【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

■【一〇章⠀ the most effective drug,】■


 勉強卓の端に置いていたホットコーヒーはすっかり冷めて、口が寂しい時に食べようと小皿に移して持ってきたブロックチョコレートだけが瞬く間に減っていく。本を読んでいると、どうしても甘い物を摂取したくなるので、珈琲とチョコレートを口に含む割合は、チョコレートの方が多くなる。気持ち多めに持ってきたチョコレートは残り一つとなり、これでは珈琲が好きというよりもチョコレート好きを語った方がいいのかもしれない。

 あと数時間で今年が終わる。

 〈紅白〉を観るか、それとも毎年趣味趣向を凝らしている〈笑ってはいけない〉を観るかで悩む人も多いだろう。でも僕は両方共に興味が無いので、自室で読書を決め込んでいる。時折、リビングから訊こえる両親の笑い声を鑑みると、〈笑ってはいけない〉を選んだらしい。今年の紅白には人気の男性アーティストが登場すると話題になっていたけど、父さんも母さんも興味無いようだ。

 椅子にずっと座っていると、肩やら腰やらが強張ってくるので、偶に凝りを解すように両肩をぐるぐると回したり、肩甲骨を広げるストレッチを試みているものの、凝り固まった筋肉をちゃんと解すにはラジオ体操くらいしなければ無理だろう。誰が年末にラジオ体操をするのか──と思いながらも、頭の中では軽快なピアノの伴奏が流れ出した。誰しもが聴いた事があり、誰もがあのピアノ伴奏を覚えているってことは、即ち、日本で一番聴かれているのはラジオ体操の伴奏では? 老若男女問わず、イントロだけを聴いて何の曲か当てられるのって、実はもの凄い事なんじゃないだろうか? そんなくだらない事を考えていたせいで、小説のページは一向に進まない。同じ行を何度も繰り返しているので、読むのを諦めて本を閉じた。

 空気の入れ替えをしようと、締め切った窓を開いたら、とびっきり冷たい冬の夜の空気が部屋の中へと入ってくる。空には薄っすらと雲が掛かり、月も星も見当たらない。この調子だと、初日の出は拝めそうもないが……まあ、毎年恒例である〈富士のご来光〉をテレビで観ればいい。それに、新年を迎えても僕はまだ高校一年生だし、一年が過ぎたと実感するには、もう少し時間が必要だろう。卒業式を経て、入学式を終える頃に、僕はようやく『新しい年が始まった』と実感するタイプだ。とどのつまり、僕の年の節目は三月三十一日であり、十二月三十日ではない。僕ら学生の二割くらい共感を得そうな愚考を披露する相手も無し、そろそろ室内の空気も入れ替わった頃だろうと、ゆっくり窓を閉めた。

 僕の住む町に神社やお寺は無いので、遠くで鳴り響いている除夜の鐘は、隣町にある神社から聴こえてくる。

「さて、新年の挨拶でもしてくるか」

 そうぼやいて椅子から立ち上がり、僕は部屋を出た。



 

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