魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第三十二話 原因調査②

 次の日、新庄は情報収集のために聞き取り調査を始めた。
 昨日の時点で調査を始める予定であったのだが、あることがあってできなかったのであった。
 このことは、追々語っていくことにしよう。
 とりあえず、色々あって次の日になったのである。
 こうして、聞き取りを始める新庄であるのだ。


「え、王国軍に関しての噂だと?ああ、それなら、シム爺のことだろう」


「その噂なら、シム爺のところに行くと良いよ」


「その話を知っているのはシム爺だわ」


 村の誰に聞いても皆、シム爺と異口同音に言っている。
 そのシム爺とはどのような人物なのだろうか。
 曰く、村の端に済む相当な変人らしい。ただ、面倒見が良く明るい性格であるため、子供達からは好かれている。
 新庄は、話を聞くべくシム爺の家へと歩を進めた。




 村の中心から歩いて、10分ほど。
 一面に畑が広がる村の外れに、蔓にまとわりつかれた家が一軒あった。
 しかし、汚らしい雰囲気ではなく、むしろそれが一種の神々しさを感じさせる家であった。
 新庄はその家の扉の前にまで行き、扉をノックしようとした。
 その時、新庄の耳に不思議な音が聞こえてきた。
 それは、この世界に来てから一度も聞いたことのないと言うか、聞くはずのない音であった。
 それは、新庄の頭上から聞こえてくる。
 ブーンという高速でプロペラが回る音だ。
 まるで、吸い寄せられるかのように上を向くとそれはいた。
 それは、開発当初はろくに活躍など期待されず、軍事目的の利用も際得て限定的なものであった。しかし、ある国の海軍が敵国の海軍の本拠地を、それで奇襲し大勝利を納めたことで注目を浴び始めた。それ以降、それは常に戦争を遂行する上で、極めて重要な一角を納めることとなる。
 この世界においてはジーマンが開発中であり、こんな片田舎などに存在しないはずである。
 しかし、それは確かに空を飛んでいた。
 人類に空を飛ぶための翼を与えたその機械は。
 航空機は。




 やがて、その機体は徐々に高度を下げていき、家の向こうに高度を下げていく。
 新庄が家の向こうをのぞき込むとそこには畑ではなく、飛行場が広がっていた。
 そこに向けて、機体は着陸態勢に入っていく。


新庄は信じられない気持ちでその機体を見つめていた


それは、しっかりとエンジンが着いている複葉機である。
 開発中のジーマンですら、エンジンの試作にようやく入ったばかりにも関わらずこの機体は完全に完成し、空を飛んでいるのだ。


通常、航空機と言うのは空を飛ぶまでかなりの時間を要する。
 機体を作り、エンジンをくっつければ飛ぶというものではない。
 まずスペックを決定し、それに会わせた機体を作成し(場合によってエンジンや武器も設計する)、他の部品を取り付けた後に飛行試験を行う。ここで分かった問題点を洗い出し、改善を図りようやく機体となる。
 こうしたものを作るには、優秀な人間が何人も関わり、数年がかりで作り出す。
 ということは、これを作り出した人物はとんでもない時間を掛けて作ったか、よっぽどの天才かのどちらかである。


 新庄はどのような人物かを見分けるために降りてくる空中勤務者に近づいていった。


 近づくと、その人物はかぶっていたヘルメットを脱いだ。その顔を見て、新庄はさらに驚愕した。


 それは、豊かなひげを蓄えた老人であった。


 パイロットは相当な体力を必要とするため、若者以外の飛行機乗りなど聞いたことがない。
 しかし、目の前の老人は飛行機乗りだ。


 しばらく、ポカンと老人を見つめていると、その人物は新庄に気付いた。


「おや、またも迷える子羊がやってきたか」


 そんなことを言いながら、新庄に近づいてきた。
 その目は何もかもを見透かしているような真っ黒な目をしている。


「こんな場所でも何だから、場所を移そうか」


 すぐに、蔓の家に向かっていく。
 新庄は、その後、急いでついて行った。




 蔓の中の家の中に入ると見た目より中は広かった。
 木の香りがふんわりとしてくる部屋で、ほとんどの家具が木彫りの高そうな家具ばかりだ。
 しかし、高いと言って緊張しそうなものではなく、むしろ心が落ち着くような雰囲気であった。


「そこの椅子にでも腰掛けて、のんびりしてください」


 新庄が、椅子に座ると老人はお茶を入れ始めた。
 緑茶よりは紅茶に近い香りを楽しむようなお茶であるが今まで見たことのないお茶である。
 老人の後ろ姿を見ながら、新庄は考える。


(この老人が噂のシム爺なのだろうか)


 おそらく8割方、シム爺に違いないのだが、もしかしたら違うかもしれない。
 何せ、自己紹介どころか挨拶すらまともに交わさずにここまで来たのだから無理はない。
 そんなことを考えていると老人がお茶を入れ終わり、静かに机の上に置いた。
 どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。


「私の名前はシム爺と呼んでくれ。まあ、知っているだろうから今更な気もするがね」


 唐突に老人、いやシム爺はそう自己紹介をした。
 一瞬、何故このタイミングなのだろうかと新庄は気にはなったが、それほど大事なことでもないため聞かないことにした。
 ただ、名乗られたからには、こちらも名乗り返さなくてはならない。


「私は新庄健吉と申します」


 シム爺が席に着く。
 両者にしばしの沈黙が訪れる。
 先に口火を切ったのはシム爺の方であった。


「お前さん、何を聞きたくてここへ?」


「王国軍消滅の件に関して」


 シム爺の質問に簡潔に答える。
 シム爺はしばし、目を瞑り大きく息を吐いた。
 それは、まるでこれから試合のあるスポーツ選手のような動きであった。
 そして、目を開けて新庄を見つめるとゆっくり自分の言葉を一字一字噛みしめるように語り出す。


「あれは、王国軍の前日の夜のことだ。その日は今日、君が見たようにあの機械に乗っていつも通りの運転をしていた」


 そう言って、滑走路にある飛行機を指した。


「私が運転をするのはこの森の周辺をぐるっと一回りするようなコースだ。そのコースの一角で変なものを見た。最初に見えたのは、真っ白な旗だ。こんな場所に軍なんて来たことのないものだから、不思議に思って近づいた」


 お茶を一口飲む。


「そこにいたのは一見王国軍のようだった。鎧が同じだったのでな。しかし、その王国軍はここにいないどころか、この世界に存在しないはずのものであった」


 妙な言葉に新庄は、混乱しそうになった。
 そんな、混乱をしている新庄をよそに、シム爺は話を続ける。


「今は王国軍には大きく分けて二つの軍がいる。魔法軍と普通軍だ。魔法軍は魔法をメインで使う部隊。普通軍は魔法はあまり使わないが、剣術などで相手に打撃を当てる部隊。この二つはそれぞれの隷下に騎馬隊などの様々な部隊が存在する。しかし、昔、と言っても今から数年前まではもう一つの軍が存在した。」


 そこで、シム爺は一拍おいてからしゃべり出した。


「それは即応軍だ。こいつは他の二つより規模は圧倒的に小さいが、実力は両軍を束ねても全く太刀打ちできないほど強力なものであった。なぜなら、彼らはその読んで字の如く、どこにでも瞬間的に移動して攻撃を行うことが可能であったのだから」


 新庄は唖然とした。


どこにでも、瞬間的に移動が可能だと!


 そんなでたらめな軍隊は聞いたことがない。
 あのかつての盟友、ドイツですら進軍には時間が掛かるのに瞬間的にとはどういうことなのであろうか。


「なぜ、瞬間的に移動ができるのですか?」


「それは、そこの指揮官が魔法で瞬間的に任意の位置にまで軍隊を移動させることができるからだよ。と言っても、その移動させられる対象は誰でも良いわけじゃなくて、ごく少数の才能のある人間のみだけどね。普通の人は移動させるタイミングに起きる強力な魔力に耐えきれず、死んでしまう。」


「しかし、数百人に一人の確立でそれに耐えられる人物が出てくる。こうした人物がその軍に組みこまれる。さらに組み込まれた後は血反吐を吐くような極めて厳しい訓練が課せられる。その詳細は分からんが、噂だとこの世界で一番厳しい訓練らしい。また、指揮官の方はさらに限られて、王族直系の女性しかその魔法は使えない。だから、その軍は規模が極めて小さいが強力な軍なのだよ。いや、だったか……」


 思わせぶりな言い方に新庄は生唾を飲み込み、続きを待った。



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