とした時に大惨事だ。まあ、落とした所で既に大惨事ではあるんだけど。

 このままラブレターを持ち帰るわけにもいかないので、手紙だけを靴箱に残しておこうと、靴箱に置いて手を離した時、手を離した場所に名前が記載してあった。

『鶴賀様へ』

 このラブレターは、どうやら僕宛てで間違いなさそうだ。

 いやまさか……そんなはずは無い。

 同じクラスの人だろうか? それも無いだろう。だって、クラスの人気投票をすれば、確実に佐竹が一位だ。佐竹以外にもイケメンな男子は存在するので、僕みたいなヒエラルキー下位にいる者を選ぶはずがない。天野さんか? それも違うだろう。天野さんが手紙を書く理由が見当たらない。

「……って、ここで考察するのは危険だな」

 手紙を鞄の中へ入れて、バス停へと向かった。









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