【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二十九時限目 月ノ宮楓は敗北の苦さを知る[前]
午前の授業が全て終わると、待ってましたとばかりに教室内が騒がしくなる。
数学で疲労した脳に糖分を補給させるなんて構図は、社畜にエナドリを渡すようなものでしかないが、上機嫌で仲間たちと群れる彼らを傍目から見て、『それを幸せに感じるならいいか』と胸の中だけで憐れんだ。
とはいえ、どれだけ彼らを憐れんでも、僕だってお腹は空く。
学生の頃から社畜にするための英才教育とは、日本の教育の闇が深すぎて深淵。
いつもの場所で昼食にしようと席を立とうとしたとき、わらわらと集まりつつある集合体──月ノ宮ファンクラブ、と読む──を掻き分けて、尊師様が深刻そうな表情を顔いっぱいに湛えて、僕の席にやってきた。苦衷を察せないほど鈍感ではないが、だからと言って、僕にできることは無いに等しい。
クラス連中が異様な空気を感じ取って騒めき始めた。四方八方から「なにごとだ?」みたいな声が訊こえてきて、人心地も悪くなってきた頃、いまのいままで沈黙していた佐竹が勢いよく立ち上がった。
「うし! 飯食いにいくべ!」
その一声で我に返ったクラスの面々は、僕らから視線を外して自分たちの目的を遂行するかのように動き出していった。
去り際の佐竹と目が合うと、『上手くやれよ』みたいな意味を込めたウインクをされて、僕は黙ったまま頷きだけで感謝を告げた。佐竹に借りができてしまったのは痛手だけど、朝の一件で僕を巻き込んだから、これでチャラだって勝手に相殺しておこう。
教室には、半数くらいの生徒しか残っていなかった。
部活組は教室が異様な空気に包まれる前に出ていったし、残りの半分は佐竹が食堂へ引き連れていった。
あんなに煩かったのに、それが嘘のようだ。
勉強机は虫が食ったようにポツポツ空いて、残っている生徒は、携帯ゲームで仲間たちと盛り上がっている。『大タル爆弾』って単語が飛び出していたから、きっと一狩りしているんだろう。
「月ノ宮さん。あの……、要件は?」
彼女が僕の元へやってきて、かれこれ数分は経過していた。
だが、一向に口を開こうとせずにいる。
痺れを切らして声をかけてみても、僕の足元辺りをじいっと見ているだけ。まるで、電池の切れた人形のように、うんともすんとも反応しない。
「お腹空いたんですけどお……?」
このままお弁当を広げるわけにもいかずに困惑していたら、廊下側の先頭の席で額を寄せながらゲームしているヤツの一人が「よっしゃ! レア素材ゲット! ゴチでーす」と煽るように憎たらしく快哉を叫んだ。
その声に反応したのかは定かではないといえども、引き金程度にはなったのだろう。ようやく、月ノ宮さんの硬く結ばれた艶やかな唇がぱっと開いた。
「すみません。動揺していたもので」
「そ、そうなんだ……」
動揺か、動揺なら仕方がないよね!
僕もよくするよー、同様にさ?
動揺だけにね! ……なんちゃって。
頭の中に浮かんだ言葉の羅列が酷い。(語彙力)
「優志さん」
改まった態度で、月ノ宮さんが僕の名を呼んだ。
その目に、さっきまでの動揺は感じられない。
「折り入って、相談が御座います」
いままで『折り入らない相談』があっただろうか? おりおりおりおー、やりやりやりやーくらい、折り入った相談しかされてこなかったまであるのだけれど、それをツッコんだところで話の腰を折るだけだ。
されど、今回の〈折り入った相談〉は、洒落にならない事態を招くかも知れない……と、頭のなかにある警報装置が非常事態宣言を放っている。
「相談は、なうですか?」
「はい」
──彼女とお昼なう、に使っても構いませんよ?
──いや、使わないから。
月ノ宮さんなりの冗談かな?
超が付くほど似合わないけど、そのギャップがちょっとだけ可愛いなって思ってしまった。
さすがは、我がクラスのマスコットキャラ!
「お弁当を持ってきますね」
そう言って踵を返すと、長くてしなやかな黒髪が、フレアスカートのように宙を舞う。そして、気品のある香りを残して自分のロッカーへ向かっていった。
もしも、月ノ宮さんの恋愛対象が男性だったら、彼女自身もここまで悩んだり苦しまずに済んだだろう。月ノ宮さんが告白された、なんて噂は全くといっていいくらい存在しないので、恋愛対象が男性だったとしても、〈月ノ宮ファンクラブ〉が恋愛を許さないはずだ。
多分、これまでに数人の男子生徒が月ノ宮さんに挑戦しようと意を決したはずだが、告白した噂が無い以上、彼らがそれを阻止したに違いない。
だとすると、だ。
月ノ宮さんが僕を構う姿を、ファンクラブの面々は面白く思わないはず。
帰宅途中に背中からブスリと刺されて、「急所は外したが、これは警告だ」と、バトル漫画みたいな展開になる可能性も高い。
夜道は気をつけよう、と自分の中で警戒心を高めたとこで、月ノ宮さんは藍染のスカーフのような布に包んだお弁当箱と、猩猩緋の水筒を持参して、それらを佐竹の机の上に置き、半回転させて僕の机と並べた。
「では、頂きましょう」
「い、頂きます……」
僕のお弁当箱は、スーパーで買った四角いプラケースだけど、月ノ宮さんが持ってきたお弁当箱は、漆塗りの高級感漂うお弁当箱だった。なにより、おかずの一品一品が神々しく輝いて見える。
どの食材も、選び抜かれた素材が使われているんだろう。専属のシェフもいそうだ。夕飯は、やたらと長いテーブルで食事するんだろうか? それはさすがに漫画の読み過ぎだな。
月ノ宮さんのお弁当の中を見て、ごくりと喉が鳴った。
「あの、よろしかったらおひとつ如何ですか?」
月ノ宮さんは玉子焼きを箸で摘んで、僕の弁当箱に移そうとする。
月ノ宮さん、それ、完全にアウトです!
僕以外の男だったらMK5だからね?
マジで恋する五秒前だからね!?
「要らないから……、大丈夫!」
いやー、危ない危ない。僕が孤独を極めし隠の者じゃなかったら、些細な出来ごとをきっかけに、新たなラブコメが展開されていたまである。
「そうですか……。執事の高津さんが腕によりをかけて作ってくれたのですが」
あ、尚更に大丈夫です。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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