【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百十七時限目 突然の訪問者
朝食のサラダ、目玉焼き、トーストを食べ終えてから皿を片付けて、優雅と言うには程遠い珈琲タイムを満喫中。流す程度に点けたテレビでは、現在大人気の男性アーティストが、ボソボソとインタビューに応えている。その様子を不味いインスタントコーヒーを飲みながら観ていたけど、その時、テーブルの隅に置いていた携帯端末がブルブルと震えた。こんな朝っぱらから起きている物好きは誰だろうかと画面を覗き込むと、やっぱり、静寂や安寧を打ち砕くのはいつだって佐竹義信なのだ。
『寝てたらすまん』
矢継ぎ早に、
『起きてるか?』
という定型文的な二連コンボを臆面も無く送ってきた。
すまん、と申し訳なく思うくらいなら、もう少し時間を置いてから送ってくればいいのに。──なんて、朝っぱらから辛辣に返すのはさすがに可哀想かな。だから僕は「寝てるよ」と返信した。
『起きてるじゃねぇか!?』
何この面倒臭いテンション、朝から相手するのが億劫になるんだけど。電源切っていいかなぁ? ──僕は端的に「要件は?」だけ返信すると、二分ぐらい間を置いて、佐竹が返信してきた。
『あのさ』
この三文字を読むと、佐竹の『ヤバい事態になった』みたいな表情が浮かぶ。まあ、こんな時間にメッセージを寄越すくらいだから、愉快な噺ではないだろうとは予想してたけど……。
『当面の間、優志の家に匿ってくんねぇかな?』
匿うとは、これまた穏やかな話じゃななさそうだ。しかし、急にそんな事を言われても、うちは民宿でもなければビジネスホテルでもないわけで、両親とはあまり顔を合わせないけど、了承を得なければ何とも言い難いのだが──
『つか……今、鶴賀家の前にいんだけど』
「……は?」
──思わず声が出た。
それはまるで怖い話の一文のようで、怪談の〈メリーさん〉が頭に瞬時に浮かぶくらい衝撃だった。『俺、佐竹。今、お前の家の前にいるわ』なんて送られて来たら通報案件待った無し。──つまり今がその時か! ……なんて冗談はさて置き、本当に家の前にいるのかリビングの窓のカーテンの隙間から視てみると、首元に灰色のマフラーを巻いている黒いパーカーを着た男が携帯端末を片手に震えていた。この時間にあの姿で家の前にいられたら本当に通報され兼ねないな。それはそれで迷惑なので、致し方無く玄関へ向かい扉を開いた。
「よう」
屈託の無い笑顔を向ける佐竹。
「よう、じゃないでしょ……」
屈託した顔つきで出迎える僕。
「それ、何日分の着替えが入ってるの」
佐竹の横に、国内旅行用の小さめな黒いトランクケースが、取手を伸ばして置いてある。バス停から僕の住む家まで、一生懸命にガラガラと引いてきたんだろう。
「取り敢えず、三日分くらいだな」
「へえ。それじゃ」
「おいマジか!?」
どうもお疲れ様でしたー、と玄関の扉を閉めようとしたら、間髪入れずにツッコミが飛んでくる。……やっぱり入れなきゃ駄目か。テレビさえ点けていなければ異変にいち早く気づけたのだろうけど、まさかこんなイレギュラーな事態になるとは想像もしていなかった。
「それはこっちの台詞だよ。……まあいいや、入れば?」
「さすが、類は友を呼ぶ、だな!」
「……やっぱ帰っていいよ」
「なんでだよ!?」
多分、恐らく、概ねして『心の友』的な意味を含む言葉を述べたかったのだろうけど、類は友を呼ぶって、僕と佐竹は全く類してない事に、先ず気づけよ下さい。
「ああもう、早く入りなよ。寒いし、ウザいし。あと、面倒臭いし」
「お、おう。……って、朝から当たり強過ぎないか!?」
正規の手順をすっ飛ばしてるんだから、家にあげて貰えるだけ有り難いと思って欲しいねぇ……。
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