陽光の黒鉄

spring snow

第22話 日米戦艦の激戦⑤

「きゃあ!」


 ペンシルバニアは体に走る激痛に思わず悲鳴を上げた。
 激痛と同時に艦も大きく揺れ、被弾したことを認識する。先ほどの魚雷の傷に響きはするが、それほど大きなダメージではない。


「ただ、この程度では私は止まらないわ!」


 腹部から流れ出る血を気にすることなくペンシルバニアは立ち上がった。彼女が被弾したのは艦首の錨鎖庫付近だ。
 この時、四十六センチ砲弾は艦首の甲板をいとも容易く打ち抜き、艦の下部に位置する錨鎖庫に侵入。そこで爆発した。
 爆発した瞬間、中の錨鎖は粉々に吹き飛び艦から盛大な音を立て錨が着水。そのまま沈んでいった。
 この被害は錨鎖庫内に留まり、他の箇所や艦腹に穴を空けるようなことがなかったのは運が良かったと言えよう。どこかに引火でもしたのか多量の黒煙も発生している。
 しかし、戦闘面では何の支障も無い。


主砲発射準備用意レディ!」


 拳銃を構えながら言い放つ。
 ペンシルバニアの目には遠くに浮かぶ大和の巨軀を見据えつつ、タイミングを待つ。


「ファイヤー!」


 その瞬間、艦の前部と後部に配置された計八門の35.6センチ砲が一斉に火を噴く。
 数多くの優秀な砲が誕生してくる中で未だに使われるこの砲は、ペンシルバニアが持つ最高の牙であり、彼女はこの砲こそ世界最強だと考えていた。
 これには彼女なりのしっかりとした理由がある。
 35.6センチ砲はかなり古くから誕生しており、時代を経る毎に使いやすさ、信頼性、整備性など様々な点で発展してきた砲だ。逆に言えば、一番安心して仕える砲塔と言っても過言ではない。確かに威力だけでは引けを取るかもしれないが、兵器として考えれば決して引けを取るものではない。兵器というのは威力などだけでは測れないのだから。


 ペンシルバニアの砲塔はその事を訴えるかのように傲然と砲弾を撃ち出した。
 これと同時に遠方でもポウッと光が見えた。大和が主砲を斉射したのだ。
 時刻は既に二十時半を回ろうとしており、辺りはすっかり暗くなっている。天には満点の星々が輝き雲一つ無い。その中での斉射の光は美しくも儚いものであった。
 しかし、その光もあっという間に僚艦の砲撃の水柱が包みこむ。どの艦のものかは分からないが、挟叉はしているようだ。


「さて、次はおそらく被害が出るわね」


 先ほどの砲撃があれだけの被害で済んだのはただ単なる幸運だ。
 しかし、幸運は続かないからこそありがたみがあるもの。次は確実に二発から三発の命中段が出ることはペンシルバニアには分かっていた。


 日本海軍の散布界は米軍のものと比べ狭い。故に一回の斉射で複数の砲弾が命中するのだ。この散布界というものは簡単に言えば、砲弾がどれくらい拡散するかという指標である。


 大和の周囲の水柱が収まり、大和が姿を現すが特に大きな変化は見られない。挟叉に留まったようだ。おそらくは次から大和を斉射が襲うことになる。


 敵弾の飛翔音が大きくなってくる。その轟音はどこか故郷を通る大陸横断鉄道の走行音にも聞こえた。


 それらが耐えがたいほど大きくなった直後、敵弾が周囲に着弾。
 同時にペンシルバニアの体にも今までに感じたことのない激痛が走り、艦が大きく振動する。


「があっ! げっほ!」


 血が肺からせり上がってきて甲板に吐血する。見れば肺の付近に大きな傷が出来ており、人間であれば確実に致命傷となっている傷だ。
 しかし、彼女は艦魂。たとえ、人間にとっては致命傷であっても彼女にとってはそれは致命傷ではない。一見、それは多少の傷を負っても耐えられる丈夫な体と捉えられるが逆を返せば、それだけ長い間苦痛に耐えるという恐ろしいものである。駆逐艦のような小型艦であれば、苦痛は短くて済むが彼女のような大型艦は悲惨だ。場合によっては体中を切り刻まれても息があると言うこともある。


「煙路に被弾か……。いや、下手をすると缶室にまで被害が出たわね」


 自分の体の状況を冷静に捉える。先ほどから左足が思うように動かない。足に問題が無いことから彼女の心臓部、缶室に被害が出たと考えたのだ。


 実際この時、46センチ砲弾は彼女の中央部と後部を襲った。
 それぞれの箇所に一発ずつが命中。中央部を襲った砲弾は煙路に入ったところで爆発。煙路を破壊するだけには留まらず、その爆発力は煙路を逆流していき、艦の下部にある缶室を襲った。
 一瞬で缶は破壊され内部から高温高圧の蒸気が所構わず噴き出した。これらは缶室で働いていた機関員達を容赦なく襲い、蒸し焼きにしていった。


 傷ついた体を引きずって大和の方を見る。すると艦の前部と後部から黒煙が上がっており、時折炎も見える。
 ペンシルバニアは有効打ではあったが敵の戦闘力を奪うに至ってはいないことは直感で分かった。


「日本海軍もやるわね! でもまだよ!」


 そう言って彼女は傷ついた体にむち打って斉射を行う。
 一瞬だけ艦の煙を吹き飛ばし、被害箇所があらわになるがその事を気に掛けるほど彼女に余裕はなかった。


 ペンシルバニアが斉射をするのを待っていたかのように大和も同時に斉射を行う。前部と後部に光が見え、大和の戦闘力を奪っていたいことがはっきりと確認できた。
 直後、今度は僚艦の砲撃が大和に殺到。周囲を白い壁で囲う。中で爆発炎らしきものが見えるが水柱が邪魔ではっきりとは確認できない。
 そうこうしている間に敵弾の飛翔音が聞こえ始めた。


(まずい!)


 何故かは分からないが本能的にそう感じ取った。
 それはペンシルバニアに座乗していたキンメルも同様であった。


「総員、何かにつかまれ!」


 艦長でもないのに勝手に指示を出し、その時を待った。
 飛翔音が耐えがたいまで拡大した直後、今までに無い激痛がペンシルバニアを襲った。


「ぎゃあああ!」


 今回ばかりは痛みに耐えきれず甲板上を転げ回る。主に痛みは足と手だ。
 見ると右手と左足が丸ごと吹き飛んでいる。


「や……られ……た」


 思わず呟いた。
 この時の砲弾は主に艦橋の手前と艦尾を襲った。
 艦橋手前に落ちた砲弾は、第二砲塔の天蓋を貫き砲塔内で爆発した。
 その瞬間、艦橋はカリフォルニアを襲った大地震のように揺れ、電灯がチカチカと明暗を繰り返す。
 キンメルも思わずその場に倒れ込み、頭を壁にしこたまぶつけた。


「長官!」


 すぐにスプルーアンスがキンメルを抱き起こす。スプルーアンス自信も額から血を流しておりどこかにぶつけたことが分かる。


「第二砲塔、火薬庫に急ぎ注水せよ!」


 艦長はキンメルに構うよりも先に自艦の安全を図るため、火薬庫への注水を命じた。
 この爆発力は砲塔を全壊させるだけに留まらず、周囲の電路をズタズタに切り裂きいた。これにより第一砲塔は射撃指揮所との電路を断ち切られ、管制射撃が不可能となる。
 艦尾を襲った砲弾は甲板を貫通。左舷の軸室を襲った。ここで爆発した砲弾は左舷二機の軸をへし折り、推進力を奪う。
 これにより艦は勝手に右へ右へと勝手に進んでしまうようになった。


「だ……けど、さっきの…砲撃がある」


 そう言って大和を見つめるが、ペンシルバニアの弾着は大和の遙か手前に着弾した。


「どう……して?」


 実は先ほどの煙路を被弾したときに後部を襲った砲弾は左舷艦腹付近で爆発。浸水を起こし、気付かぬ間に傾斜が起きていた。彼女はそれに気付かず発射を行ったため、標準が狂ったのだ。ペンシルバニア艦長はすぐにそれに気付き、右舷隔壁への注水を命じた。


「でも……まだ!」


 そう言って残った左手で拳銃を持ち、砲撃を行う。
 後部からのみ砲声が聞こえ、大和に向け四発の砲弾を発射。それに続くように前部の第一砲塔も砲撃を行う。
 しかし、ここまで浸水による傾斜や推進器に被害の出た艦がろくな命中を出せるはずもないのは誰の目にも明らかであった。


 大和は六隻の米艦から狙い撃ちされても全く微動だにせず、ペンシルバニアに向け主砲を斉射する。


 しかし、ペンシルバニアが被弾して右に進んでいるためか砲弾は左舷前方に着水。派手な水柱を挙げるに留まった。
 ペンシルバニアの砲撃も全弾、大和の手前に着水。無駄弾となる。


「ファ……イヤー!」


 もう、ペンシルバニアに先ほどのように元気な声を出す力は残されていない。
 その声と同様に砲声も後部からしか響かなくなっている。第一砲塔は測距中なのか撃たない。
 そうこうしているうちに大和が斉射を放った。闇夜に光るおぼろげな光。何故であろうか、それがペンシルバニアには誕生日の時のケーキのろうそくの光に見えた。


「きれい……」


 ぽろっと呟いたその言葉は、46センチ砲弾の飛翔音にかき消される。


(私はここで沈むんだ……)


 次の砲撃が自分にとって止めになる事をペンシルバニアは何となく悟った。


(やっぱり最新鋭の兵器には敵わないか……)


 35.6センチ砲が最強と考えていても思い通りにはならなかった。
 冷静に考えれば進水は1915年。今から20年以上前の老齢艦だ。最近出来たばかりの新鋭艦には敵わないのは至極当然といえば当然であった。


 かつて合衆国海軍最強と謳われた戦艦も時が経てば老齢艦になる。


 心の底から分からされたのは敵艦の砲弾によるものであった。
 思うことは色々あるが、飛翔音が徐々に大きくなりもうそう長くはないことが分かる。


「きれいね……」


 ペンシルバニアの周囲に着弾。
 砲弾の一発が第一砲塔を捉えた。天蓋を突き破った46センチ砲弾はそのまま艦内奥深くに侵入。第一砲塔下部にあった火薬庫で爆発した。
 その瞬間、周囲の装薬が一気に誘爆。艦橋にいたキンメル達はまるで目の前に炎の壁ができあがったかのような錯覚に陥った。同時に艦内の電気が全て消え、辺りは真っ暗闇になる。
 同時に竜骨が耐えきれず破砕。艦は真っ二つに折れ、前部はあっという間に沈んだ。後部はしばらく海上の松明となって浮かんでいたが、やがて多量の蒸気を上げながら前部の後を追った。
 米太平洋艦隊旗艦の最後であった。

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