【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百九十三時限目 そして僕らのチョコはレートを上げてパーティーはサークる ⑥


 私が調理室に戻る頃にはほぼ全員がチョコを完成させて、残る作業はチョコが固まるのを待つのみとなっていた。

「いやはや皆さん、お疲れ様でしたねー」

 呑気な声で皆を労い、お菓子の差し入れを持ってきたのはクラス担任である三木原先生。いつの間に来たの? と思ったけれど、レンちゃんと話している最中にやってきたのだろう。入口から私達の背中は視えるけど声をかけなかったのは、空気を読んでくれたに違いない。『間の抜けた先生だ』という印象が強かったが、飄々とした態度とは裏腹に、締める時はしっかり締める先生なので生徒からの信頼も厚い。だが、三木原先生の売りはそこではなく、彼の授業が純粋に面白いというのが大きな要因だろう。それこそ教師の本分であると言えるので、去年大学を卒業した新米教師がそこまで生徒を惹き付けるとは、裏で相当な苦労をしてきたに違いない。

 中央にある机にお茶やジュース、スナック菓子が広げられて、わざわざ紙コップまで用意してくれているのだから、三木原先生の好意には感謝しかない。特に〈しょっぱい系のスナック菓子〉を中心に買ってきたのは、私達がチョコ作りで甘い匂いにうんざりしているのを鑑みての選択だ。気配り上手な所は女性からも好印象だし、学生時代はなかなかモテたのではないか? と思うけれど、現在、彼女はいないらしい。

「恋人は作らないんですか?」

 ミユキさんが訊ねると、三木原先生は痛い所を衝かれたと言わんばかりに頭を掻きながら苦笑い。

「職業柄、出会いというのは無いものですよ」

 そんな会話を大学生メンバーと語り合っている。

「やっぱり生徒との禁断の愛しか無いんじゃない? 三木原先生はそういうのに興味は?」

 下衆い質問をしているのは、もう誰と言わずとも明らかだろう。俗な話に流れてしまって、三木原先生も困り顔をしながら何とか受け流しているけれど、佐竹琴美に捕まったら最後、根掘り葉掘り訊かれて骨までしゃぶられる。

「教師は言わば〝サービス業〟ですから、〝顧客〟の信頼を失うような行為は避けたいですねぇ。恋愛に年齢は関係無いとは思いますが、そういう関係になるのは二〇歳になってからですよ。お酒も煙草もね」

 未成年には興味が無い、という風にも訊こえるけれど、三木原先生が言いたいことは『未成年との関係に責任が取れない』とも取れる。最近では教師の不祥事がニュースで取り上げられることも珍しくない昨今、程よい距離で生徒と向き合うのを意識しているんだろう……何だかベテラン教師のような風格すら感じる。

「琴美、あまり先生を困らせたら駄目よ? 揶揄う相手はちゃんと見極めないと」

 弓野さんと目線が合っしまった。

 弓野さんは悪い人ではないけれど、琴美さんよりも遥かに苦手だ。どこまで冗談で、どこまで本気なのかわからない。それは琴美さんにも言えるが、琴美さんの場合は何となく、その場の雰囲気や仕草で『私を揶揄ってるんだな』と察する事ができるけど、弓野さんの場合は今日が初絡みで、彼女がどういう人間なのかもまだ見定められていない。ただ一つ言えるのは、『深く関わるのはやめておこう』ということ。

 琴美さんはどうして弓野さんと恋人同士になったんだろう? 確かに趣味は似ていて話も合うだろうけど、さばさばとした性格の琴美さんと、ねっとり絡みつくような性格の弓野さんでは相性がいいとは言えない。それでも琴美さんは弓野さんを受け入れているのは、琴美さんの言い方を借りると、『夜の運動の相性がいい』ということだろうか? ……それだけの理由で弓野さんを選んだと言うのはさすがに言い過ぎな気もするけれど、あの琴美さんだもんなぁ。案外、私の考察も当たっていたり。

 私が様子を窺っているのを察したのか、三木原先生は「ちょっと失礼」とその場を離れて、輪から距離を置いている私の元へやってきた。

「学園祭でも驚きましたが、……ここは〝初めまして〟を通すべきですかねぇ」

「先生、私が誰だかわかるんですか?」

「教え子の性格や生活態度を把握するのも教師の務め、がもしこの場にいるとすれば、きっと談笑の輪から離れて傍観している。それを考慮すれば自ずと答えは出てくるものです。それに、月ノ宮さんや天野さんもいますし、この場にがいないのは少々不自然にも感じます。──学園祭の日に、あの姿を視たから言える事ではあるんですけどね」

 そこまで言われてしまうと否定もできない。

「先生の推理通りです──でも、私が私である事は一部の友人達しか知りませんので、ここでの詮索は控えて頂けると助かります」

「わかってますよ。〝津田〟さん」

 ではでは、よいバレンタインを──とだけ言い残して、三木原先生は私の元から離れて演壇に立った。そして、いつも通りのホームルームを開催するかのように咳払いをして、「縁も闌ではありますが」と開口した。

「チョコレートはもう少しで固まるでしょうし、あまり遅くならないように帰宅して下さいね。嫌ですよ? 明日、皆さんの親御さんからのクレームの嵐なんて。──チョコの嵐なら大歓迎ですが」

 三木原先生なりのブラックジョークが炸裂し、くすくす笑いが沸き起こる。

「それは兎も角として、外はすっかり暗くなりました。帰りの際は充分に気をつけて明日に備えて下さいね。私も明日に備えないといけませんので、後は月ノ宮さんと天野さんにお任せしますよー」

 三木原先生の簡単な挨拶が終わり拍手が鳴り止むと、三木原先生はそのまま調理室から出ていった。

「いい先生じゃない」

 いつの間にか隣にきた琴美さんは、お煎餅をばりばり頬張りながら呟いた。

「アレはきっと学生時代に大層モテたわねぇ」

 そうなのだろうか? あまりそういう風には視えないけれど……。

「教師ガチャは当たりみたいで、愚弟を預ける身としては安心ね」

 然し今、その愚弟が大変な事になっているのだが、琴美さんは知っているんだろうか? ……いや、それを佐竹君が話すとは到底思えない。恋の相談ならまだしも、揉め事の相談を琴美さんにするということは、そのネタで当分揶揄われる事にもなりかねないし、何より甚大なリスクを背負うことになる。

「……で、どうしてこんな面倒な事をしているの?」

 ──やっぱり、こう来るよねぇ。

「興味本位で首を突っ込んだけど、優梨ちゃん達が主催でをするのは、何かしら意味があるんでしょ? ──例えば〝断罪〟とか」

 にんまりと嫌らしい笑みを浮かべる。

「ただのチョコレート作りですよ。それに、こういうのが好きなのが佐竹家にいるじゃないですか」

 ああ、なるほど──と暫く黙り込んでから、「またあの愚弟がやらかしたのね」と嘲笑いながら愉快がる。

「なかなか面白い茶番だったわ。……明日、この茶番がどうなるのか楽しみね」

 ──茶番、確かにそうなのかも知れない。

 チョコパーティーはあくまでも餌であり、口実である。

 既成事実と言っても過言じゃない。

 琴美さんが私の言葉を訊いてどこまで察したのかはわからないけど、だけは人並み以上に持ち合わせている琴美さんだ。『一を知って一〇を知る』とまでは言わずもがな、豊富にある下劣な知識と経験則から、ある程度の予測を立てたと推察する。

「本当にうちの愚弟は詰めが甘いんだから──それはアナタ達もだけれど。不器用で、滑稽で、浅ましい。これを〝青春〟とでも呼ぶのかしらねぇ」

「……琴美さんはどうだったんですか」

 そこまで言い切るのなら、琴美さんの青春時代はさぞ華やかで麗らかな風に包まれ、きらきらとした輝きを放っていたはずだ。

「優梨ちゃん。それを訊いてアナタはどうしたいの? 私の青春時代が素晴らしいものだ訊いて、それでアナタの世界は輝くのかしら?」

「そ、それは……」

「ふふっ、アナタ達は本当に可愛いくて愛おしいわ。──だから私はいつも優梨ちゃんに投げかけるのよ、〝アナタが視るべき景色はどんな色なのか〟を、ね。……紗子は優梨ちゃんの事が大層気に入ったみたいだから仲よくしてあげて」

 何も反論出来なかった──いや、反論するのも烏滸がましい。

 佐竹琴美は最初から把握していたのだ。

 事情を抱えている当本人と毎日顔を合わせているのだから当然と言えば当然で、私がこれから何をするかの予測を立てて、その結末までも理解したのだろう。だからこそこんな台詞を吐き捨てていったに違いない。

 ──私がこれからしようとしている事は間違いなのかな。

 ……ううん。違う、間違いだらけなんだ。

 だから琴美さんは『不器用で、滑稽で、浅ましい』という言葉を使って嘲笑ったんだろう。きっと彼女は悪であり、酷くヒーローなのだ。他者を欺くことに長けた詐欺師でもあり、群衆を魅了するダンサーでもある。おまけにマリーアントワネットでもあるから質が悪い。

 結局私は琴美さんが何を言いたかったのかの半分も理解できないまま、片付けに身を投じる事になった。

 片付けは私達が引き受けて、他の女子達はある程度片付けが済んだら解散。全ての片付けが済む頃には、市民会館の職員も勤務時間の終わりが迫り、私達の様子を視に来て、包丁だけを受け取り、「そろそろ時間なのでよろしくお願いします」という言葉の裏に『早く帰れ』と釘を差していった。




「では、帰りましょうか」

 帰りは高津さんが運転する車に私達学生が、弓野さんが運転する車に大学生メンバーが乗る事になった。

「優梨ちゃん」

 私が高津さんの車に乗り込もうとした時、弓野さんに呼び止められた。片手には携帯端末が握り締められていることから、ソシャゲで言う所のフレンド申請をしたいのだろう。

 弓野さんと相互フォローかぁ……と思いながらも無下にはできず、私のメッセージアプリには『弓野紗子』と、なぜか『村田美由紀』という名前が追加された。本人から了承は得てるのだろうか? 勝手に登録させられた気がする。

「ありがとう優梨ちゃん。これからもよろしくね」

「はぁ……」

 厄介なフレンズが増えてしまったと言わざるを得ないが、そもそも弓野さんをフレンズと言っていいのだろうか? ──ブロックしちゃ駄目かなぁ? いや、そんな事したら琴美さんに何を言われるか……詰んだ。

 大学生組はこれから居酒屋に向かうらしい。私達が駅へと向かう途中の信号を左折して、これから馴染みの居酒屋に洒落込むのだろう。弓野さんは運転手だから飲まないのか、それとも代行タクシーを使うのか。多分、代行タクシーだろうなぁ。そしてミユキさんが帰り、二人は夜のアバンチュール、そして恋のダウンロード、ふたりパレード、君がいればレッドカーペット──あると思います。仲間になった由紀恵さんの黒歴史を暴露していくゥ! 私のテンションが低過ぎて、逆にテンション上がってきた。嘘。本音を言えばもう帰宅して眠りたい。withダウンローズ。

 それにしてもどうしてこんな曲を、父さんはことある事に宴会で披露するのだろうか。『案外ウケがよくてね』と豪語していたけれど、それはウケているのではなくて笑われているような気がする。そして車の中で流すのだけは止めて欲しい。

「お二人共、お疲れですね」

 レンちゃんの溜め息を訊いて、楓ちゃんが繕うように笑いながら開口した。だから私が頭の中で、仲間さんの黒歴史そのニ、『負けない愛がきっとある』を熱唱していたからではない──父さん、仲間由紀恵が好きなのかなぁ。『ロックマンの主題歌なんだぞ!』と自慢げに話していたけど、それは仲間さんの功績であって、父さんの功績ではないんだよなぁ。私の音楽趣味は須く父さんの影響が多大にあり、たまに訊く『馬鹿野郎!』な青春パンクもその一つ。私がそういう音楽を聴くなんて意外だと思われるけど、そんな心配は不要。だって、音楽の趣味をする相手はこの世界に存在しないのだから。

「まもなくダンデライオンに到着します」

 高津さんの渋い声。

 そうこうしているうちに車はダンデライオン近くに停車した。これからまた着替えて化粧を落とさなければならないと思うと億劫だが、このまま帰るのも窮屈だ。なるべくなら気心置ける格好で、電車の中で爆睡しながら帰宅したい。

 ダンデライオンの前では照史さんが私達の帰還を待っていた。

「おかえり。高津さんもお疲れ様でした」

 高津さんは「いえいえ」と首を振る。

「珈琲でも飲んでいくかい? ……と言いたい所ではあるけど、さすがに時間も時間だからね。明日の放課後にでもおいで」

「はい。ありがとうございます」

 それにはレンちゃんが答えて、私達は頭を下げた。

「優志君……いや、優梨ちゃんは先ず着替えなきゃいけないから時間がかかるね。楓はもう帰りなさい」

 そのつもりではあったけれど、楓ちゃんは頷いて、そのまま「御機嫌よう」と車へ引き返して行った。さすがは敬愛するお兄様の言葉だ。あの楓ちゃんが反論せずに従うなんて、それだけ兄である照史さんに信頼を置いているんだろうな。そういう相手がいるのはちょっと羨ましい。

「恋莉ちゃんは店の中で待っててね。着替え終わったら二人で駅まで帰るんだよ」

 ダンデライオンから駅まではそう遠くないし、物騒な事件も無いこの町でトラブルに巻き込まれる事もないだろうけれど、女の子を一人で歩かせるのは憚るような時間帯になっているので、照史さんはこういう処置を取ったのだろう。

「じゃあ、急いで着替えてきます」

 私が一足先にダンデライオンに入ると、後から二人も店内へと入り、何やら談笑しているようだったけど、今はそれよりも早く着替えなければという使命感のようなものに駆られて、耳をそばだてることもせずに着替えに集中した。










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 by 瀬野 或

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