【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二十三時限目 それぞれの思惑[優梨]


 サンシャイニング水族館は最上階から下四階までの階層を占めていて、下から徐々に水深が下がっていく。

 鮫が見たければ、現在いる階層の見どころである巨大パノラマ水槽に行けばいい。館内案内図を頼りに、こまごまとまばらに設置されている水槽に群がる人々の横を通り向けて、目的地へと突き進んだ。

「これは迫力満点だな!」

 佐竹君は水槽に張り付かんばかりに身を乗り出して、子どものように大はしゃぎしている。

「駄目だよ、佐竹君。水槽に触れるなって書いてあるから」

 水槽前には銀色の柵のような物が立てられていて、そこには注意書きを記した白いプレートが貼り付けてあった。

 日本語の他に、英語、中国語、韓国語、アラビア語までも記載されている辺り、この場所が観光地として機能しているとわかる。

 ガイドブックにも名前が載るくらいだから、パッと見では見当たらないけど、諸外国の方々も稀に訪れるんだろう。

「おっと、わりい」

 佐竹君はハンズアップのように両手を挙げて、その手をパーカーの腹部にあるポケットにしまった。 

 パノラマ水槽の中では自然界の弱肉強食な世界はなく、あらゆる種類の魚たちが共存している。

 水族館スタッフがに餌を与えて、大型の海洋生物が小魚を食べないようにしているからこそ、この均衡が保たれているが、もし、飼育員が餌を与えなければ均衡が崩れて、水槽の中には鮫や甲殻類しかいなくなるだろう。

 鮫って蟹も食べるのかな? と、不意に思う。

 殻ごと食べたら口の中を怪我しそうって思いつつ、底に敷き詰められた砂から顔を覗かせている白い生物を見やった。

「あれ、なんて名前だっけ?」

 ポケットに突っ込んだ片方の手を抜いて、あれだよあれ、と指す。

「たしか、結構卑猥な名前してた気が……」

 言いたいことはなんとなく察すれど、決して卑猥な生物ではない。

「チンアナゴだよ」

 私がそう答えると、佐竹君は一瞬だけ目をぎょっと丸くして、ああそうかと静かに首肯した。『魚だけにぎょっと』とか、そういうのは全然考えてないからね?

「名前に〝アナゴ〟って付いてるから、アナゴの仲間か……美味いのかな?」

 顎に手を当てて、髭の剃り残しでも確認するかのようにさすりながら言を続ける。

「食うとこ少なそうだな。ガチで」

 ──骨はあるよな?

 ──骨が無い生物って……いるの?

 世界には不思議な生物がいるから、そういう生物がいても不思議じゃないかなあ……。

 チンアナゴの調理法なんてネットに転がっているはずもないので、想像だけしてみた。

「天ぷらにしたら美味しいかも?」

「ああ、かき揚げ的な?」

 うーん、悪くはなさそうだけど……。

「どっちかといえば、わかさぎの天ぷらみたいな感じじゃない?」

 それにしても、だ。

 どうして彼は水族館の海洋生物を見て「美味そう」だの「不味そう」などと、食べることに結びつけたがるのか。

 そういうのを『花より団子』って言うんだよ?

 因みに、似たようなタイトルの漫画もあるけれど、『道明寺』は和菓子の名前から取ったのかな? って思った。

「あ、鰯の群れだぞ! 寿司食いてえなあ……。ガチで」

「佐竹君の水族館の楽しみかたが独特過ぎ……。ガチで」

 彼は独自の目線で水族館を楽しんでいるみたいだ。

 しかれども、私は違う目線で水槽の中を泳ぐ魚たちを見ていた。

 実をいうと、私は水族館や動物園の類があまり好きではない。

 動物愛護的な感情ではなく、自分の境遇と重なって、見ていて苦しくなるのだ。

 人間に捕まらなければ、水族館にいる魚たちは、いまも大海原を自由奔放に泳ぎ回っていただろう。

 保護といえば訊こえはいいけど、これが幸せだとは言い切れない。

 もっとも、魚の気持ちなんて人間にはわかるはずもないし、私の解釈こそエゴかも知れないけど。

 学校という名の水槽に押し込められて、泳ぐことすらままならない私は、天敵になる生物から目を逸らして、不自由すら満喫できず、眼前で泳ぎ回る魚よりもたちの悪い日々だ。

 周囲を確認してみれば、自分よりも賢く生きる魚たちの優雅に泳ぐ姿を見て、自分の無知さを呪ったは水槽の中で異議を唱えず、海流にすら乗れず、ゆらゆら揺れるイソギンチャクにひっそり隠れて生活している。

 某有名なアニメ映画の主役になれないカクレクマノミのような、他人の餌のおこぼれを待つだけのような存在。

 いつだって選択肢は提示されてたのに、選択しなかったのは私自身で、見世物になることを甘んじて受け入れたカクレクマノミモドキに残された選択肢は〈選択しない〉という愚かな選択のみだった。

 優秀な他人のイエスマンをしていれば実害を被ることもないし、そもそも、選択を迫られないように空気として過ごせば、だれかを不快にさせることもないだろう。

 という、妥協にも似た逃避を繰り返してる。

 優梨わたしになることだって、元を正せば自分で選んだわけじゃない。

 必死になって優梨を演じているのは、『自分が男である』のを周囲に悟られないためでもあるけど、その弊害として『佐竹君が勘違いする』という結果になってしまったのは不本意だ。

 佐竹君を現実に引き戻し、ちゃんとした恋愛をさせるのが理想。

 だって、男子は女子と恋愛したほうが健全でしょう?

 私みたいな〈偽物〉と恋愛したって不幸にしかならないからこそ、夜の闇が濃くなるまで女の子の仕草を研究したんだ。

 体はどうしようもないまでも、心と感覚はいつも以上に女の子らしく『可愛いらしい優梨じぶん』を演じられると思う。

 大丈夫、ちゃんと女の子になれてる。

 ポケットに突っ込んでる彼の腕の隙間に、私の右手を強引に捩じ込んで存在感をアピールするように体を寄せた。

「お、え? お前、なにしてんだ……?」 

 彼女らしいことだよ、とぽつり囁く。

「もしかしたら、楓ちゃんたちが通り過ぎるかも知れないでしょ?」

「あ、ああ。そうだよな」

 と、狼狽えながらも、彼は私が離れないようにぎゅっと腕を締めた。

「別に、逃げないよ?」

「か、彼氏らしくしてるだけだ」

 ──そっか。

 ──そうだよ。

 照れ隠しにそっぽを向いた彼の横顔は、私の位置からばっちり映る。耳と頬を赤らめて、ばつが悪そうに顰めっ面をしていた。

 もっと、彼女らしくするには……。

 そう考えて、彼の腕に頭を預けた。

 パーカーから柔軟剤の匂いがするけど、ほんのり香るフローラルノートは琴美さんの趣味かな?

 私が自宅で使ってる柔軟剤とは違うから、嗅ぎ慣れない匂いで眉をハの字にしてしまいそだけど、なんとか澄まし顔を努めた。

「お前、本当に女みたいな匂いするよな。マジで」

「だって、いまは女の子だもん」

 そのために、私だって試行錯誤しているのだ。

 洗濯するときも、家族とは違う洗濯洗剤と柔軟剤を使ったり、使い慣れない香水を通販で購入して手首に付けたりもしてる。

 それもこれも『女の子として』彼を誘惑するためだ。ドキッとして貰えなきゃ、奮発して購入した意味がない。

「やっぱ、はいねえか」

「ホホジロザメ、ね?」

 彼の腕に寄り添いながらくすくす笑うと、佐竹君が「言い間違えただけだろ」って、退屈そうに呟いた。








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 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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