魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第二十四話 国境での戦い

 それは、魔国とジーマンの間を流れる小さな川、ドニエパル川で起きた。




 いつもと同じ国境の監視の任務についていたジーマン陸軍のキッド一等兵は、ドニエパル川の岸辺を車で上官のホッパー兵長と走っていた。
 最近は魔王軍からの挑発行為が多く、つい先日も魔王軍が越境寸前の位置まで進軍をしているなど日に日に挑発の仕方は過激になっていた。上層部からは絶対に挑発に乗るなとの命令が出ていたが、我慢も限界に近づいていた。


「今日も魔王軍は何かやってきますかね?」


 キッド一等兵はホッパー兵長に尋ねる。


「分からんよ。ただ我々はその挑発にさえ乗らなければいいだけだ」


 落ち着いた口調でホッパー兵長が答え、対岸を双眼鏡でのぞき込んだ。
 すると、視界の端で何かが光った気がした。
 ホッパー兵長はそれが何かを理解する前に体と口が動いていた。


「伏せろっ!」


 横にいたキッド一等兵を車のハンドルに叩付けるように伏せさせた。
 すると、二人の真上を魔法が通り過ぎて、すぐ真横で爆発して大きな土煙を上げた。
 反動で車は横転しかけたが、かろうじて持ち直した。


「くっそ!」


 ホッパー兵長はすぐに前にある無線機を引っつかみ、叫んだ。


「第5国境監視班より第5師団司令部へ!第5国境監視班より第5師団司令部へ!魔王軍の攻撃を受けつつあり!繰り返す魔王軍の攻撃を受けつつあり!」


 しかし、無線機は先の衝撃の性か全く動かない。


「くそったれ!キッド、すぐに待避壕へ迎え!ここにいては危険だ!」


 ホッパー兵長がそう言っている間にも魔王軍の攻撃は続く。
 次は車の前と右側をかすめように魔法が飛んでくる。


「そんなことじゃ、この車は捉えられんよ!」


 キッドはハンドルを切り、全弾避ける。
 そして、脇にあった待避壕への道に飛び込んだ。




 魔王軍との最前線に配備されているジーマン陸軍第5師団は、魔王軍進行の報を受けると同時に兵員に非常呼集を掛けた。魔王軍の攻撃をあらかじめ近いと予測し、兵員の外出を極量控えさせていた第5師団は1時間で全員の収集が完了した。
 第5師団の司令部は直ちに偵察隊を編制。敵の規模を調べに行かせた。


 既に、最前線の部隊が魔王軍との交戦に入っているらしく前線からは、しきりに味方のトーチカに備え付けられた75㎜砲の砲撃音と魔法の着弾する音が聞こえ、電話線を通して味方の状態などが刻一刻と伝えられている。その報告によると敵の兵力は8万ほどらしく、前線の陣地のほぼ全てが交戦に入ったとみられている。偵察隊からのさらに詳しい報告を待ち、司令部の全員は机の上に置かれた地図を睨んだ。


 待避壕へとたどり着いたホッパー兵長とキッド一等兵は、すぐに近くに備え付けられた7.7機関銃に弾を装填した。国境監視隊は、軍の偵察隊の中に組み込まれているため有事の際には、兵士として戦うことになる。


 待避壕は任務に出てた国境監視隊が戦闘に巻き込まれた際に飛び込む場所である。また、ちょっとしたトーチカの役割をしており、外にいるよりも断然安全と言えた。


 二人は中から外にいる敵の様子を窺いながら、7.7㎜機関銃を構えた。壕には銃腔がいくつか備わっており、そこから敵を攻撃することができる。敵の攻撃が待避壕の上部に当たっているのか、たまに壕が揺れて土が上から降ってくる。
 このまま、押しつぶされるのではないかといういいようのない恐怖感に二人は襲われる。さらに、ある程度広いこの壕に二人しかいない虚無感が二人をさらなる緊張の極みへと駆り立てていた。
 しかし、兵士である以上勝手に逃げ出すわけにも行かない。二人は敵をひたすら待ち続けた。
 しばらくすると、敵の先鋒が見えた。敵は待避壕に気付いていないらしく、まっすぐにこちらに向かってきている。無防備にも体を伏せることなく、突っ込んできているが撃ったりなどはしない。彼らの40mほど前方には防護魔法の壁があり、堅さは様々だが7.7㎜の弾などは簡単に弾いてしまうため、それより接近させる必要がある。


「「ごくっ!」」


 二人とも生唾を飲み込む。こうしている間にも敵が待避壕の存在に気づき、一気に魔法を放ってくるかもしれない。そうなれば、二人は敵に一発の弾も浴びせられないまま死ぬことになる。完成度はかなり高く、戦闘前ならば気にならなかった壕の隠蔽ですら気になってくる。
 敵との距離が20mをきる。


「撃ち方始めっ!」


 大声でホッパー兵長が叫んだ。
 キッド一等兵が撃ち始め、前方の敵兵が朱に染まりながら、倒れていく。


「敵襲!」


 そう叫ぶ敵兵の声が聞こえる。
 すぐに敵もこちらに気付いたのか、伏せながらこちらに魔法を放ってくる。敵は先ほど使っていたような爆発系の魔法ではなく、雷撃のような魔法でなぎ払うように撃ってきた。


 バリバリ!


 まるで何かを引き裂くような音を出しながら、銃腔の上、ギリギリをかすめていったから良かったものの、もし当たりでもしていたら二人とも丸焦げになっていただろう。


「撃て撃て!」




 1,2時間ほどたったろうか。もしかしたら1,2分の出来事かもしれない。二人にとっては永遠に近い時間が流れたように感じるほどの時間、銃を撃ち続けていた二人だが、敵は形勢不利と判断したのか引いていった。


「砲身を冷やせ!それから、弾持って来い!」


 二人は休む間もなく、機関銃を冷やしたり、弾を込め直したりしながら次の攻撃に備えた。
 しかし、いつまでたっても敵は攻撃をしてこない。不思議に思って前方を見ていると何やら巨大な戦車のような物がこちらめがけて突っ込んでくるのが見える。7.7㎜機関銃を撃つが、全く効いてる様子がなく迷い亡く突っ込んでくる。


「退避!」


 その声と同時に二人とも壕を飛び出た。間一髪、敵の謎の兵器が壕を潰していくのが見えた。二人とも安堵する暇もないまま、近くに隠してあった車に飛び乗り、その場を後にしようとした。
 次の瞬間、敵の兵器が再度反転して車ごと潰そうとしてくる。エンジンを掛けてギリギリでそれをいなす。


「悪いな、四輪の方が機動力は高いんだ!」


 そう叫びながらその場を走り去った。その兵器は車よりも遅いらしく徐々に距離が離れていく。


「どうやら、これで……」


 そうキッドが言いかけた時、兵器の砲に当たる部分が旋回し自分たちの方を向いたかと思うと電撃魔法を放ってきた。


「電撃魔法程度ならば、この車両は耐え……」


 その先の言葉は続かなかい。ホッパーは電撃魔法が車両の後部を打ち抜くのが見えた。
 次の瞬間、意識が暗転するのを感じた。
 ホッパー達の車両を魔王軍の兵器が爆散させた瞬間だった。




 各偵察隊から報告が入り始め、敵の全容が分かり始めた。
 敵は魔法兵を根幹とする4個師団であり、そのうち戦車とおぼしき機動力を持つ新兵器を敵は20両ほど装備している物と思われる。この兵器を仮に戦車と呼称しよう。戦車は7.7㎜機関銃はまるで効かず、75㎜榴弾砲を用いてようやく、沈黙させることができる。この戦車の主武器は砲塔にある魔法の発射する物で、強力な爆発魔法と電撃魔法を放つことができる。今のところは先遣隊1万ほどの兵力しか送り込んでいないが、その後方20km地点に本隊が補給隊と共に待機しているとのことであった。


 敵は基本徒歩での進撃となるため、機動力はあまりないが確実にこちらの陣地を潰すながら来るため、厄介である。
 それに対して第5師団は総数2万で兵力の大部分は歩兵である。
 師団内では短口径の56㎜砲を搭載した旧式の戦車が10両、最新の貫通力を高めた長砲身の56㎜砲搭載の戦車が20両。その他、75㎜榴弾砲が20門備えてあった。
 このように、敵はなかなか強力な部隊を送り込んでおり、正面切っての戦いではかなり第5師団は苦戦するものと思われた。
 そう、正面切っての戦いでは……




 魔王軍は先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように静まりかえった平原を進軍していた。


「敵はどこへ行ったんだ?まるで幽霊のように消えたが…」


「どうせ我々の兵力に怖じ気づいて逃げたのさ」


 ジーマ軍は武器どころかトーチカなどのような陣も無傷な状態で自爆すらせずに置いたまま逃げ出したのだ。撤退にしてはお粗末すぎる行動に、誰もがこの戦いは思ったよりも早めに終わるかもしれないと考えていた。捨て置かれた兵器は鹵獲し、陣地は魔王軍により占拠された。
 そして、川から10kmほど進んだ地点で日も暮れ、魔王軍の先遣隊は休息を取ることにした。




 歩哨以外の誰もが寝静まった魔王軍先遣隊の陣地で突然、爆炎が上がった。
 突然のことに驚きながら天幕を出ると自分たちの陣地の遙か後方(川側)に何かが煌めくのが見えた。すると、またも陣に激しい火炎が踊った。数人の兵士が炎に焼かれ断末魔を上げる。しかし、後方は魔王軍が押さえているはずだと誰もが混乱していた。すると、その謎の攻撃の主は聞いたこともないようなエンジン音を轟かせながら、突っ込んできた。
 その時、誰もがこんな声を聞いたような気がした。


「Pnzer vor!」



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