魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第四十二話 ベラリン戦の初戦

 ドニエパル川を東に進むと元ジーマン軍のトーチカ陣地が広がる荒野。そして、さらに行くとジーマンの首都ベラリンまで森ぐらいしかない平野がひたすら続いている。


 この平野はベラリン平野と言われている。


 その平野で、二つの軍隊がにらみあっていた。


 一方は魔法を攻撃方法の中心とする魔王軍。
 もう一方は火薬を攻撃方法の中心とするジーマン軍。


 両軍がにらみ合いを続けてから早二ヶ月。
 魔王軍はジーマン軍を迎え撃つ準備をほぼ終え、ジーマン軍は魔王軍を殲滅する準備を終えた。


 そして、今日この日、両軍合わせて20万近い兵士がぶつかり合うことになる。






 グデーリアンは第一独立師団の指揮官として四号戦車に乗っていた。


 今回は譲が部隊の士気を上げるために来ている。
 ちなみに、譲が乗る戦車はグデーリアンのすぐ後ろをくっついていくことになっている。
 正直、今回の作戦はかなり危険度の高い物であり、グデーリアンは後方にて待機しては如何かと提案したのだが、彼は首を縦には振らなかった。
 その時のことをグデーリアンはありありと思い出すことができる。




「譲殿、今回の作戦は危険です。場合によっては命の危機に陥るやもしれませぬ。ここは後方にて待機しておくべきでは?」


 出撃前にグデーリアンは譲に問いかけた。
 どうしても危険な場所に行くとなると戦死の危険性がある。最高司令官が前線出て、部隊の士気を上げることも重要ではあるが、今回はその時ではないと考えていた。


 その質問に対して譲はグデーリアンに背中を向けて準備を進めつつ、答えた。


「いいえ。戦場に行きます」


「何故です?あなたはわざわざ危険な場所に身を投じるのです?そのような必要はないでしょう?」


「いえ必要、必要でないの問題ではないのです。行かなくては気が収まらないのです。今まで、私はずっと申し訳なかったんです。真一達のように役に立つ兵器を召喚できるわけでもない。グデーリアン殿のように戦車隊を率いて戦えるわけでもない。仲達のように頭が良いわけでもない。そのような人間が活躍できる場は少ない。私にとって、このような場所でしか活躍できないのですよ。いつまでも他の人のお荷物にはなりたくはない」


「あなたは活躍したいがために戦場に行かれるのですか?」


「それだけではありません。ジーマンには保護してもらって以来、多くの恩恵を受けてきました。その恩恵に報いたいのです。もちろん、自分勝手な意見であり、迷惑な話であることは重々承知しております。しかし、どうか私を加えてはいただけないでしょうか?お願いします」


 そう言って譲は頭を下げた。
 彼は恩を受けたらその恩には何としてでも報いようとする古来の武士に近い考え方をしていた。


(しかし、それでは甘い)


 グデーリアンはそう考えている。


 戦争において軍人が大事にすることは国家を勝たせること。
 その目的のためならば、手段は選ばない。


 その覚悟で来る相手にそのような甘い考えが通じるほど現実は優しくはない。


 しかし、グデーリアンは止めなかった、いや止められなかった。


 その言葉の中に自分が失ってしまった大切な何かがあるような気がして……。


「師団長」


 副官の言葉に現実に戻されたグデーリアンは、頭をすぐに切り換えた。


「間もなく作戦開始時刻です」


 その声に今回の作戦について改めてグデーリアンは考え始める。


 今作戦において、第一独立師団は可動部隊は全軍出撃した。総力戦と言っても差し支えないだけの戦闘が起こるだろうとグデーリアンは考えている。


 作戦参加兵力は1万5千。
 戦車は四号戦車83両。
 重砲が40門。


 その他、軽機など多数というものである。
 この他に第三~第六師団が加わる。


 対する魔王軍は兵力が9万ほどで、詳しい兵器などは分かっていない。
 おそらく、火と雷魔法を撃てる杖を多数と前回の戦闘時に初めて目撃された戦車を10両ほどと思われている。


 戦車に関してはたいした戦力ではないであろうと踏んでいたグデーリアンであったが、懸念はあった。
 敵が塹壕戦の準備をしており、対戦車壕なども築いているとの情報が入ってきたことである。


 戦車は塹壕戦を有利にするために作られた物であり、その点に関しては問題はない。


 しかし、歩兵は違う。
 かなりの被害が出ることを予測される。
 また、敵の陣に魔王軍参謀本部から派遣されてきた参謀がいるとの情報もある。


(今回の作戦は苦戦は必至だな)


 グデーリアンは胸中でそう呟く。


 彼の目には敵の陣地が映っていた。




「誓いに答えよ、繰り返す誓いに答えよ」


 作戦の暗号開始電文が全軍に伝わり、戦車やトラックのエンジンを吹かし始めた。
 そして、戦車が先頭にして動き始める。


 第一独立師団所属の5号車の車長であるリットンは、キューポラを通して前方を見つつ、操縦手に指示を伝える。
 既に榴弾砲部隊が撃ち始めており、後方から砲撃音が繰り返し伝わっている。


 やがて戦車隊の真上を重砲独特の飛翔音が聞こえ、敵の陣地付近にいくつもの土の柱が挙がる。


 弾着地点の近くにいた敵兵数人が爆発に巻き込まれ、朱に染まって倒れる者や四肢を引きちぎられ、のたうち回る者もいる。
 キューポラから外の覗いているため、視界は悪いが前方に数両の味方戦車が突進しているのが見えた。この内の数両は対戦車壕を木材などで埋めて後方から来る戦車の道を作る役目を担っている。


 やがて、車長が頃合いよしと見たのだろう。


 一両の戦車が停止し、主砲を撃った。
 しかし、その砲弾は敵陣の手前に着弾する。


 敵もやられてばかりではない。
 その止まった戦車に一斉に魔法を放った。
 だが、如何せん威力がない。
 その攻撃は全て前面装甲で弾かれてしまう。


 リットンはその隙に、自分の戦車にも停止を命令。
 目標を魔法を放つために無防備に塹壕から体を出している敵兵を目標にした。


 装填手が砲弾を装填。
 砲手が目標を狙った。


「撃て!」


 その声に呼応して、主砲から音速を遥かに越える鉄塊が打ち出された。
 主砲が大きく後退して、車体が衝撃を逃がすため揺れる。
 まるで、戦車が武者震いをしているかのようであった。


 放たれた砲弾は、壕の前方に着弾。
 派手に土を耕しただけに終わった。


 しかし、敵の牽制にはなったらしい。
 敵からの攻撃が一時的に止む。


 その隙に、対戦車壕を埋めるために何両かの戦車が壕の目の前で反転。
 後方にのせた木の丸太を切り離す。


 幾つもの突破用の足場が完成し、そこを通って大量の戦車が敵陣に突撃をていく。


 それを見たリットンも他の車両と同じように突撃をしていった。

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