【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百八十七時限目 僕らのバレンは最高にタインっている ⑫
月ノ宮さんの司会っぷりは見事なもので、会議は粛々と進んでいく。
バレンタイン当日の配役も順調に決まり、月ノ宮さんが〈リーダー〉、天野さんが〈副リーダー〉、関根さんが〈広報〉、佐竹と僕は〈補佐〉という配分に決定した。
この場にいない流星は〈警備主任〉だが、どうして流星だけが『主任』というポストに割り当てられているのか……それはおそらく『言葉の響き』以上の意味は無いだろう。『責務を全うさせたい』という理由もありそうだけど。
「補佐って何をすりゃいいんだ?」
佐竹は空になったコップをゆっくりテーブルに置いてから、自分に割り当てられた役割がどういうものか訊ねた。
まだ補佐の内容については話されていないので、僕も気になる所ではある。
「私達の手伝いという認識で構いません。その為に二人を補佐に任命したので、作業が上手く運ぶようにお願いします」
とどのつまり、体よく言えば〈雑用〉、悪く言えば〈使いっ走り〉で間違いなさそうだ。不遇な扱いを受けている佐竹にとって、裏方の役目は丁度いい。表に立てば要らぬ矢を射たれかねない。
「撫子ちゃん。広報ってことはバレンタインの宣伝をすればいいんだよね? ポスターとか作る感じでいいかな? ……だとすると一人じゃ厳しいから、ゆーくんを借りてもいい?」
──え、僕?
「ええ。その為の〝補佐〟ですから」
こうなったら致し方無い。当面の間、僕は関根さんの手伝いになるだろう。
ポスター作成か。
佐竹よりはマシ、程度の判断で、関根さんは僕を指名したはずだが、残念な事にイラストは〈しょうこお姉さんレベル〉。色を塗るくらいなら手伝えるかな? ……え、色を塗るような作業までってなると、そこまで本格的なポスターを作る気だろうか? さすがに時間が足りないだろう──不安しかない。然し、広報担当者はやる気満々、勇気一〇〇倍の菓子パンヒーローが如く、「やってやるぞー!」と息巻いている。
そのやる気はどこから湧いてくるのか。
そして、関根さんの画力は如何に? ……やはり、不安しかないぞ。
配役は大方決定したが、肝心の〈流れ〉がまだ決まっていない。
バレンタインを二日に分けて行うのであれば、それなりに準備が必要になってくる。参加者を募るのは関根さんに任せるとして、材料はどうするのか、チョコレート作成における講師的な役は誰が担うのか。クラスを巻き込むのであれば、クラス担任の三木原先生に話をして通しておく必要もあるだろう──懸念材料となっているのは、どれだけの人数が集まるかだ。
チョコレート作成は市民会館の調理室で行うのだが、備え付けの調理道具だけでは足りないだろうし、道具は各自持ち込みとなる事が想定される。無論、それは材料となる板チョコもそうなのだが、それらを保管する場所はどうする? 一度帰宅してからでは集合に時間を取られてしまい、事が上手く運ばない。それに、一概に〈チョコレート〉と言っても、種類は様々だ。生チョコ、ガトーショコラ、トリュフ、名前を挙げれば限りが無いし、その全てに対応するのは不可能だ。
決めなければならない事は山のようにあるけれど──
「そろそろ帰宅した方がいいんじゃないかな?」
照史さんが声をかけてかけてきた。
もうそんな時間かと時計を確認すれば、時刻は夕飯時に差し掛かっている。
「では、今日は解散にしましょう。──関根さん、ポスターを作成するのもいいのですが、簡単な物で構いません。文字だけの告知でいいので、今日中に作成して、明日から張り出して告知できるように手配して下さい」
「なんですと!? 可愛いイラストを添えたかった人生だったよ!?」
そんな人生なら今すぐにでも幕を閉じゲフンゲフン。
「時間が無いという事を忘れないで下さいね。──それと、恋莉さんはチョコレート作成日に必要な物、気になる事を夜にメッセージで送って下さい」
「わかった。考えてみるわ」
月ノ宮さんがてきぱきと指示を出していく中、まだ指示を出されていない男が遠慮ガチに、恐る恐る挙手した。
「俺はどうすりゃいい?」
佐竹にできる事が多くない、それは佐竹自身が一番把握している。だが、自分だけ何もしないというのも居心地が悪かったんだろう。皆が必死に何かを成し遂げようとしているのを、固唾を呑んで見守るのは佐竹の性分ではない。先頭に立ち、皆を引き込んで、四苦八苦しながら目的達成を目指すのが佐竹の本分。それができないから歯痒いんだろうな、悔しそうに歯を食いしばっている。
「では、無茶を承知で……。琴美さんに、一日、又は二日で描き上げられる〝バレンタインに合うイラスト〟を作成出来ないか相談をお願いします。可能であるなら有償でご依頼したいです」
佐竹は無言で頷いて、それ以上は何も言うまいとして、水の入ったコップを一気に呷った。
月ノ宮さんも琴美さんの手を借りようとは思っていなかったはずだが、佐竹に『必要無い』とは言えず、苦肉の策として琴美さんの名前を出したに違いない。
リーダーとしての責務を全うしようとする月ノ宮さんも、できる事が限られているのを理解している佐竹も辛い状況だ──黙して相槌を打った佐竹と、苦肉の策を拵えた月ノ宮さんが不憫でならない。
一方で、イラストを書く気満々であった広報担当者が、「私のイラストは!?」と苦言を呈す。
「関根さん。つかぬ事をお伺いしますが、美術の成績は如何程ですか?」
「さぁん!」
微妙に反応に困る数字じゃないですか……。
「琴美さんよりも上手く描ける自信はありますか? 然も、あまり期限の無いこの状況で」
「……佐竹っち、頼んだぞ!」
ご英断痛み入るよ、関根さん──いつか、うまい棒を奢ってあげよう。
これで全員に指示が行き届いた。
……うん? 僕は何をしたらいいんだ?
「月ノ宮さん、僕は?」
その質問に対して、月ノ宮さんは不敵な笑みを浮かべてこう答えた──
「優志さんは優志さんにしか出来ない事をして下さい」
* * *
今晩の夕飯は、帰宅途中にスーパーで購入した、二割引きシールが貼られているハンバーグ弁当。最後に残ったご飯を緑茶で流し込んでご馳走様でした。軽く容器を濯いでからゴミ箱へ捨て、リビングにある42型テレビの電源を入れる。1から12のチャンネルを回したが、特に気になった番組が無く、無表情のまま電源を切った。
「僕にしかできないことって……何だ?」
話題の芸人が出演しているバラエティ番組も、大食いタレントが美味しそうな飲食店を食べ歩く番組も、本日限定で復活したクイズ番組にも興味が向かなかったのは、月ノ宮さんが含蓄のある笑みを湛えながら僕に下した指示が原因だろう事は言うまでもない。まるで僕を挑発するような、試しているような、そんな表情。
だがそれは、僕に、言葉では伝えられない何かを期待しているようでもあった。
不肖、鶴賀優志──お嬢様のご期待に添えるよう、人力を尽くしましょうか。
心構えだけは立派だが、いっかな何をすればいいいのやら……。
もしかしたら今日の会議の中に、その答えが紛れ込んでいるかもしれない。
僕は考えた。まるでロダンの彫刻かのように。
あの彫刻の男は地獄を視ている──なんて、都市伝説めいた話ではあるが、思考の中で最悪を想定するのなら、強ち間違いだと言い切る事もできないだろう。もっとも、彼が何を危惧しているのか、その答えを僕は知らないので皆目見当もつかないのだが、『考えることを考えているんだよ』なんて言い出しそうな蜂蜜大好きクマさんの台詞が脳内を過ぎり、ふむふむこれは哲学だと知ったか振り。
定例通り脱線した思考を強引に、強制的に現実と向き合わせる。
ダンデライオンでの月ノ宮さんは、司会進行をスムーズにこなしていた。違和感なく、当然であるかのように、これこそが司会だと言わんばかりに。
当時を振り返ってみても月ノ宮さんが取り乱したのは、佐竹の事情に憤りを露にしたくらいで、それからは平常通りの運行。
置き石も、人身事故もそこには無かった。
強いて言えば『時間が無い』と頻りに説明していたくらいで、焦りこそあるけど、それは僕ら共通認識だ。
──僕だけにできる事って、特に無いのでは?
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まだまだ未熟な筆者ですが、これからも応援をよろしくお願いします。
by 瀬野 或
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