【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百五十五時限目 宴はいつしも名残惜しまれながら終わる


 きっと私達は、彼が沈黙を破ってくれるのを、心のどこかで待っていたのかもしれない。いつだって彼は、どんな沈黙が訪れようとも、声を搾り出すように、途切れた糸を必死で繫ぎ止めるように、それが無謀な挑戦だとしても果敢に挑む──でも、その発言が頃合いのいい文句になった試しが無く、それが佐竹義信という男のさがだとしたら、不憫に思えて堪らない。

「まあその、……あれだ! 今日はクリスマスパーティーだし、な?」

 試行錯誤の結果、これである。

 おそらく、佐竹君は、『今日はクリスマスだから、細かい事は置いておこう』と言いたかったんだと私は推察したけど、この解に辿り着けるのは、佐竹君と何度も会話を重ねた私くらいで、天野さんも、関根さんもわからないだろう。ほぼ初対面の春原さんなんて首を傾げて、「は?」と、つい声を洩らしてしまい、それを隠そうと、咄嗟に口元を両手で塞いだ。

「佐竹、あんたそれ、フォローしてるつもりなの……?」

 ──多分、そうなんだと思う。

「さすがは佐竹っち。残念なほどに語彙力が無いですな!」

「うるせぇ! この際だから言うけどな? 俺の語彙力の無さにお前らがついて来いよ、マジで!」

 そして、いつの間にか沈黙は跡形も無く破り去られて、騒ぎになっている私達の元へ来た流星が、「それはさすがに無理があるだろ」と辛辣なツッコミが入り、この話題は上手く流された──が、どうして私がこの格好をしているかについては、不問にされないらしい。

「てか、鶴賀先輩はどうしてそんな可愛らしい格好をしてるんですか? わざわざメイクまでして……先輩って、もっとクールなイメージだったんですけど」

「え、えっと……」

 ごにょごにょと、しどろもどろにたじたじに、何と説明すればいいか言い訳を考えていると、

「ああ。あそこで寝てるのがいるだろ……あれの仕業だ」

 流星が迷惑そうに、顎で琴美さんを指した。

「あの人は確か、佐竹先輩の……」

「俺の姉貴だよ。いつも思いつきで俺らを揶揄からかうんだ」

「なんだか訳ありっぽいですね……」

 納得したわけではないが、そこに名状し難い理由があると察した奏翔君は、それ以上言及する事はなかった。ただ、隣にいる関根さんと春原さんには、後で説明しなければ納得しないだろう。この二人はレンちゃんと仲がいいし、心配しているだろうから。




 * * *




 その後、月ノ宮さんが司会進行を務めるビンゴが始まり、見事一等を引き当てた奏翔君は〈ポータブルDVDプレイヤー〉を手に入れて、二等を引き当てた佐竹は〈電子辞書〉を貰ったが「なんだか、俺の為に用意されたみたいだな」と、複雑な心境を吐露していた。

「よかったな、義信。これでお前の語彙力が少しはマシになるだろう」

 流星は佐竹君を嘲笑しているけど、その流星は三等の〈世界のリーダーの言葉〉という分厚い本だったので、「お前こそそれを読んで、少しは更正すればいいな」と、皮肉られてしまっていた。

「いやー、ぶっちゃけ、じゃなくてよかったわぁ……」

 そう言いながら春原さんは、手元にもふもふの白いマフラーを抱えながら、佐竹君と流星を可哀想に見つめる。

「私とはアタリですな♪」

 この二人は気が合うらしく、出会って直ぐに打ち解けていた。まあ、お互いにあだ名のセンスが似ているので、こういう結果になるのは火を見るよりも明らかだったけど。

「このビンゴに、楓はいくら使ったのかしら……」

 レンちゃんは〈安眠枕〉を抱えながら、楓ちゃんの大盤振舞おおばんぶるまいに気が引けているみたいだ。かくいう私もそれを考えていた──因みに私は最下位の〈バナナ〉で、オチとしては文句無し。だけど、このオチを考えたのは高津さんだろう。高津さんからのクリスマスプレゼントがバナナ……何か、因果的な物を感じてならない。あの時の事をまだ根に持っているんだろうか? 気のせいよね?

「──さて」

 照史さんがタイミングを見計らって、一度、パンっと手を叩いた。

えんたけなわだけど、そろそろ時間も遅いし、お開きにしようか。これ以上は親御さんも心配するだろうし、保護者として、これ以上長引かせるわけにもいかないからね」

「そうですね。では、これにてクリスマスパーティーはお開きとします。皆様、ご参加有り難う御座いました。そして、よいお年をお迎えください」

 こうして、波乱が続いたクリスマスパーティーは終わりを告げた。

 始まりがあれば終わりがあり、正しく終わりを迎えなければ、新しい始まりは訪れない。私はまだ正しい終わりを迎えられていないから、このクリスマスパーティーのように、彼女との一件もちゃんと終わらせようと思う。

 それが本来の、私の目的でもあったから──。




 帰り仕度が済んだ僕達は、月ノ宮さんをダンデライオンに残して、駅へと向かう道を歩いていた。未だに宴の余韻が残っていて、終わってしまった楽しい時間を誰しもが寂しく思いながら、黙々と進んでいる。そして、誰ともなく、駅の前で円を作るように立ち並んだ。

「何かさ、久しぶりに心の底から馬鹿騒ぎした気がするよ。部外者の私を受け入れてくれてありがとね」

 はにかみながら笑う春原さんは、耳を赤く染めながら感傷的に呟いた。

「私さ、新しい学校で浮かないように必死で……実はこういう格好も、好きじゃないんだよね」

 金髪の長い髪の毛も、ラメ入りのキラキラしたマニキュアも、無理して開けたであろうピアスの穴に通る大きな輪っかのピアスも、春原さんの努力の賜物だ。それを笑う者は、ここにはいない。普遍ふへん的に、孤立する事は悪であると、僕ら学生は嫌になる程に体験して学んだが、自ら進んで孤立するのと、他人から孤立を強いられるのでは、その意味が違ってくる。

 ──僕は前者だった。

 才能溢れる彼らの邪魔をしないように、ひっそりと学校生活を送る事に念頭を置いて、自ら他人と距離を取ったけど、春原さんは孤独が怖かったんだろう。だから、自分から進んで他人と趣味を合わせたに違いない。

「でもさ、……恋莉と奏翔君は変わらず接してくれたし、ルガシーも、ネズーも、楓ちゃんも、アマっちも、佐竹も、この見た目を気にしないでくれて嬉しかったよ」

「……」

 ──よく耐えた、偉いぞアマっち。

「そんな事は気にしねぇけど、……俺だけ呼びかよ ︎」

「そのツッコミ待ってた。ありがと、佐竹っち」

「そう言われると照れるな……」

 佐竹の頬が林檎のように赤く染まっていくのを視ながら微笑む春原さんの瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。これまで弱音を吐かずに、ずっと胸に留めていたのだろう。その弱音を吐き出せる相手は、今まで、春原さんの傍にいなかったのだから、ようやっと溜飲が下がり、安堵できた……のかも知れないな。

「もう……、辛かったなら、もっと早く言いなさいよ、ばか」

「そうだよね、ごめん」

「これからはこの名探偵もついているのだから、何か問題があれば連絡してくれていいぞい! ズバっと解決してみせよう! 真実は何となくいつも一つなのだよ!」

 関根さんは両手を腰に当てて、踏ん反り返りながら、得意げに大言壮語を吐き散らす。

「なあ、優志。あのは、何を言ってるんだ」

「流星、触れてあげない事も優しさだよ」

「ちょっとそこの男子達諸君! 内緒話は訊こえない場所でしてくれるかな?」

「なんで俺まで含まれてんだ ︎」

「何となく、ノリで!」

 関根さんがこうしておちゃらけるのにも、理由があるのかもしれないと勘繰りをいれれば、そこに何かしらの意味を見出す事もできるだろうけど、僕は敢えて、その真意は探らずにいようと決めた。この場に一人くらい、そんなあっけらかんな人物がいてもいいだろう。

「はい。じゃあ次、恋莉!」

「え、私もやるの ︎」

 その瞬間、隣にいる流星が気まずそうに眉を潜めた……こういうの苦手そうだもんなぁ、人の事を言えた義理じゃないけど。

「え、えっとその……みんな、色々と気を回してくれてありがとう。──もう無理! 佐竹!」

「俺かよ ︎ と、とりま、おつかれぇーい!」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「おい! ここは割とガチで〝ウェーイ〟って流れだろ ︎ 普通に考えて!」

 総スカンを喰らった佐竹は、ぶうぶうと文句を垂れながら「次は泉だぞ!」と、恨み節を含めながら指名する。

「私 ︎ う、ウェイ!」

「今じゃねぇよ ︎」

 一頻り笑った後で、順番が流星に回った。

「一つ言っておくが、オレを〝アマっち〟と呼ぶな。……あと、まあ、楽しかった」

 もしかして、その決まり文句を言いたくてうずうずしていたのかな? けれど、『殺すぞ』は控えたらしい。聖なる夜にそんな物騒な言葉は似合わないと思ったのだろうか? 懸命な判断に全米が泣いた。

「じゃあ、締めはルガシーだね」

 奏翔君はスルーなのか……。

 こうやって今日の感想を言い合うと、余計に終わりを実感して、虚しさが込み上げてくる。

 明日になれば、いつ通り。

 きっと冬休みの課題の続きをしながら、合間を見て本を読んだり、ゲームしたりして過ごすんだろう。

 よくも悪くも、それが僕の日常だから、僕は自分の日常に帰らないといけない。

 だから、終わらせよう──。


 

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