【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百九時限目 優梨は再び袖を通す


 薄暗い階段の先に、予備のメイド服を保管している衣装部屋があるらしい。

「この先です」

 踊り場で一旦足を止めたカトリーヌさんは、後方を歩く私を振り返る。

 相も変わらず言葉通りに、表情の読めない人だ。

 カトリーヌさんは一度〈仕事モード〉に切り替わると、二人だけで話していた時とは打って変わる。仕事のできる秘書、キャリアウーマン、女上司。言い方は様々あるけれど、そのどれもが『融通が利かない』というイメージ。『あの人は仕事こそできるんだけど、他のことはからっきし駄目』と、影で噂をされるようなタイプだと結論に至った。

 階段を上った先は白いタイル張りの廊下となっていて、その廊下は中央部分で枝分かれしている。ローマ字の『T』を左に傾けた形。一階と随分雰囲気が違う。こちらはまるで、ビルの内部そのままの無機質な空間だ。壁は白と灰色の中間のような色合いで、面白味も何も無いけど、この店以外にも似たような作りをしている施設は何度となく視てきたから、夢の国の裏方を視て幻滅したという事も無い。

 廊下の中腹で曲がると、右側には三つの部屋があり、左側には男子トイレ、女子トイレが並び、奥まった場所にもう一つ扉が視える。不自然な場所に扉があるので、おそらくは室外機のある場所だ。洗濯物などもここに干していたりするんだろう。店の正面とは反対側に位置しているその場所は、ドラマで喩えると病院の屋上。そしてOLがお弁当を食べる場所でもある。そこまで想像してみたけれど、目的の場所は衣装部屋だ。

 手前から男子更衣室、女子更衣室と進み、一番端の部屋の前でカトリーヌさんは立ち止まり、片手に持っていた鍵をドアノブに捻じ込んだ。がりがりという金属が擦れる音が鳴り、ロックが解除される。

「この先が衣装部屋です。予備の衣装やテーブルクロス、布類のストックは全てこの部屋で管理しています」

 赤いカーテンで仕切られた先にあるのが衣装だろう。カトリーヌさんはそのカーテンをさっと横に開くと、ビニールが被せられた衣装達が、ハンガーにかけられてずらりと並ぶ。ここまで同じ服が揃っていると、これはこれで圧巻だ。しかも、サイズ事に区切られていて、左から順番に大きくなっている。その他にも燕尾服や、調理場スタッフが着る白い服など、この店で着られている衣装の全てが揃う。

「凄いですね」

「私もそう思います」

「え?」

 どうしてそんな他人行儀な反応をしたの? と疑問を浮かべていると、

「この部屋の物資を管理しているのは、ローレンス様ですから」

 ああ、なるほど。そういう事ね。

 だからこんな几帳面に整理されているんだなぁ。カトリーヌさんがここを管理していたら、そりゃあもう、こういう姿にはならなかったんだろう。だから「私もそう思います」と、首肯したんだ。

「左右にあるカーテンの奥には何があるんですか?」

「先程も申し上げた通り、テーブルクロスやタオル、靴下……これは買い取りになるのですが。そういう物が保管してあります」

 制服を汚してしまった、という緊急事態にも素早く対応できるように予め用意しているのかな。

「テーブルクロスは油汚れが酷い場合廃棄しますし、そうでなくても早い周期で取り替えることになりますので、予備は多いに越したことはありません」

 カトリーヌさんは数あるメイド服から一着を取り、私に差し出す。

「サイズは合っていると思いますので、もし着られないのであれば仰って下さい。私は廊下で待っています」

「……やっぱり、着なくちゃだめ、ですよね?」

「〝女は度胸〟です。優梨さん」

 そうとだけ言い残し、カトリーヌさんはこの部屋から出ていった。



 * * *



 部屋の入口付近の壁に、全身を映す鏡が貼り付けられている。私はその鏡の前に立ち、メイド服に着替えた。オーソドックスなメイド服なので過激な露出はなく、然し、要所要所に店の拘りを感じられる逸品だ。着る者の魅力を引き立てられるようにデザインされているんだろうか? ……ううん、気慣れていないせいか、私にはこの服が似合っているのか自己判断がつかない。

「また、この格好になるのかぁ……」

 とは言っても、メイド服が嫌なわけじゃない。

 メイド服は可愛いし、そういう服を着ると自分自身まで可愛くなったように錯覚する。もし私が自他共に認める美少女だったとすれば、この場でくるりと一回転してみせるけれど、私はそこまで自信過剰にはなれない。

 それなりには視えるとは思うけれど、どうなんだろう?

 求められるって事はつまり、そういう認識でいいんだろうか?

「着替え、終わりました」

 廊下で待っているカトリーヌさんに声をかけると、カトリーヌさんはドアを開けて、頭から足下まで隙間無く視る。そして、顎に手を当てながら「さすがです」と一言。

「よくお似合いです」

「ありがとうございます」

 リップサービスを鵜呑みにするほど、私は単純なヤツじゃない。だって、今は『似合う、似合わない』は差し当って重要ではないのだ。

 私がこの服を着る、というリクエストに応えたという事実が重要なのである。

 楓ちゃんがこの店に大きく影響を及ぼすような事は絶対に無いはずなのに、どうしてローレンスさんはあそこまで念を押すのだろう? それに、らぶらどぉると月ノ宮製薬では業種も違うし、危惧するような事にはならないと思うけどなぁ。

「私やローレンス様が一緒にホールへ行くと悪目立ちしてしまいますので、代わりに、付き添いの者を用意しました。……来ましたね」

 カトリーヌさんがドアから離れると、その横からエリスが顔を出した。

「お前もとことんついてないヤツだ」

「皮肉を言う前に、かける言葉があるんじゃない?」

「お前のメイド服姿は二度目だぞ。今更似合うも何も無いだろ」

「エリス。言葉が過ぎますよ」

「……ったく、やりずれぇな」

 小声でぼやいたけれど、それはカトリーヌさんにも訊こえているだろうに……。まあ、陰口を叩くような性格じゃないのは知っているし、カトリーヌさんもエリスの功績だけは評価しているらしく、軽口には目を瞑ったようだ。

 カトリーヌさんとエリスは、あまり上手くいってないように視えた。やり取りがぎこちないというか、一方的にエリスが嫌っているというか、苦手意識が露骨に出ているというか。でも、エリスの正体を見破ったのがカトリーヌさんだったならば、その理由も納得だ。




「裏方ではかなりフリーダムなんだね、エリス」

 廊下を歩きながら軽い雑談でもと、先頭を歩くエリスに声をかけた。

「ああいうのは表だけだ。裏でもしてたら気持ち悪いだろ。メイドも執事もコックだって、中身は生身の人間なんだ。それともお前は二十四時間、三百六十五日メイドしているヤツがいるって思うのか」

「わかったわかった。わるうございましたー」

「──いや、すまない。カトリーヌを前にするととつい、な」

 やはり、恨みは晴れていないようだ。

 現状では『女性メイド』として立ち回っているけれど、それは流星からすれば不本意なんだ。『女性なら女性らしく、女性の仕事を全うしろ』と言われたら、誰だって恨み言の一つや二つを吐きたくなる。カトリーヌさんが実際にそう言ったわけではないないしろ、流星をメイドに転向させたという事は、そういう意味と受け取られても文句は言えない。……カトリーヌさんはそういう人ではない、と思いたいが。

「優志。いや、今は優梨か。──その格好でホールに出るって事は、その意味は理解してるよな」

「え、意味って?」

「あ? ローレンスから何も訊いてないのか?」

 どうも話が合わない。

「どういうこと?」

「いや、……なんでもない。ただ、オレが言えることは一つだ」

 そして、エリスはホールへのドアを開く。

「恨むならローレンスとカトリーヌを恨め。ヤツら曰く、〝女は度胸〟──らしいからな」







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