魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第七十二話 バタフライ

「司馬懿殿! バタフライより無電です!」


 敵陣を突破し終わり、味方の本隊と合流した直後司馬懿の元へ兵士が駆け込んできた。


「なんと言っている?」


「敵はバラーの町の北西部に集合し、西へ向け進軍中の模様! 目標は敵本隊との合流とみられます!」


「ふむ。ということは孔明の部隊と合流しようとしているのか……。敵の現在の兵力に関しては?」


「およそ、四万から五万の間と思われます!」


「追撃を行いたいが、難しいか……」


 戦場の地図に駒を置きながら、司馬懿は呻いた。
 そこへ1人の将官がやってくる。


「よくぞ、戻ってきてくれた!」


 開口一番にそう言ったのは今までバラーの町を守備していたミンシュタインだ。


「閣下もよくぞご無事で!」


「いや、危ないところだったよ。もう少しでも到着が遅ければ、この陣は落ちていた」


 二人は互いの健闘をたたえ合う。


「それにしても敵は何でも北西部にいるそうだな」


 ミンシュタインが言った。


「ええ。ですが、こちらの被害も大きく今追撃を掛ければ、かなりの被害が考えられます。ですから、今回は追撃は止めておこうかと考えています」


「むう。確かに私の部隊も大きな被害が出たからな。本国から援軍が到着するまでは難しいだろうな」


 ミンシュタインも渋面を浮かべながら、司馬懿の考えに同意する。


「砲兵を使おうかと考えたのですが……」


「砲兵だと?」


 その瞬間、ミンシュタインの眉がピクッと動いた。


「はい。何かありましたか?」


「そう言えば、現在砲兵の部隊がちょうど、西側に展開中だったことを思い出してな。もしかしたら何か出来るかもしれん」


「では、すぐに話を通してみてください!」


 司馬懿は地図を持ってそのままミンシュタインと共に砲兵の陣地へと向かった。






「いや、この距離では我が方の砲は届きませんな」


 砲兵を指揮していた指揮官に聞いてはみたが、答えは無理であった。


「うちの部隊の砲の射程ではその位置までは届きません。もう少し近ければ、どうにかなるかもしれませんが……」


「そう。ありがとう」


 司馬懿は小さく返事をしてお礼を言った。
 内心では少し期待はしていたが、同時に厳しいであろうと考えていた。敵は歴戦の指揮官。その程度のことも分からずに兵力を集中させているとは思えない。
 仕方の無いことであった。


 もちろん、ここで無理をして敵をおびき寄せて叩くという手もなくはない。
 しかし、すり減らされた兵力で無理をしてそれを行えば返ってこちらの兵力が大打撃を受ける可能性がある。
 それだけは何としても避けねばならない事態であった。


「まあ、仕方があるまい。しばらくは攻撃を行わず兵力の増強に努めよう。ジーマン本国には既に援軍を送るよう電文を打っている」


 ミンシュタインは言った。
 司馬懿は仕方が無いと割り切って、その場を後にした。








「敵は追撃を仕掛けてくる気配はある~?」


 ニックは部下の仕官に聞いた。


「いえ。特にはありません!」


「そう~。やっぱり~、敵にはかなり大きなダメージを与えたのかもね~」


 ニックは感覚的にそのことが分かっていた。
 先ほどの戦車隊の攻撃の仕方を見るに味方兵士を轢き殺すなど、いくら何でも妙な気がしている。それはかつて何度か戦った経験から引き出される指揮官の勘であった。


「ならば、このままスーザンの部隊と合流しましょうか~」


 そう言ってニックは全軍に前進の命令を出そうとしたその時、不意に妙な感覚に襲われ上を向いた。


「……」


 何も言わずに空を見続けるニックを見て部下が心配そうに聞いてきた。


「如何なされました?」


「敵」


 その放たれた一言に皆がえっと一瞬固まり、すぐに攻撃態勢を取りながら周囲を見渡す。


「どこにいますか?」


「上」


 普段の間延びしたニックの声からは考えられないほどその声は尖っていた。


「うえ?」


 部下が上を向くとそこには変な機械が空を飛んでいた。
 それは鳥でもなく、伝説に出てくる竜のようなものでも無い。
 初めて見るその物体に皆が困惑した。今まで空を飛ぶ兵器なぞ聞いたことがない。多少空中に浮かべる魔法などは存在するが、あくまでも魔法である上それほど高くは飛べず人間の背の高さまで飛べれば良い方だ。
 とてもその物体が飛んでいる地点にまで届くよう魔法は聞いた事が無い。


 今まで見たことがない兵器の登場に兵士達はどよめいた。
 中には杖を構える兵士もいる。


「閣下、あれは一体……」


「おそらくは偵察用のものだと思う。攻撃意志はないみたいだからたぶん大丈夫でしょ~」


 緊迫していた声から徐々に力が抜けていき、終いにはいつもの間延びした声に戻った。
 特に焦る雰囲気を出さないニックの様子を見て兵士達も徐々に落ち着きを取り戻していく。


「気にしないで、そのままスーザンの本隊と合流しよう~」


 そう言ってニックは気を取り直して進撃を開始した。






「ふ~む、魔王軍は慌てんか。さすがはニック殿じゃな」


 空を飛んでいる機械、『航空機』に搭乗しているのはシム爺だ。
 バタフライとは彼が指揮する航空機の部隊の秘匿名称のことであったのだ。


「まあ、儂は言われたとおりの仕事をするかの」


 そう言って魔王軍の位置や数の報告を始める。


「はてさて、司馬懿殿はどうやってこの危機を乗り越えるんじゃ?」


 シム爺が浮かべた笑みはどこか含みを持たせた不気味な笑みであった。 

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