魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第六十話 バラーからの撤退 

 ジーマン、魔国双方がにらみ合う町、バラー。
 その町の一番高い建物の町役場では作戦会議が開かれていた。


「このままでは戦局を打開できません! いい加減、出陣をお命じになってください!」


 必至に各軍の幹部達がスーザンに頼み込んでいる。
 ジーマン軍がこの地にやってきてから、早数週間。魔王軍はずっと塹壕に籠もり、戦闘を行っている。大きな被害は出ないものの徐々に戦力が削り取られていき、士気は目に見えて落ちてきている。
 このままでは陥落は時間の問題と言えた。


「だめよ! 敵も同じように疲れてきているわ! この場我慢できずに出陣すれば、それこそ敵の思うつぼよ!」


 必至になだめてどうにかその場を治めるも、スーザンはいい加減限界を感じ始めていた。


(このままでは埒があかない。敵はおそらくは兵員の交代などを行って士気の維持を図っているはず。しかし。包囲されているこちらに兵員の交代など出来ない。確かにここの兵は捨て駒だけれど、これだけの兵力をおいそれと失うわけにはいかないわ)


 スーザンの計画としては後、数ヶ月は持ちこたえさせたかったが予想以上に部下の士気の落ち方が酷い。どうすれば良いかと唸っていると、兵士が天幕へと駆け込んできた。


「大変です! 敵が町の中に流れ込んできました!」


「何ですって!」


 大急ぎで、外を見るとそこにはジーマン軍の兵士と魔王軍の兵士が町の中で激戦を繰り返しているのが見える。


「敵はどこからやってきたの?」


 本来ならここは幾重もの包囲網が出来ており、そう簡単に突破されるはずがない。


「敵はいくつもの地下通路を掘っていたらしく、我が軍と敵の陣の間に地下通路を掘った模様です!」


 その瞬間、スーザンは完全な敗北を感じた。


「やられた! このままでは、全滅するわ! 全軍に連絡、直ちに西の王都へ向け退却せよ! 装備は捨てて構わないわ!」


「御意!」


「それからフィーリアを呼んで、すぐに!」


「分かりました!」


 伝令はそのまま駆けだしていく。


 しばらくするとフィーリアが到着した。金髪をたなびかせ、目は青色できりっとつり上がった美しい顔立ちをしていた。鎧や剣には血が付着しており、戦闘を行ってきたことが分かる。


「何用でしょうか?」


「我が軍はこれより撤退する。撤退時にジーマン軍の追撃が確実に来るわ。これをどうにか食い止めて欲しいの。いけるかしら?」


「その程度、造作にもございません」


「頼むわね」


「御意!」


 そう言ってフィーリアはすぐに出て行った。


「誰か!」


 外にいる衛兵を呼び、ある書類を渡して言った。


「これを勇者達に渡して」


「分かりました!」


 衛兵はそれを持って走って行った。








 司馬懿は確実な勝利を確信し、天幕内で久しぶりのお茶を楽しもうと茶器を取り出した。
 以前、行きつけの店で譲ってもらった茶器だ。


「それにしてもこの絵は凄いものね」


 そこに描かれているのはいくつもの針葉樹の中にそびえ立つ一本の広葉樹であった。その絵はきれいな物でそれしか描かれていないにもかかわらず、惚れ惚れとさせるだけの魅力があった。


「これの作者は誰なのかしら?」


 気になって、下の押し印を見ると底には信じられない文字が掘られていた。


(司馬)


 良く他の文を見てみると針葉樹の葉と思われた部分には文字が書かれている。


(平和なときは竜と虎が戦うとき 竜は負け、爪、牙、鱗その全てを失う その魂のみを残し消えゆく その魂は何処へ向かうのか その問い、誰も知らんと答える)


 その詩が何を指すのか全く分からない。


(一体、何のことなのか?)


 思わず天を仰ぐ。星空が一面に広がり、きれいな夜空ではあったが司馬懿は身震いした。


「また凶星が輝きを強めている」


 何かとんでもないことが起きようとしているのは明白であった。










 ハットラーはレイトンからの前線の報告を聞いていた。


「……以上が報告になります」


「それにしても順調に進撃を続けているようだね、我が軍は」


 満足気に頷く、ハットラーだがレイトンの浮かない顔を見て尋ねる。


「どうした、レイトン。何か問題があるのかね?」


「いえ。実はもう一つ報告が入っておりまして……」


「その報告とは?」


「実は第一独立師団が魔王軍と通じているのではという報告が……」


「馬鹿を申す出ない! あの軍が通じていたら、我が軍は魔王軍と彼らに挟み撃ちにされて滅亡しているはず!」


「ですが、私の部下が調べたところに寄りますと、魔王軍にいる勇者達と彼らを率いている真一殿達は旧友であらせられるとの噂がありまして、これは真実であることが確認されました」


 しかし、ハットラーは彼の言葉を信用しない。


「それでも彼らは我々のために戦っているではないか! そのようなことが真実だったとしても彼らは裏切りはせん!」


「しかし、現に今回の戦闘では彼らはいつものように果敢に突撃をしなかったとの報告があります」


「それは敵の防御網が堅かったからであろう! レイトン、お前は彼らに何かお恨みでもあるのか?」


「そういうわけではありませんが……」


「ならば、そこまで目くじらを立てるほどのことではなかろう。話しはここまでだ。ご苦労」


 そう言って、ハットラーが一方的に話を切ってしまった。


「……では失礼致します」


 レイトンはそのまま部屋を出た。


(全く、何を考えていているのだか)


 そう嘆息し、職務を続ける。
 しかし、これが後に大きな問題に発展していくことをハットラーは知らなかった。





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