魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第五十七話 不条理

 リットンは新たに編成された小隊を率いていた。


「全車に告ぐ! 今回の戦闘では敵の部隊に瞬間に動画出来る部隊が確認された。この部隊は前回の戦闘において我が軍に痛打を浴びせてきている部隊だ! 絶対に油断をするな! 極力、動き回り敵に狙いをつけられないようにしろ!」


 大隊長から無線越しに連絡が来る。


「前回の戦闘の奴、ってことは仲間の敵ですよね? 小隊長」


 操縦手の兵士がリットンに聞いてくる。彼は親友を前回の戦闘で殺されており、魔王軍に対してかなりの憎悪を抱いていた。


「ああ。だが、油断はできんんぞ。何せ歴戦の我が部隊をあそこまで散々に打ち破った奴らだ。今回は対策を考えてきているだろうから、油断しているとこちらが危ない」


 士気が高いのは極めて良いことだが、憎悪で動くと周りの物事が見えなくなり仲間の命を危険にさらすことになる。それだけは避けねばならないことであった。


「Panzer vor!」


 無線越しに号令が掛かる。
 既に暖機運転を済ませていたエンジンが猛々しい音ともに何トンもある車体を力強く前へと押し出した。
 今まで周囲の視界を遮っていた木々が後方へ行き、視界が一気に開ける。周囲にはリットン達と同じように大勢の戦車が突撃をしており、土煙を上げながら敵陣へ殺到していく。


 しかし、敵陣は不気味なほどの静寂を保っており、全くこちらに攻撃を仕掛けてこない。


「小隊目標、前方の塹壕!」


 小隊に目標を伝え、砲手が砲塔を旋回させ装填手が七五㎜の砲弾を砲身へと入れる。
 尾栓が閉まり、射撃準備が整った戦車は車長の指示で停止し、砲撃を行った。


 しかし、そのほとんどはただ土煙を上げるだけに終わる。


 キューポラののぞき窓から周囲の様子を確認していたリットンは何か寒気を感じた。それは独ソ戦時に敵のソ連戦車から狙われた瞬間に感じた悪寒に近かった。


「小隊、全車、停止!」


 ほぼ直感で、全車に停止を命じる。
 直後、小隊の戦車のすぐ前の地面が唐突に陥没し、その前を進んでいたいくらかの戦車がそれに巻き込まれた。巻き込まれた戦車は必至で脱出を試みるが、脱出をする前にその上から土が覆い被さり生き埋めに合う。
 この光景はここだけでなくあちらこちらで起きており、全体では十数両の戦車が生き埋めとなった。


 あまりの一瞬の出来事に唖然とするリットンであったが、すぐに戦闘中であることを思いだし指示を出す。


「小隊、全車、前進!」


 味方が埋められた地面の上を進む。
 また先の攻撃がくるかもしれないという恐怖はあったが、直感的に来ないという確信があった。


 強力な兵器というのは、一撃の威力は極めて高いがその反面、使いづらさがあるのが常だ。


 今回、敵が使った物はかなり威力が高そうであるが、その反面、連射は出来ないであろうと踏んだのだ。


 その直感は当たっていた。
 何事もなく突進を続ける。


「機関銃、目標! 塹壕内の敵兵!」


 ここまで来れば最早、戦車砲は使い物にならない。今現在、攻撃側は敵の町を低地から攻撃しており、敵の塹壕にを狙うには戦車砲の仰角が足りないのだ。


 通信手が機関銃を構え、壕に向けて打ち始める。


 タタタタと軽快な音が鳴り響き、音速を超える速さで弾が連射される。


 壕内にいた敵兵はあらかじめ分厚い盾を用意してあり、それを前面に出して機関銃の銃撃を防ぐ。
 直後、大隊長車から連絡が入る。


「全車後退せよ! 繰り返す全車後退せよ!」


 その指示と同時に全車が一斉に後退を始める。敵の盾を見た指揮官がこれでは攻撃が通らないと砲兵に支援の要請を行ったのであろう。


 リットンはのぞき窓越しに敵兵の様子を見ながら、後退する。


 すると敵は何やら塹壕で動き始めた。何か大きな装置を引っ張り出してきているようであった。


 敵は何をするつもりなのだろうと確認しようとした直後、上空から砲弾の飛翔音が聞こえてきた。
 やがて大きくなり、敵の動きが慌ただしくなった直後、飛翔音が唐突に消え敵の周囲に激しい土煙が上がった。それも一つや二つではなく、いくつも上がりまるで一つの壁が出来たようであった。


 そのあまりの光景にあの塹壕にいないことをリットンは神に感謝した。


 その激しい敵への攻撃が続くこと数十分ほど。
 やがて砲撃音が止み、敵の陣地には土煙が立ちこめるのみとなった。


 そして、土煙が晴れ敵の陣地があらわになった瞬間、リットンは己が目を疑った。そこには先ほどと大して変わらない塹壕があった。それも中の兵士は健在だ。


 あれほどの攻撃を食らえば通常は塹壕ごと兵士が吹き飛ばされるか生き埋めにされるかのどちらかである。
 しかし、敵はどちらでもなくぴんぴんしている。
 そのあまりの不条理にリットンはただただ呆然とするしか出来なかった。

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