【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四時限目 月ノ宮楓は彼の愚かさを嘆く






[鶴賀優志]
『今日は出勤日?』
『ちょっとマズい事になった』

[鶴賀優志]
『これから訳あって、佐竹と月ノ宮さんを引き連れて』
『らぶらどぉるに行く事になった』

[鶴賀優志]
『ごめん。止めようがなくて』
『本当にごめん』







 高津さんが運転する車内で、隣に座る佐竹君の眼を盗みながらこっそり連絡を入れてはみたけれど、……出勤準備中かな? それとも既に出勤しちゃった? 既読は付かず、うんともすんとも反応は無い。

 メイド喫茶の勤務時間は把握していないけれど、早番勤務は朝の九時から途中に約一時間のお昼休憩を挟んで、午後の五時迄というのが一般的だ。この時間に連絡がつかないとなると、今頃は『おかえりなさいませ、ご主人様♡』としているのか、もしくはぐっすり寝ているかの二択。出勤の場合、スターティングメンバーにエリスを導入するか、それとも後半にまで温存するか? という疑問になる。

 その判断は店長か副店長かで異なるけれど、私だったら開店と同時にエリスをホールに回し、集客の勢いをつけてそのまま午後も突っ走りたい──逆に、前半に集客が弱ければ、午後の営業にも支障をきたすだろう。集客が見込めない状況に対し『苦肉の策』としてエリスを導入しても宝の持ち腐れだ。然も今日は土曜日で、癒しを求めにメイド喫茶へと足を運ぶ客は平日より多いはず。花モク、花キン、今ではプレミアムフライデーなんて言い方をするけれど、稼ぎ時はいつだって土日祝日。

 そんな時に稼ぎ頭が不在だったら勿体無いにも程があり、そういう考えでシフトを回すのであれば、流星が遅番という線も潰える。……嗚呼、考えれば考えるほど最悪の結果に向かっていく。

 楓ちゃんは助手席に座り、体勢をそのままに、佐竹君とメイド喫茶談義をしていた。

 興味津々に佐竹君と話すのはいいけど、楓ちゃんの家にだって女性きゅうはいるはずだ。普段からメイドさんと話す機会のある楓ちゃんからすれば、メイド喫茶なんて興味がある場所でもないだろうに。

「初体験というのは心が踊りますね」

 そこに普段の凛々しさは無く、純粋無垢なまでに明るいトーンで話す楓ちゃんは可愛らしい。私が座る位地からは横顔しか視えないけれど、笑みを浮かべているようだ。口角が少し上がっている。

「マジそれだわ。バイブス上るぜ」

 私のバイブスはテン下げ。

 にかりと笑う彼の横顔は、まるで少年のようなあどけなさも映る。 

 相変わらずの語彙力で偏差値が低そうな内容だけど、『楽しみだ』という意思はひしひしと伝わってきた。

 メイド喫茶と訊くとメインターゲットは〈男性〉と思われがちだが、昨今のメイド喫茶はアニメの影響も相俟ってか知名度もそこそこに上がり、〈らぶらどぉる〉でも女性が楽しめるようにイケメン店員が執事に扮して、男女共に楽しめるよう配慮されている。それでもやはり、女性は執事喫茶、男性はメイド喫茶という印象が強いけれど、そこはローレンスさんの戦略が功を奏したのだろう、私が行った時には女性客が思っていた以上に多かったのが印象的だ。

 男性をターゲットにするよりも、女性をターゲットにした方がいいと訊く。

 何でも、女性客に好印象を持って貰えるとくちコミで広がるらしいのだ。拡散力のある客をターゲッティングすれば、知らぬ内に知名度が上がる。……という寸法らしい。無論、それ以上にカスタマーサービスの向上を図らなければ、呆気なく足通りは遠退く。そこが客商売の面白い所であり、難しい所でもあるらしい。父さんの受け売りだけど。

「──所で。佐竹さん、メイド喫茶とは何をする場所なのでしょうか?」

「ん? そうだな……」

 佐竹君は腕を組んで、考えているかのような素振りを視せているけど、こういう場合の彼は特に何も考えていない場合が多い。

「俺も初めてだから何とも言えない。……優梨はどうだ?」

「え? ……メイドさん達と触れ合う場所、じゃない?」

 この説明では、『可愛いメイド服に身を包んだ女の子を鑑賞する』という意味で、〈ネコカフェ〉や〈フクロウカフェ〉と似た場所だと勘違いされてしまうかもしれない。慌てて「ミニゲームで遊んだり、記念写真を撮ったりできるみたいだよ」と付け加えた。

 私は過去に二度、らぶらどぉるに来ている為、あの店がどういう店なのか知っているけれど……白々しかったかな。

「最近では、海外からの旅客にも人気のスポットになっているそうです」

 黙々と運転していた高津さんが、今ぞとばかりに補足説明をしてくれた。

「果たしてどれほどの物なのか、お手並み拝見させて頂きたい所ではありますが」

 それは『メイドとしての心構えを視察したい』ってこと?

 さすがに本職である高津さんからすれば、メイド喫茶の接客レベルは月とすっぽんとまでは言わないけれど、プロ目線で来られたら店側も迷惑だよ? ──実は単純にメイド喫茶を楽しみたかったり? 高津さん、まだまだ現役なんですね。何が、とは言及しない。

 こんな話をしている間にも、車は目的地への距離を縮めていく。いつの間にか見慣れぬ景色。窓の外には美味しそうな飲食店がちらほらと。

 こんな暖気のんきにしている場合ではないのだけれど、私にできる事はもう無い。……後は野となれ山となれだと諦めていたら、抱えている肩下げバッグの中から、間抜けな電子音が訊こえた。





[雨地流星]
『おい』
『これは何て冗談だ』

[鶴賀優志]
『冗談だったらいいんだけど』
『もうすぐ到着するよ』

[雨地流星]
『ふざけんな』
『今日は早番出勤なんだぞ』
『クソが』

[鶴賀優志]
『どうにかできる?』

[雨地流星]
『無理だ』
『もう戻らねぇと』

[鶴賀優志]
『ごめん』





 よっぽど忙しいのか、私が最後に送ったメッセージに既読は付かなかった。

 どうにか目的地を変更できないか頭を捻ってみたけれど妙案は浮かばず、嘘も方便と言葉を探すけれど、これまたいっかなどうしてか、いつもならすらすら出てくるはずのはったりやブラフでさえ、ここぞとばかりに喉の奥。

 これで何度目かの駅。その下のロータリーを通り過ぎて、反対側へと突き進む。そのまま車は直進して、宝くじ売り場のある十字路で信号待ち。まもなく車は目的地へと到着して、私はエリスに扮した流星に、しこたま恨み言を吐かれることだろう──それだけならまだいい。それよりも、『実は流星が女性で、メイド喫茶で働いている』という事実を知られてしまう方が申し訳ない。

 佐竹君は流星の事情を知っているけれど、メイド喫茶でバイトしている事は知らない。

 それこそ、流星が一番隠したい事だろう。ううっ、胃がきりきりと痛む。

「到着致しました」

 車を店よりも少し離れた場所に停めて、高津さんは運転席から出ると、助手席側のドアを開けた。

「有り難う御座いました。帰りはダンデライオン前で。また電話します」

「畏まりました」

 私達が車から下りると、高津さんは話達に一礼してから車を発進させた。

「やっべ、普通に緊張してきたわ。ガチで」

「そうですね。何が待ち受けているのかわかりませんから、……期待も大きいですけど」

 私も初めてここを訪れた時は同じように緊張してたっけ……。まだ慣れているわけじゃないけど、二人みたいに顔に出はしない。

「メイド喫茶って言えば、〝お決まりの展開〟があったりしてな」

 ……ぎくり。

「お決まりの展開とはなんですか?」

「同級生がバイトしてて、それを知らずにきた主人公が偶然そいつと遭遇。からの〝何でアンタがここにいるのよ!〟的な展開のことだ」

「さすがに三組うちのクラスにメイド喫茶で働いている方はいないと思いますが……」

「ま、そうだよな。そんなの漫画の世界だけだし。……どうした優梨?」

「ふぇ ︎」

「何だかさっきから様子がおかしいぞ?」

 そりゃそうだよ。

 これからその『お決まり展開』が待っているんだから……。

「う、ううん。ちょっと胃……っじゃなくて、立ち眩みがしただけだよ。ずっと座ってたから」

 何とも都合のいい立ち眩みだこと。

「そうでしたか。……これは早急にメイド喫茶の中へ入って休まなければなりませんね!」

「だな! だ! 、とも言うし!」

 どうしてそうなるの ︎ あと、そのことわざの意味も何もかも違し! そしてローマ人は一体何を一日で作り上げた ︎

 久しぶりに佐竹君の言い間違いを訊いたけれど、いつもより増して酷い間違え方で、『インド人を右に』に通じるものさえ感じる。

「優梨さん。彼は何を言っているんですか? 通訳をお願いします」

「わ、私もわからないし、わかりたくもないよ……」

 はあ ︎ と、佐竹君は驚いたように声を上げた。

「仕方ねぇな、教えてやるよ。先ずは千里の道も──」

「大丈夫です。──佐竹さんは放っておいて、私達だけで入りましょうか」

 楓ちゃんは佐竹君を無視して私の背中を押しながら、細々しい声で佐竹君の将来を悲観するように「まさかこれ程とは……」などと呟いていた。









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 by 瀬野 或

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