魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第八十一話 ジーマン軍の攻撃

 この時、ハットラー殺害の容疑で逮捕されたのはシム爺であった。
 彼が犯人であると断定されたのは彼の目撃証言が多かったことと、使われた銃に彼の指紋が付いていたことであった。
 本人もこの罪を認めており、即刻逮捕となった。
 また、シム爺が逮捕されたことによりその義理の娘であったコノミにも疑いの目が行く。
 そこで意外な事実が分かったのだ。
 コノミは義理の娘ではなく、レイトンの娘であったことだ。これはシム爺が逮捕され、病院から連れ出されるコノミを見たレイトンが気付き、すぐに確認を行ったところ娘であることが発覚した。
 彼女は数年前にレイトンの屋敷から連れ去られていたが犯人であるシム爺からの指示により公表できなかったようだ。このレイトンもまた、シム爺への重要機密をバラした疑いが掛けられ、書類送検された。
 レイトンの場合は娘のコノミの命が掛かっていたこともあり、情状酌量の余地がある。


「お前はなぜレイトンの娘を誘拐した?」


 今、シム爺は取調室で尋問を受けていた。


「お主、あの子がどのような子か知っているか?」


「何でも魔眼持ちの珍しい子だとか……」


「この国では魔法を使える人間がごくまれに生まれてくることがある。そういった子はどういう扱いを受けるか知っているか?」


「いや……」


「人間というのは自分とまるで違う人間を見たとき、排他的になるんじゃよ。つまり彼女はどうなったか……。いじめられていたのじゃよ。それも近所の子供だけではない。家族にもな……」


「……」


「魔力を持っている子は非常に親から恐れられる。それで彼女は孤立していたのじゃ。近所に住んでいた儂はとてもそれを見ていられんかった。そこで彼女を連れ出すことを考えたのじゃ」


「だが、それはあまりにも!」


「分かっておる。分かっておる。だが、彼女の状況はとてもそう言っていられる状況ではなかった。十にも満たない子が死んだ目をして、毎日そこら辺を歩いている。それはもう痛々しくて……」


 気付けばシム爺は泣いていた。


「すまないことをしたと思っている。彼女にはすまなかったと伝えておくれ」


「分かった。伝えておこう」


 それで、と尋問官は続けた。


「総統を暗殺したのは何故だ?」


「元々、儂はあの者が気にくわなかった。それだけじゃ」


「本当にか? 本当にそれだけなのか?」


「それだけじゃ」


 その日はそれだけで尋問は終わった。
 もちろんハットラー暗殺の理由は別にある。


(コットン王、これであなた様の望みは叶いますぞ!)


 シム爺は心の中で呟く。彼はコットン国の間諜の一人。暗殺や情報収集を行う人員であった。そんな彼が最期に受けた密命を遂行する上でハットラー暗殺は絶対に必須であった。
 彼は逃げるという手もあったが、祖国であるコットン国は魔王軍進行による領土の縮小や国王の殺害などの混乱により国内が分裂。収拾を図ろうとしたが、出来ず群雄割拠の世となっており、帰れる状況ではなかった。


(まあ、レイトンの娘を誘拐した理由は本当だがな……。コノミは予想外に役に立ったのぉ)


 ただ、彼の唯一の心残りと言えば、コノミを傷つけてしまうことになったこと。そして彼女が今後、上手く生活していけるかどうかであった。


(ここで逝く儂を許しておくれ)


 そう心の中で呟き、歯の間に挟んであった薬を飲み込んだ。


(あの世で会いましょう! コットン王!)












「これは一体どういうことだ!」


 真一は叫びながら砲塔内で丸くなっている。
 理由は簡単。今まで後方にいた味方から激しい攻撃を受けつつあるのだ。余りの事態に全く対処が出来ていなかった。
 真っ先に狙われたのは後方で攻撃の準備をしていた砲兵隊だ。


 彼らはいきなりの味方からの攻撃に為す術もなく蹂躙され、殺された。
 いくら歴戦の第一独立師団とは言えど、彼らは後方から攻撃を食らって混乱状況に陥っている。これを立て直すのは並大抵のことではない。


「良いか! 敵はそれほど優れた戦車は持っていない! 落ちついて一人ずつ追い払っていけば良い!」


 司馬懿は各隊に連絡をするが、焼け石に水でまるで効果は無い。
 気付けば、司令部がある中軍にまで敵の戦車隊が迫ってきていた。真一達の周囲にも敵弾が着弾し始める。
 そこでふと思いだし、真一は自分の机の中から以前司馬懿がいざというときのためにと用意していた手紙を取りだし、胸ポケットにしまった。


「このままでは不味い! 各員は直ちに手近にある戦車もしくは装甲車に乗り込め!」


 突破されると判断した真一はすぐに指示を出した。
 この時のために第一独立師団の中でも司令部要員が乗り込む用の戦車や装甲車が近くにおいてある。
 真一はそのうちの一台の戦車に乗り込んだ。


「すまんが乗せてくれ!」


「ええ。構いませんよ! 荒れる上、狭苦しいかもしれませんが我慢してくださいね!」


 乗っていた兵士がそう言って真一のために少しスペースを空けてくれる。とは言っても本来は五人乗りの所に六人乗り込むわけだから本当にスペースがない。
 真一は足下に空いたスペースに無理矢理体をねじ込み、耐える。


「全軍に告ぐ! 生き残っている車両は直ちに要塞に向かいなさい!この時、必ずジーマン軍に向かって砲撃をしながら近づくこと! 繰り返す……」


 戦車に搭載されている無線から司馬懿の声が聞こえる。
 おそらくは戦車に乗り込み、交代の指揮を執っているのであろう。
 色々な疑問があるが、今聞いている暇は彼らにはない。急いで交代をしながらジーマン軍に向けて砲撃を行っていく。


 周囲には直撃を喰らったのか履帯が外れ動けなくなっている車両がいくつか見られた。
 この中に守達の車両がいるかもしれないが、今はそのようなことを構っていられるほど真一も余裕はない。乗り込んだ戦車の車両の乗組員の腕を信じるのみだ。


「リットン小隊長! このままでは要塞から攻撃を受けるんじゃないですか!」


「ええい、うるせえ! 上からの命令だ、黙って聞け!」


 乗っていた戦車兵が叫ぶ。


「後退!」


 マイバッハ制の十二気筒エンジンが力強く唸り車体を後方へと進ませていく。
 時折、戦車砲の直撃でも喰らったのか車体に大きな衝撃とガアンという金属と金属がこすれる音が聞こえるが中にまで進入してくる砲弾はない。


 見れば一斉に四号戦車が後退しており、それに守られるように装甲車やトラックが走っていく。


「このまま順調にいけば……」


 そういった直後、無線機が唐突に鳴った。


「ジーマン軍本隊、本師団の左翼より進入! 警戒されたし!」


 ついにミンシュタイン率いる本隊が戦闘に加わってきたのだ。
 無線も救援や援護を求める声が悲鳴のようになっている。


「くっ! 要塞まであと少しだというのに!」


 しかし、ここで運命の女神は真一達を見捨てはしなかった。
 要塞からジーマン軍へ向けて攻撃が始まったのだ。おそらくはスーザンによる指示なのであろう。


 この攻撃を受け、ジーマン軍は一時的に撤退していく。


「これでどうにか、到着は出来そうだな……」


 リットンの呟きの通り要塞はもう間近に迫っていた。

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