【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

八十二時限目 彼女の提案は正気の沙汰ではない


 九月になったと言っても直ぐに冬将軍が到来するわけではない。道行く人々は未だにTシャツにジーンズといった出で立ちが目立つし、それこそ子供達は半袖短パンで公園に集まり、携帯ゲーム機で遊んでいる。その集団を傍目に視ながら、僕は些かの疑問が浮かぶも、その疑問こそ大人のエゴであると解した。──家でゲームしてるとお母さんが小煩いからね、気持ちは分からなくはない。だがしかし、僕の隣を歩いている月ノ宮家のお嬢様は、どうも納得出来ないようで首を傾げている。

「優志さん。どうしてあの子達はわざわざ公園でゲームをしていると思いますか?」

「きっと家で出来る事を外でやって背徳感を楽しんでいるんだよ」

 僕は公園にいる彼らよりも、どうして月ノ宮さんがわざわざ日曜日に僕と一緒に、僕の地元を散歩しているのかがわからない。かるが故に、受け答えも随分と適当になってしまったが、月ノ宮さんは「そういうものなんですかね」と小首を傾げながらも、どうやら納得して頂けたようだ。

 二学期が始まって、学校は一気に『学園祭モード』になる。ホームルームでは実行委員決めや催し物決めが行われているけど、僕は学園祭に興味が無いのでやりたい人がやればいいと他人行儀を決め込んでいた。多分、たこ焼き屋になるんだろうけど、クラスでたこ焼きとは、それこそ外でやるべき物じゃないだろうか? つまり、公園でゲームするのも、室内でたこ焼きを売るのも対して変わらない。そこに『学園祭』という大義名分が無ければ余計にだろう。

 そんな事はさて置き、月ノ宮さんが僕に何の用だろうか? まさか、僕の地元を散策する為に貴重な時間を割いたとは到底思えない。──何か裏がある。そう勘繰ってしまうのは、月ノ宮楓という人物をこれまで視て来た結果であり、今回も何か腹に一物を抱えてるんじゃないかと身構えてはいるものの、単純に散歩を楽しんでいるようにしか思えないし、その表情が僅かに微笑みを湛えているのが不自然ではあるけど、そこに悪意は感じられない。

 杞憂だっただろうか? たまの休みに友人と散歩する理由に、深い意味は無いのだろうか? 佐竹の場合だったらそろそろ「あのさ」と来る頃だが、相手は月ノ宮さんだし、月ノ宮さんが好きなのは天野さんだから、僕には然程興味無いと高を括っていた。教室でも天野さんに絡みに行く頻度が高いし、この状況はどういう風の吹き回しだ?

 やがて赤煉瓦が敷き詰められた遊歩道に差し掛かり、両脇には葉を落としたツツジが刺々しく軒並ぶ。道幅は大人ふたりが並んで歩ける程度なので、月ノ宮さんは大和撫子のように僕の一歩後ろを歩きながら、見慣れぬ景色を楽しんでいるようだった。

 この道を更に真っ直ぐ行けば、再び公園に辿り着く。公園とは名ばかりの、四阿あずまやとベンチが数個ある広場で、偶に常識の無い犬の飼い主が飼い犬の粗相を放置して帰るので、僕が子供の頃は『うんこ公園』なんて不名誉な名前で呼ばれていた。今は自治体が機能しているようで粗相の放置は目立たないものの、公園の花壇には『立ち小便禁止』の立て札が立てられている……今度は人間の粗相に悩まされているらしい。皮肉な話だ。

 それ以外はまあ、ぼうっと空を眺めるには最適な公園だと言える。

 その公園が近づくと、月ノ宮さんが休憩を申し出てきたので、僕らは四阿にあるベンチに腰をかけた。

「秋といっても日差しは夏と変わりませんね」

 そういってハンカチを取り出し、うっすら汗ばんだ首元を丁寧に拭うと、ちらりと視えるうなじが艶かしく、僕はつい息を飲んだ。

 月ノ宮さんは言動にこそ癖があるものの、美少女の部類に入る程に容姿端麗だ。それに弁も立つし、才色兼備は言い過ぎかもしれないけど話し相手を立てる事も忘れないので、僕のクラスでは断トツに人気がある。──しかし、彼女の恋愛対象は天野さんに絞られている事を彼らは知らない。ご愁傷様だ。

 一挙手一投足に気品を感じるので、ただ汗を拭う程度の動作にもどきりとしてしまうのは男の性、佐賀滋賀佐賀。

 僕が隣でロマンシングサガしていると、それに気づいた月ノ宮さんはくすりと笑った。

「私を好きになっても、望みはありませんからね?」

「大丈夫、無理ゲーと死にゲーはプレイしないから」

 月ノ宮さんは考え倦ねるように「それは何ですか?」と僕に質問してきたけど、その質問に返した所でギャグのネタを解説する事と同義であり、別に月ノ宮さんの利益にもならないので、何でもないと首を降った。──因みに、アイワナビーザガイっていうんですけどね? そんな事より、と僕は閑話休題に切り返す。

「僕に何か用事でもあったの?」

「……どうしてそう思われましたか?」

「貴重な休みに僕を選ぶ理由が無い」

「ありますよ、理由は」

 倒置法でそう語るが、一向どんだけ、月ノ宮さんは顧みて見て他を言うように、本題に入ろうとはしない。焦らし戦法だろうか? 佐々木小次郎、破れたり! それは巌流島の決闘である。──個人的には実況動画で観た武蔵伝の方が好きだったりするが、それは構えてどうでもいい話だな。

「その理由は?」

 何となく察しはつくけど、言質は取っておきたい……今後の対策として。

「私達が置かれている状況を鑑みて頂ければ、その理由は歴然かと」

「……だろうね」

「あまり気乗りはしない話なので躊躇っていたのですが、それでは進みませんよね。申し訳御座いませんでした」

 月ノ宮さんは改まって僕に頭を下げた。

 その謝罪の意とする所は……これから述べられる理由を察すると、あまり深く考えたくはない。
 
「単刀直入に申し上げます。……恋莉さんと、距離を置いて頂きたいのです」

「随分とらしくない事を言うね」

形振なりふり構っていられないのもので」
「何かあったの?」

「優志さんには関係の無い事です」

 あまりにも冷たい声音で、僕は身震いしそうになる。
 先行きを不安にさせるかのように、烏が遠くで鳴いた。

「僕は天野さんと距離を縮めたつもりはないけど」

「それは詭弁というものではないでしょうか? おふたりが海で何があったのか、知らない私ではありませんよ」

「知ってたのか……」

「ええ」

 それを知っていて、あの時、ダンデライオンで噯にも出さなかったと思うと、これはいっかな本気らしい。僕の眼を真っ直ぐに視る眼光が、鋭いナイフのように僕の神経を擦り削っていく。

 月ノ宮家の情報集力は伊達じゃないらしい。

 この分だと国家機密でさえ知り得る術もあるんじゃないかと疑うが、それはさすがに漫画の世界……いや、そうとも言い切れないのが怖い。

 海外ドラマのワンシーンで、主人公が情報戦で相手を追い詰めた時の相手の気持ちが、今の僕には痛い程わかる。ジリジリと追い詰められて、最後は自爆してハッピーエンド、やったぜ。──主人公側だったらどんなに気が楽だろうか。

「そうだとしても、それ以上の進展は無いよ」

「だったら、恋莉さんにそう伝えて頂けますか? 優志さんにその気が無いのに、これではあまりにも恋莉さんが報われません……佐竹さんもですが」

 正論だ、ド正論過ぎてギャフンと言いそうになった。

 確かに僕がしている事は『恋人候補をキープしている』と言われても否定出来ない。だけど、それでも──。この期に及んで見苦しい言い訳をしても、それは直ぐに看破される。月ノ宮さんが求める答えは『はい』か『いいえ』であり、その間の選択肢は設けられていないのはそれ程の理由があるからだろう。その理由はなんだ?

 僕が言葉を選んで黙り込んでいても、月ノ宮さんはじっと僕を視て逃げ道を与えてはくれない。まるで断崖絶壁に追い込まれた犯人の気分だ。……さっきから犯人の気持ちがわかり過ぎて「僕がやりました」と自供したくなる。しかし、その自供は即ち『はい』を意味するので、僕は沈黙を貫き通す事しか出来なかった。

「本来ならここでこんな話をする必要もなかったのですが、お兄様にこんな私を視て欲しくなかったので……すみません」

 複雑な環境に身を投じている月ノ宮兄妹なので、気持ちはわからなくもない。理解は出来るけど、じゃあ、理由も知らずに責められている僕の立場はどうなのだろうか? そこを衝いた所で……な話で、身から出た錆と言われたらそれまでだ。今も尚、逃げ道を探す僕に痺れを切らしたのか、月ノ宮さんは立ち上がり、僕の真向かいに壁の如く立ち塞がった。そして、僕が予想もしなかった一言を告げる。

「──では、優志さん。私の彼女になりませんか?」

「……はい?」

 それはとても既視感があって、そう言えば、僕のこの状況はこの一言から始まったんだと感慨深いものがある。然りとて、慣れるような台詞でもないが──。


 

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