【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一十九時限目 ダブルデートは波乱な幕開け[前]


 日曜日というだけあって、都会から離れた埼玉の田舎駅も、平日よりは賑わいをみせている。

 でも、所詮は田舎だ。人の往来が二割程度増した……くらいの話で、著しく変化したわけじゃない。

 待ち合わせしてる人の姿もチラホラと見受けるけど、人と人との間隔はかなり開いてる。

 ここがもし都内の駅であれば、言葉通りすし詰め状態になり、鬱陶しくて適わないと、私は待ち合わせ場所の変更を要求していたに違いない。

 そうしないのは、ここが渋谷のハチ公前じゃなく、池袋東口にあるいけふくろう前でもないから。

 有名なシンボルで待ち合わせするのが、田舎者の憧れみたいな風潮もある……多分だけど。

 東梅ノ原駅の改札は一つのみで、私が立っている場所からは、ホームから階段を上ってくる全ての乗客を視認できる。

 その中に、彼の姿はない。

 指定された時刻より一十五分早く到着したのは、待ち合わせ時間に余裕を持たせるためであり、小言を言ってやろうと息巻いてきたわけじゃない。それでも、デート相手を待たせるのはマナー違反じゃないの? とは思う。

「ダブルデート、か」

 これが初デートなのに、全くもってわくわく感が無い。そればかりか、先行きが気になって、あんたんな溜め息をいている。

「三〇分前行動を期待するだけ無駄だよねえ」

 彼が、そういった甲斐甲斐しいところの一つや二つ見せてくれれば、私の気分もそこそこ晴れるのに、と不満げにこうふんを洩らした。

 レンちゃんと合流するのは一十三時。

 今回の作戦は、佐竹君がキーマンなのだから、もう少し考えて行動して欲しい。

「暇だなあ……」

 改札前で待ちぼうけ、というのも手持ち無沙汰だ。

 駅のフリーwi-fiがあれば、ソシャゲで適当に時間を潰せるのに、利用客の少ない田舎駅でそれを期待するのは酷というもの。他にやることと言ったら、寝る前の日課であるオリジナルファンタジーの続きを妄想するくらいなもので、それにもほどほど飽きてしまった。

 バッグから二つ折りの手鏡を取り出して、念には念を、と化粧のチェック。うん、これは女の子っぽい! 電車の中で化粧直しは絶対にするなって、琴美さんから注意を受けたけど、ナチュラルメイクで済ませたから、前髪を整える程度に毛先を弄った。

『大丈夫。優梨ちゃんは可愛いから』

 そう太鼓判を押してくれたのは、佐竹君の姉であり、女性としての矜持を──半ば強引ではあったが──教えてくれた師匠でもある琴美さんだ。

 あれ以来、佐竹君の家に訪問する機会がないので会ってないけど、自分から訪ねようと思うほど、私は、琴美さんを快くは思えなかった。

 どちらかと言えば苦手な人種だ。

 ああいう女性を『さばさばしている』と、言うんだろうなあ。

 巷でよく見かける『ファッションさばさば系女子』とは一線を画する存在も、また珍しい。

 SNSのプロフィールに記載している『自称・さばさば系』は、自分の悪態の免罪符として使用される場合が多い。

 相手に対して暴言を吐き、それを指摘されたら「私、さばさばした性格だから」と誇らしげに語るのは、なんともまあ、滑稽に思えてならないので、早々にアカウント削除して作り直したほうがいいまである。

 アナタのしていることは、単なる誹謗中傷に他ならず、自覚しているならばさっきゅうに直す努力をすればいいのに……と、何度となく思うけど、指摘したら指摘したで、はた面倒なことにもなり兼ねないから全力でスルーみが深い。

 それに比べて。

 佐竹琴美という女性は、本物のさばさば系女子と言える。なんなら、鯖くらいのヒカリモノだ。食べるときは小骨に気をつけないと痛い目をみるぞ……なんて、ちょっと卑猥な想像をした自分を戒めるように、両頬をペチペチ叩いた。

 下らないことを考えて暇を潰していると、待ち合わせ時刻をオーバーして、二本目となる下り電車がホームに停車した。

 これに乗ってなかったら、もう知らない。

 佐竹君なんて放っておいて、レンちゃんと合流してやる! ……なんて、ようやく女の子らしい不満を爆発させようとしたのに、空気を読んだのか、佐竹君が改札へ続く階段を、脱兎の如く駆け上がってきた。

「悪い! ガチで寝坊した!」

 改札に引っかかって通れず、慌てふためく彼の様子を見て、怒る気力も失せたというのに、『ガチで寝坊した』なんて言い訳を訊かされたら、苦々しい文句を言ってやりたくなった。

「こういう日に、とか、やめてくれる?」

「ほんっとに、すまん!」

 佐竹君は、両手のしわとしわを合わせて南無という具合に頭を下げた。

 私の苗字が『はせがわ』だったら、慈悲深い微笑みを湛えて、お線香を添えるが如く許しを与えただろう。それを見た彼は『ふれあいの心だ』って、青い空に浮かぶ雲を仰いだはずだ。

 でも、ガチで寝坊って、寝坊する気満々みたな言い方に訊こえない? ……私だけ?

「昨日、なかなか寝つけなくてさ」

 まだ許さないぞって厳しい顔をしていると、佐竹君は遠足前の小学生みたいな言い訳を、付け加えるように言った。

「楽しみで眠れなかったとか?」

 リアルにそれだ、と佐竹君は大袈裟に、うんうん頷きながら私の言葉に同意してみせた。

「デートって意識したら……、どうにもな」

 照れくさそうに笑う。

「そんな風に言われたら、怒るに怒れないじゃん……ばーか」

 佐竹君も佐竹君なりに、今日という日を待ち侘びていたんだって思うと、これ以上腹を立てても間がもてない。

 それに、私もあまり寝てなかった。

 より優梨わたしらしく振る舞うにはどうすればいいのかと、無料の漫画アプリで、人気の少女漫画を読み漁ってたからだ。

 おかげでかなり勉強になったけど、その途中で、夜更かしは肌に悪いと琴美さんに注意されたのを思い出し、いけないいけないとベッドに潜り込んだのは記憶に久しい。

「つか、更に磨きがかかってないか?」

、だよ」

 然し、佐竹君は頭を振るう。

「外見の話じゃなくて、なんかこう……ガチっぽい感じがする」

 ガチっぽいって……。

 もうちょっと気の利いた言葉を選んでよ。

 ムードの欠片も無いんだから。

「佐竹君のためだよ」

「俺のため?」

 佐竹君が昨日、優志わたしにした告白は、一種の気の迷いのようなものだから、彼がちゃんとした恋愛ができるように、しっかり導いてあげなきゃならない。

 女の子の優しさとか、可愛さとか、もう一度彼に再認識させることで、現実に連れ戻すのが今日の私の役割だ。

 もし、彼が道を踏み外したままになれば、優志わたしが現実に打ちのめされたように、絶対に後悔する未来が待ち受けている。それゆえに、羞恥心を捨てて、あざとい仕草をしながらカノジョを演じているのだ。

 付け焼き刃の知識で不安だけど、精一杯、可愛らしくしていれば、彼を更生できるだろう。

「そこまでしてくれんのは嬉しいけど」

「けど?」

「気を遣う必要ねえからな?」

 とか言いながらも、喜びの色を隠し切れていない。

 落ち着きのない子どものように、あっちこっっちに瞳が動き回っていた。

 やがて、愉悦に浮ついた心をいさめるように、ふうっと息を吐いた。

 ──マジな話。

「俺は、お前を好きになったわけで、優梨だから好きになったとか、そういうんじゃねえから」

 なんなのコイツ、バカなの死ぬの?

 映画だったら、間違いなく死亡フラグなんですけど? ……あ、ダメだ。

 こういう考え方は私じゃない。
 
 もっと、可愛らしくしないと……。

「こんなとこで口説かれても、嬉しくないですよー」

 ──でも、ありがと。嬉しい。

 ──お、おう!

 素直で、可愛いくて、明るくて、少しだけ意地悪な女の子、それが私。

 大丈夫、何度もイメージトレーニングはした。

 が訊いたら吐き気さえ覚える言葉でも、私なら抵抗なく受け入れることができる……はず。









【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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