陽光の黒鉄

spring snow

第52話 砲撃開始

 サンディエゴは街が創設されて以来、最も大きな混乱を迎えていた。通路は人であふれかえり、怒号や悲鳴があちこちから聞こえ一歩も動けない状況となっている。
 そんな中、陸軍のジープやトラックが町中を駆け巡り、市民に落ち着いての避難を呼びかけている。上空は戦闘機や爆撃機が今朝から何度も通過していき、沖では海軍の艦艇が展開している。駅ではひっきりなしにやってくる列車に人が我先にと乗り込み、大混乱だ。一部では陸軍が戦車隊を展開し治安維持に乗り出している。
 おそらくはアメリカ史でもここまでの混乱は無かったであろうと思われるほどの大混乱だ。それもそうであろう。建国以来史上初の他国の侵攻を受けているのが、ここサンディエゴなのだ。しかもここは大西洋沿岸でも有数の巨大都市だ。そこに暮らしている人口も多い。
 そこに世界第三位の海軍大国である日本海軍の戦艦群が迫ってきているというのだ。この状況も頷ける。


「止まりなさい! ここは封鎖中だ!」


「駅はあちらです! 皆さん落ち着いて、ゆっくりと移動してください!」


「押さないで! 子供や老人はいませんか! 優先して通してあげてください!」


 陸軍兵士が拡声器を使って市民に呼びかけを行っている。所々に封鎖体勢が敷かれ、完全武装の陸軍兵士や戦車がいる。まるで街全体が戦場と化したかのような状況だ。


「こちら橋を閉鎖しました! 現在、避難民を駅に向けて誘導中です!」


「市民の一部が暴徒化して手がつけられません! 至急増援を!」


「避難民の誘導を60パーセントほど完了しております! 残った民間人は駅の前にあふれており、整理するための兵士がもう少し必要です! 増援をこちらにも回してください!」


 無線は大混戦となっており司令部でも情報が錯綜していた。


「一体民間人の避難はいつ終わるのだ! このままではサンディエゴの街と共に陸軍兵士、そして民間人は吹き飛ばされるぞ!」


 誘導部隊の総指揮を執っていたカーク大佐は呟いた。


「陸軍航空隊より連絡です!」


「聞かんでも分かっておる! 我奮戦するとも敵に撤退の気配なし、避難急がれよ!だ」


 通信兵の報告を遮る。今朝から陸軍、海軍の航空隊は必死の戦闘を繰り返しているが、痛手は与えているものの一向に撤退する気配は無かった。


「海岸や航空機からの報告は!」


「まもなく16インチに射程圏内に入ります!」


「もうだめだ! 避難民は全員徒歩で海岸から離れさせろ! それから海岸方面に展開している部隊は直ちに撤退、海岸から少しでも離れるのだ!」


 ここに来てカーク大佐は撤退の決意をした。おそらく敵戦艦は14インチ砲の射程圏内に入ってから砲撃を開始する可能性が高い。そうなってから撤退すれば確実に引く前に敵弾が到達する。それからでは多くの将兵の犠牲が出る。
 カークは歯を食いしばり、床を思いっきり蹴った。






「36センチ砲の射程圏内に入りました」


 宇垣の言葉に古賀は目を開けた。度重なる空襲を受け数多くの艦艇を失いながらもついにここにたどり着くことに成功した。ここからは力尽きた艦艇の分まで暴れ回ってくれる。そういう闘志が古賀の眼の中に浮かんでいた。その艦艇の中に武蔵がいたことは言うまでも無い。
 つい一時間ほど前、五度目の空襲の時だ。命中した航空魚雷の数が二〇本を数えたところで武蔵は静かに傾き始めた。既に注排水システムは限界を迎えており、この傾きを直す能力は武蔵には無い。その武蔵にたたみかけるようにさらに二本の魚雷が命中した。これが致命傷となり、武蔵はその巨体を大きく傾けながら海中に没した。
 しかし、彼女の意地なのであろう。乗組員が脱出できるだけの時間は浮かんでおり、その多くが周囲の軍艦に救助された。
 この報告を受けた大和は静かに「そう」とだけ呟き、その場にたたずんでいたという。彼女が果たしてどのような感情を抱いたかを記す証言は残っていない。


「各艦、観測機を飛ばし弾着観測に備えよ」


 古賀は連合艦隊全艦に通達した。彼は市街地に極力被害を出さないために正確な射撃を行わせる腹づもりなのだろう。大和の後部から観測機がすぐに射出され、上空を通過していく。


「これが最後の戦闘になるであろうな……」


 古賀は呟くように言った。


「ええ。おそらくこの戦闘を終えれば合衆国の世論は大きく動きます。そうなれば講和の糸口をつかみ出せるでしょう」


 宇垣は静かに頷きながら言う。
 前部の主砲がゆっくりと動き出した。砲内では射撃準備を整えている頃合いであろう。主砲が指向する先にはいつの間にか陸地が見えていた。巨大な街が見え、日本の町並みとはまた違った雰囲気があった。


「各艦より通達。我射撃準備完了」


 古賀は宇垣を見て小さく頷いた。


「砲撃開始!」


 大和の前部甲板に巨大な閃光が走り、轟音が艦上に鳴り響いた。同時に大和の後方から数多くの閃光が走り、遅れて砲声が聞こえる。
 ついに連合艦隊は艦砲射撃を開始したのだ。

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