【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四十一時限目 その水着は似合っていた[前]
「一着目、着てみたんだけど……」
カーテンの奥から弱々しい声が訊こえた。
「どっち?」
「水色と黄色のやつ」
右手に持っていた方か、と思い出す。爽やかで、夏らしい。そんなデザインの水着だったはずだ。大人っぽい雰囲気のレンちゃんと、かわいいを重視したデザインの水着がどんな化学反応を起こすのか楽しみだ。意外な一面を発見できるかも知れない。
自分に似合う服を選ぶのは、簡単なようでいて難しい。何色が似合うのかトライアンドエラーを繰り返し、ようやっと理解する。自分の色が見えてくれば、あとはそれになぞらえて選ぶだけ。然し、いつまでも同じような服では飽きてしまう。クローゼットを開けて、似たり寄ったりな服しかないと溜め息が零れるのは、だれしも一度は経験するはずだ。ときたまに、違う色や形の服が着たいって思うのは至極当然で、それは、自分の殻を破ろうとする行為にも通ずるような気がした。……殻と色を合わせた駄洒落みたいって思ってしまい、つい苦笑いを浮かべそうになるのをなんとか堪えた。
「……見る?」
カーテンの隙間からひょっこりと顔を出して、様子を伺うようにこちらを覗く。頬が少し赤らんでいた。肌面積の広い格好を見せるのだから、恥ずかしいと思うのも無理はない。
よくよく考えたら、水着ってほぼ裸に近い格好だ。薄い生地は頼りないし、誤魔化しだって通じない。自分の体型を隠すことができない姿を他人に晒すのは、抵抗がある。私だって、最近は二の腕に肉がついてきたって思う。運動しないからなあ。細マッチョを目指してみようかしらん? めっちゃモテたいわけじゃないけど。
「見てみないと判断できない、かな」
そう言ってから、これでは『レンちゃんの水着姿が見たい』と言っているように訊こえなくもないと思った。見たくないわけじゃない。見たいけど、勘違いだけはされたくなかった。慌てて、「無理して見せる必要はないからね?」と付け加えてみる。態とらしく訊こえてないか不安で堪らなくなり、罰が悪くて目を逸らした。
「うん、わかった」
数秒ほど沈黙したあと、臍を固めたように頷いた。
「見てもらわないと判断できないわよね」
ゆっくりと、カーテンが開く──。
同年代の裸同然の姿をまじまじと見るのは、初めての経験だった。
思わず息を呑む。
左の恥骨の窪みに、小さなほくろがあるのを始めて知った。
細い体のラインは、ほどよく引き締まって括れを作っている。
肩は丸みを帯びて、男性のようにゴツゴツとした印象は無い。
張りのある肌は柔らかそうで、撫でたらすべすべしてそうだ。
──あ、リストバンドの日焼け跡かな。
いつも腕時計をしていたから気にならなかったけど、左の手首だけやたら白くなっていた。
中学時代に、テニス部かバスケット部に所属していたのかも。
お腹周りが特に引き締まっているのを鑑みると、捻る動作を多用する運動をしていたのかも知れない、と推測を立てた。
一際目を引いたのは、豊かに発育した胸だった。
なんと形容すればいいのか、言葉に余る。
胸元は水着によって隠されているので谷間は見えないけど、それしたって、だよ?
高校生の平均は超えて、限界突破している。
レンちゃんは、自分の胸にコンプレックスを抱いているのか、両手を胸の前に当てて隠すような仕草をしていた。
瞳は潤み、恥ずかしそうに悶えている姿は、私の加虐心に訴えるものがある。そういった特殊な趣味は無いけれど、よしよしって頭を撫でるくらいはしてあげたくなるような愛くるしさを感じた。
──大きな胸にコンプレックスを抱いているなら、この水着はいいかも?
谷間が上手く隠れるデザインとはいえ、大きさまでは隠しきれていない。
焼け石に水? ではあるが……。
私の胸にパットを何枚も拵えたって、レンちゃんのようにバランスのとれた体のラインにはならないだろうなあ……絶対に奇形になる。変異体と言い変えてもいい。背が低いのが一番のネックだけど、こればかりはどうしようもない。砂浜でヒールのような靴は履けないから、私の見た目はいまよりも更に低くなるだろう。ちんちくりんな私に、レンちゃんのような大きな胸はふさわしくないにも程がある。
Dカップくらいまでなら許されるかな? けど、案外Dカップって大きいんだよね。身の丈に合ったサイズだと、やっぱりBカップか、それともちょっとだけ背伸びをしてCカップが限度だろう。
「羨ましいな……」
「え?」
「あ、ううん。なに着ても似合うなーって!」
御為倒しに嘘を吐いた。
つい言葉に出してしまったけど、どうして『羨ましい』なんて思ったんだろう? 優梨の姿になっているから、感覚も女の子に近くなっているのかも。優梨を上手く演じるために、女子の仕草や考えかたを学んだ成果が出たとしても、吐露した感情はやけに素直だったような……気のせい、かな。
「ねえ、いつまで見てるの? 似合うか、似合わないか、率直な感想が欲しいんだけど」
「ああ、ごめん! ええっとお……」
似合っていない、わけじゃない。
レンちゃんは、どの服を着ても器用に着こなせる気がする。だけど、この水着で水遊びをしている姿は、あまりにも想像尽かなかった。『子どもっぽ過ぎるのかも?』と口から零れそうになり、咄嗟に口を閉じた。レンちゃんの容姿が大人っぽくたって、子どもっぽい服を選んじゃだめという理由にはならないはずだ。大人らしさを強要するのも違う気がして、返答に困る。どうにか言葉にならないものか口をもごつかせていたら、「やっぱり似合わないわね」と、レンちゃんは微苦笑を湛えた。
「そんなことないよ! 着ていれば肌に馴染むってこともあるし」
「ううん。それじゃ意味がないの。もう一着あるから、そっちを着てみるわね」
そして、再びカーテンが閉まった。
レンちゃんが着替えている最中、私は『意味がない』という言葉の意味を考えていた。選び抜いた二種類の水着に、どんな意味を込めていたのだろう。そして、私は期待に添えなかったのだろうか? 肯定的な意見だけを望んでいたようにも思えないし、レンちゃんは『率直な感想が欲しい』と繰り返し言っていた。
「率直な感想、か……」
その言葉に思い当たる節はあるけれど、あれはレンちゃんに対しての言葉じゃなくて、自分自身の内側から零れてしまったものだ。
「素直な感想、ってことでいいんだよね……?」
スタイルがいい、は水着に対する感想じゃない。『胸がたわわですね』なんて以ての外だ。つまるところ、私の目は水着じゃなくて、レンちゃん自身に向いていたってことにある。それではただの発情期になった猿だ。
そりゃあ、私だって一応は男子高校生だし、それなりに欲もあるけど、恥ずかしいのを我慢しているレンちゃんを色目で見るなんて不誠実にも程がある。水着のファッションショーだと思わなきゃ。モデルが同じクラスの女子だった、それだけのこと。
「着替え終わったわ。……どうかしら?」
開け放たれたカーテンから、二着目の水着を纏ったレンちゃんが姿を表した。
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