【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百九時限目 佐竹と雨地 ②


 校門の華々しい装飾は跡形も無く撤去されて、すっかり見慣れた風景に戻っていた。

 これらを片付けたのは生徒会役員と、梅高祭実行委員の面々だろう。登校してから一時間半程度しか経過していないはずだが、花のアーチも無ければ『第二十七回 梅高祭』の看板も撤去されている。

 これらはきっと、焼却炉で燃やされるんだろう。たった二日間だけの刹那的な役目に対して、どうしてか哀感を帯びた息が洩れた。

 昇降口で靴を履き替えながらその光景を視て、改めて梅高祭が終わったんだと実感する。

 俺が梅高で学園祭を体感出来るのもあと二回かと思ったら、昨日、一昨日の出来事が、まるで一年、二年も昔の記憶のように感じた。

 高校入学時に買ったローファーも、今ではすっかり足に馴染んで、表面には傷が幾つも出来ている。

 いつの間にこんな増えた?

 心の中で誰に問うでもない疑問を呟けば、その答えを振り返った校内を視て探す。

 何だかまるで卒業するみたいだな。

 感傷的になり過ぎだ。

 ローファーのつま先を地面に軽く叩いて履き心地を整える。これはもう履き慣れたというよりも、履き潰したという表現の方がしっくりくるかもしれない。

 足に馴染んだローファーは、俺が地面を蹴る毎にカポッと踵が抜けそうになる。だが、そんな事を気にしている場合じゃなかった。

 ビオトープのある中庭を抜けて、グラウンドを見渡す。

 グラウンドへと下りるアスファルトの階段は、所々欠けていて、ヒビ割れから雑草が生えている様は、これまで雨ざらしにされてきた年季を感じる。

 アマっちはグラウンドの方へと歩いていったが、見渡す限りその姿は無い。まあ、グラウンドには下りていないんだろう。もしここでグラウンドに下りれば、キャンプファイヤーのあと片付けに参加させられる可能性があるからな。作業しているのは男子教員数人と実行委員。うちのクラスからもふたり程駆り出されているけど、そのふたりが俺に気づく事はなさそうだ。

 グラウンドにいないという事は体育館裏か。

 やんちゃなヤツらは大抵こういう日影に集まるが、アマっちはそこまでやんちゃなヤツじゃないはずだ。見た目こそヤンキーのそれだが、中身は悪いヤツではない。……と、思う。

 体育館裏には、あまりいい印象が無い。

 それこそガチな上級生のヤンキーがいるし、アウトローな雰囲気もある。真面目な生徒が足を踏み込んだら、確実に金を強請ゆすられるだろう。……ジャンプしても小銭の音なんてしないと思うんだけどなぁ。

 俺は体育館の隅からこそこそと、顔半分だけを覗かせて視る。

 誰もいない。

 ……よかった、ここにヤンキーはいないんだな。

 いい人生だった! ……まで出かかったその時、後ろから誰かの手が俺の右肩を叩いた。

 体をビクッと震わせてから恐る恐る振り向くと、そこには現在指名手配中のアマっちが、不審者を視るような眼を俺に向けて立っていた。

「何してるんだ。……覗きの練習か。いい趣味してるな」

「答えさせろ!?」

 質問を自己完結させられたら、答えるに答えられない。だが、アマっちはそれが狙いだったかのように、口元だけ薄らとほくそ笑んだ。

「つか、アマっちを探してたんだっつの」

「なるほど。ストーカーか」

「犯罪縛りかよ!? ……って、いつもの台詞は言わないのか?」

「あ?」

「いや、何でもない」

 あの台詞はさっきも訊いたし、決め台詞の押し売りみたいになるもんな。『おはようございます。こんにちは。こんばんは。初めましての方は初めまして』みたいになるもんな。あれ、超面倒臭そう。

 アマっちを見つけられたのはいいが、何から話せばいい? 訊きたい事はあったはずなのに、上手く言葉になってくれない。

「片付けに参加するつもりはないぞ」

 俺がもたついているのを、アマっちは『教室に呼び戻しに来た』と捉えたようだ。本来なら片付けを手伝ってくれたら有り難いのだが、アマっちの性格を鑑みるに、素直に片付けをする柄ではない。

「それはいいんだけど。いやいや、よくはないんだけど、それは置いておいてだな?」

 両手で透明な箱を抱えて、隣に置くジェスチャーをしながら、俺はアマっちが荒ぶらないよう、なるべく丁寧に話しかけた。

「アマっち、俺に何か隠し事してないか? あれで話が終わったら、普通にガチで寝起きがヤバいんだが」

「義信」

 急に名前を呼ばれた。

「なんだよ」

「さっきも言ったが、覚えたての言葉を使いたがるガキじゃないんだ。ちゃんと覚えてから使え。お前が言いたいのは〝寝覚めが悪い〟だろ。お前の寝起き事情なんか知らん」

 またしくっていたのか!?

 寝覚めが悪いって、寝起きが悪いみたいな意味だろ? だからそうやって覚えていたんだが……、駄目だったか。

「い、いちいち揚げ足取んなよ! これでも割とマジで語彙力高めようとしてんるんだぞ!?」

 だが、アマっちは何も答えなかった。

 しかし、その表情には『無駄な努力だな』と明白に書いてある。

 体育館の裏を吹き抜ける風が嫌に冷たく感じた。

「と、取り敢えず場所を変えね? ここはヤバいだろ?」

 いつ上級生ヤンキーが来るかもわからない。
 会わないなら会わないに越したことはない連中だ。
 俺は幾らチキンと呼ばれようとも構わない。
 袋叩きにされるくらいなら、卑怯者と呼ばれた方がマシだ。

「どこに連れて行く気だ?」

「どこって、そりゃ」

 ──どこだろう?

 現在、我が校では学園祭のあと片付け中だ。つまり、どこに行ったって顔見知りと遭遇する確率は高いし、どこにでも誰かがいたりする。それに、風が冷たくなってきたので、なるべく風を防げる室内がよかったが、校内でそれらしい場所は……

 いや、ひとつだけあるな。

「体育館の二階に行こうぜ」

「……結局そこかよ」

 アマっちは想像していた通りの回答に、少々うんざり気味だったが、近場で手頃な場所と言ったら、そこくらいしか思いつかなかった。

「階段を上るのが面倒か?」

「いや。最近、その場所に運命を感じているだけだ」

 ジャジャジャジャーンと、頭の中でベートーヴェンの運命が流れた。

 運命とはこれまた大袈裟な表現だ。

 皮肉めいた言い方だったから、地球を救う程の運命は感じていないだろう。

 ……こういう所は優志に似ている。

「何をぼーっと突っ立ってんだ。行くぞ」

「お、おう!」

 さっき感じた不安の正体は何だったんだ? 今の会話の中から、それを探るのは難しい。

 だけど、確かめないといけない。

 俺が感じていた不安が杞憂だったならそれでいい。

 しかし、もしそうじゃなかったら──?

 俺はこれからも、アマっちと友達でいられるのだろうか?




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