陽光の黒鉄

spring snow

第18話 四〇センチの決着

「姉さん……」


 メリーランドの凄まじい最後を目の当たりにしたウェストバージニアはその惨状に言葉を失った。
 メリーランドは火薬庫の誘爆によって船体を二つに割って、激しい音を立てながら前部が沈み始めている。艦首を大きく持ち上げ、そのまま滑るようにして沈んでいった。それに対し、後部は火だるまになったまま、しばらく沈む気配がない。
 艦の周囲には船から流れ出た重油や船体の一部が流れている。


「許さない!」


 メリーランドはキッと敵二番艦(陸奥)を睨み付ける。
 敵二番艦はこちらの砲弾を数発喰らっており、所々から火炎と黒煙を噴出している。


「撃て!」


 前部と後部から発砲音が響き、艦がぐっと傾く。その光景は子供を殺された獅子のような激しいものがあった。
 その直後、敵弾が敵弾が周囲に降り注ぐ。


 激しい爆発音が響き、何かが倒壊する音が聞こえる。


「ぐっ!」


 腹部に激しい痛みが走り思わず、倒れそうになるのを近くの手すりで体を支え、どうにか持ち直す。


 音があった方を見ると煙突脇に設置されていたクレーンの内一基が倒壊し、甲板上には残骸が散乱している。


「ふっ! この程度で私を仕留められるないわ!」


 ウェストバージニアの言葉を体現するかの如く、今度は敵二番艦の周囲に水柱が何本も上がる。
 その水柱の中で時折、命中弾とおぼしき火炎が上がっている。


 水柱が崩れた後の敵二番艦の様子は大きい変化は見られない。
 唯一の変化と言えば、被弾箇所として新たに後部から黒煙が上がるようになっただけだ。
 しかし、後部という場所は操舵機などの艦の航行に重要な機能が、数多く設置されている箇所であり運が良ければ敵艦の足に大きな被害を与えられる。


 その被害の確認を終える前にウェストバージニアの主砲に次弾が装填され、砲撃準備が整う。


「撃て!」


 艦上に発射を告げるブザーが鳴り響き、直後艦が大きく振動する。
 第五斉射を敵艦に向け放った瞬間だ。計八発の四〇センチ砲弾が敵二番艦目掛け、飛翔していく。


「今度こそ!」


 そう願いを込めるウェストバージニアの周囲に突然水柱が上がった。


「何!」


 敵二番艦は未だ砲撃を行っていない。
 この海域でこれだけの水柱を上げることの出来る艦は一隻のみ。


「敵一番艦か!」


 ついにメリーランドを仕留めた敵一番艦(長門)が測的を終え、ウェストバージニアに牙をむいたのだ。


「くっ! このままでは!」


 流石に四〇センチ砲搭載艦二隻を相手取るのはウェストバージニアにとって、分が悪すぎる。


「……退避するわ!」


 一瞬だけ悩んだが、決断は早かった。
 すぐに退避することを決断。面舵を切り、退避に移る。


「護衛隊に通達! 敵艦に向け、魚雷発射の後、直ちに本艦の周囲に煙幕を張り退避せよ!」


 ウェストバージニアはコロラド級戦艦の三番艦だ。
 コロラド級は最大船速が二十一ノットと長門がよりも速力が劣る。そのために駆逐艦による攪乱は絶対必須のことであった。


「頼むわよ!」


 後方に展開をしていく駆逐艦を見てメリーランドは言葉を投げかけ、そして前を見つめる。
 それからは決して振り返らずに前だけを見て逃げ切ることのみに専念し始めた。




 ここまでの日本とアメリカの護衛隊の大まかな先頭の流れについて説明をしておこう。


 まず互いの戦力は米軍がポートランド、インディアナポリスの重巡二。オマハとミルウォーキーの軽巡二。ヒューズ、アンダーソン、ハムマン、マスティンの駆逐艦四という大規模な護衛艦隊だ。
 これに対し、日本海軍は軽巡川内、神通の軽巡二。綾波、浦波、磯波、敷波、浜風、磯風、谷風、浦風の駆逐艦八が参加兵力である。
 こうしてみると重巡を含む米海軍の方が火力的には上だが、駆逐艦が八隻と米海軍の二倍ある日本海軍の方が雷撃戦力は優れていると言えよう。


 この護衛隊は互いに激突し合い、完全な乱戦の様相を呈する。
 結果としては最初こそ米重巡の二〇センチ砲に苦しめられた日本海軍であったが、途中で雷撃の目標を戦艦から重巡に切り替えたことで様相は一転。日本海軍が少し有利となる。
 この戦闘の結果、米軍はポートランドが魚雷によって撃沈。インディアナポリスは多数の一二,七センチ砲弾を浴び、中破となる。またヒューズ、ハムマンが一五,二センチ砲弾を浴びて沈没、マスティンが中破というのが米海軍の被害の全貌だ。
 これに対し、日本海軍は二〇センチ砲弾を諸に浴びた谷風、磯風が沈没。また川内が大破。神通、浦波、綾波が中破した。
 こうしてみると撃沈された数は米海軍の方が多く被害艦は同じ数と、やや日本海軍が有利の結果となった。
 しかし、重巡を含む優勢な敵に対し挑んだ割には優勢に戦えたと言えよう。




「米駆逐艦が煙幕を焚いています!」


「敵艦面舵! 退避する模様です!」


 見張り員から連続して入る報告に、清水は叫んだ。


「艦長、敵艦を逃がすな!」


「分かっておりますとも! 砲術、何があっても敵艦を逃がすな!」


 砲術長に矢野がハッパをかける。


「了解!」


 砲術長の言葉に合わせるように長門の主砲が斉射した。


(米海軍逃げ切れると思うなよ!)


 矢野は心中でそう叫び、米駆逐艦を睨み付けた。


「本艦、十一時方向より、敵駆逐艦一、軽巡二が突っ込んできます!」


「やらせるか! 敵駆逐隊を追っ払え!」


「左舷副砲、高角砲撃ち方始め!」


 砲術長の指示により左舷の対処可能な副砲群が撃ち始める。
 小太鼓を連打するような音が右舷から響き、敵艦の周囲に大量の水柱を上げる。
 そのうち一発が敵軽巡に命中。小さな破片を大量に吹き上げた。しかし、敵艦に止まる気配はなく、そのまま突っ込んでくる。


「距離一〇を切ります!」


 見張り員が報告を上げてくる。もう敵の魚雷の射程圏内だ。


「やむを得ん、取り舵五度!」


 万が一のことを考慮し、正面から敵の魚雷の命中を最小限にし、水圧ではじき返す考えだ。
 敵艦を仕留めることよりも艦の安全を図ることに掛けたのだ。


「敵艦、取り舵! 魚雷発射の模様!」


 見張り員の言葉を聞き、艦橋内の皆が固まる。
 魚雷を躱しきれるかは後はこの艦の運次第となってくる。


「頼むぞ! 躱してくれ!」


 矢野が小さく叫んだ。


 魚雷が刻一刻と迫る。そしてついに魚雷が艦の目の前まで来た。


「魚雷、本艦の真横を通過!」


 見張り員の言葉に誰もが安堵する。


「陸奥も魚雷回避に成功した模様!」


「今度はこっちの番だ、米海軍!」


 矢野の言葉を体現するように長門の主砲が火を噴いた。

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