【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四十二時限目 夏から始まる休み生活[前]


 今年の夏は、例年よりも暑いらしい。「暑は夏い」とか、そんな寒々しい駄洒落を言う人は減ってきているものの、こうも毎年記録を塗り替えるなんてはた迷惑だ。人間の業による結果だ、と理解しているけれども、沖縄より気温が高いってどういうことなの? 埼玉県には海がないし、軽井沢のような避暑地も存在しないんだから、少しは手加減して欲しいものだ。そうじゃないと、熊谷が砂漠化するまである。

「もう少しで読み終わるし、これを読んだら行動を開始しよう」

 そう心の中で呟いて、両頬をペチペチ叩いた。

 上空を飛ぶ飛行機やヘリの騒音をBGM代わりに、ペラリペラリ読み進めていく。ようやく最後の一文を読み終えたと同時に、「くわあ」と気の抜けた大きな欠伸をひとつ、ふたつ。目頭に溜まったものが感動の涙ではなく、疲労感だというのがなんとも僕らしい。これでも感受性は人並みには持っていて、『あの花』を見たときは超泣いたし、動画サイトで主題歌を検索してまた泣いた。

 だけど、この本はそういう類の話ではない。どちらかというと、『あの日見た花の名前すら思い出せず、全て終わってしまった』くらいの悲壮感が漂うような、後味が苦い作品だった。

 幼少期に交わした約束をずっと胸に秘めていた主人公と、そんな約束なんてすっかり忘れてしまった友人。幾度となくすれ違い、最初は『約束を忘れてしまった罪悪感から、自分のことも忘れているように振舞っている』と思っていた主人公だったが、その友人は数年前に事故で頭部を激しく打ち、ここ一年の記憶しか持っていなかったと知る。ショックを受ける主人公だが、更なる衝撃的事実が主人公を悲しみのどん底に叩き落とす。その友人は、既に新しい恋を始めて、来年に式を挙げるんだと嬉しそうに語った。新しい人生を謳歌している友人を祝福するべきか、それとも──。

 視点は全て一人称で書かれていて、蘇りそうな記憶に葛藤する相手の心境などは最後まで描かれなかった。それが妙にリアルで、リアルだけど非現実的で、心を締め付られる。紡がれる言葉の節々に、彼の真骨頂ともいうべきハロルド節が見受けられた。決して悪くない作品ではあったが、ハロルド・アンダーソンという作家の代名詞とは呼べないし、僕の肌には合わなかった。悲恋が好きな人には堪らない、そんな作品。

「恋愛、か」

 と、呟いた。

 だれかを好きになる、という現象。それが『恋愛』。

 好意を寄せる相手の一挙手一投足に喜怒哀楽が左右されるのは面倒この上ないけれど、好きな人を想う気持ちは尊いものだ。しかしいっかなこれまたどうして、僕が選ばれたのが不思議でならない。佐竹も、天野さんも、相手さえ選ばなければ、簡単に恋人を見つけられるはずだ。それでも、僕が選ばれた。その意味がわからないほどじゃない。鈍感でいられたら気楽だったのにな、と思いながら、暇潰しがてらに携帯端末を手に取った。

 夏休みに入ってからというもの、それまでは読書の時間を圧迫するほど連絡がきていたこの携帯端末も、いまではすっかり鳴りをひそめていた。会わない時間が増えると、それだけで微妙な雰囲気になるやつの正体とは? 勿論、夏休みを経てから人間関係に著しい変化が起きる場合もある。それまで一言たりとも言葉を交わしていなかった二人が、親友みたいな関係になっていたり、彼氏、彼女ができていたり。

 夏のアバンチュールによって繋がった恋人たちは、いずれ、燃え上がるような熱情の正体が吊り橋効果だったと気がつくだろう。よくよく考えたらタイプじゃない相手と、その後も関係を続けていくか否か。恋はスリルショックサスペンスって、言い得て妙なタイトルだ。

 ニュースアプリとSNSのタイムラインをささっと確認して、携帯端末を卓に置いた。

「みんな、なにしてるんだろうな」

 みんなとは、佐竹、天野さん、月ノ宮さんのこと。

 佐竹がなにをしているのかは、なんとなくわかる。自分のグループ連中と朝から晩まで大騒ぎしているはずだ。大学生みたいなノリが好きなヤツらだし、昼は河原でBBQ、夜はカラオケでウェカピポって感じ? 健全とは言い難いけれど、それが彼らのライフワークだ。もし、その輪に僕がいたらって考えただけでぞっとする。

 月ノ宮さんは……、彼女に至っては謎が多い。

 僕のように読書や勉強をして過ごしているのか、それとも、月ノ宮ファンクラブの面々と交流をしているのか。お嬢様だから、色々とスケールが大きそう。各家に招待状を送り、ホテルの大ホールを貸し切った『月ノ宮楓トークディナーショウ』とか開催しそう。ゲストに有名人やお笑い芸人を招待して……。月ノ宮さんならそこまでやっても不思議じゃないな。当然、ドレスコードもあるわけで、僕がその招待状を受け取ったら、是が非でも見なかったことにしたい。








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 by 瀬野 或

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