陽光の黒鉄

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第9話 敵機来襲

「レーダーに反応あり! 敵味方不明で方角はトラック諸島方面から向かってきています! 機数、およそ70ほど!」


 突如、アリゾナのレーダーに反応があった。
 目の前に広がる電子的な表示から数値を呼んでいくアイオワは念話で姉のペンシルバニアにも情報を送る。


 これはもちろんレーダー員が気付いており、太平洋艦隊司令部もその報告を受けていた。


「すぐに対空戦闘の準備をさせるべきです!」


 ミッチャー航空参謀がすぐに意見を具申する。
 米軍は既に日本の航空隊が持つ爆撃機は陸軍の持つ重爆しか存在しないことを掴んでいる。日本海軍において航空機に求められ能力は偵察と防空、弾着観測だ。そのために艦船攻撃用の航空機は存在しない。
 よって今向かってきているのが攻撃隊だと考えると陸軍の爆撃機以外は考えられないのだ。


 陸軍の爆撃機による艦船攻撃はほとんど当たらないとは言われてはいる。そもそも陸上用の爆撃機は艦艇のように広大な地点の動き回る一点を狙うのではなく、動かない要塞のような目標や周囲にばらまきその爆発力を持って破壊するなど本来精密爆撃向きではない。しかし、特に今は対潜攻撃のために艦隊速力を著しく落としており、敵の爆撃の命中率は高くなる。
 しかも陸軍の爆撃機が搭載している爆弾とあらば、八〇〇キロ爆弾であろう。これは命中すれば戦艦でも大きな被害が出る可能性がある。


 そのようなリスクの回避のためにもミッチャーは、対空戦闘に移るべきだと進言した。


「しかし、対潜攻撃はいかにする?」


 司令長官のキンメルは問いかけた。


「潜水艦からの攻撃は高速で緊急回頭をする艦には命中しづらいはずです。これならば潜水案に狙われる確率は一段と低くなります」


「成る程。参謀長どう思うかね?」


「はい。全くの同意見です。今回は敵の航空機に集中させた方が良いでしょう。低速で動き回る艦に爆弾が命中する確率と高速で動き回る艦に魚雷が命中する確率で考えると前者の方が可能性は高いですし、当たり所が悪ければ魚雷と同じくらいの被害が出ます。今回は航空参謀の意見に従うべきです」


「他の者でこの意見に反対する者はいるか?」


 参謀長から目を移し幕僚全体を見渡すが特に反対する者はいない。


「よし。各艦に伝えよ。艦隊速力二〇ノットまで上げ、輪形陣を組め。対空戦闘用意!」


 米艦隊はついに日本陸軍爆撃隊との対決の姿勢を見せたのだ。








 攻撃隊を率いていた米永はレーダー画面を見ながら米艦隊の陣形が変化して言っていることに気付いた。


「おお、奴さんはこちらと決闘をしたいようだ。輪形陣を組んで来とる」


 米永の乗る機体は九七式重爆を少し改造したもので九七式重爆撃機二型丙と言うのが正式名称だ。


 九七式重爆撃機二型丙のスペック


 航続距離 四〇〇〇㎞
 最高速度 五〇〇㎞/h
 乗員 七名


 これがスペックであり、参考までに九七式重爆のスペックも挙げておく。


 九七式重爆撃機のスペック


 航続距離 三七〇〇㎞
 最高速度 四七八㎞/h
 爆弾搭載量 一〇〇〇㎏
 乗員 七名


 これらの違いは爆弾を搭載できない代わりにレーダーを搭載し、航続距離や最大速力を速くしたことであろう。またこれ以外にも若干、九七式重爆の方が二型丙よりも防弾性能が高いなど細か差はあるものの他の性能はあまり変わらない。


 二型丙に搭載されたレーダーは、日本とイギリスの共同開発したタキ一号レーダーである。
 これは探知距離が八〇kmとかなり優秀なもので安定した性能を発揮する。
 量産は既に開始されており、既に各戦線には配備がほとんど済んでいる状態であった。


 さて本題からずれたが艦隊の動きを確認した米永はすぐに考え始める。
 実は海軍の方でもこの時、ある作戦を準備中でそれの協力のためにも陸軍攻撃隊は出撃していた。


「各機に伝えよ。本隊の目標は……! 繰り返す目標は……!」


 この指示を聞いた各攻撃隊は攻撃を行うべく一斉に散開を始めた。






 ついに米艦隊が視界内に陸軍爆撃隊を捉えた。


「ふん! 艦隊には指一本触れさせないわ!」


 アリゾナは爆撃機を睨みながら、ゆっくりと自分のホルスターに収められた拳銃を構える。


「敵編隊、散開します!」


 その瞬間、各艦の艦長と艦魂は同時に叫んだ。


「撃ち方始め!」


「ファイヤー!」


 各艦の主砲が一斉に火を噴く。当たることは少ないが威嚇程度にはなる。真っ青な南海の空にいくつもの弾幕の黒煙が朦々と立ち上がる。
 しかし、これに当たる機体はいない。
 爆撃隊は隊列を保ったまま、どんどん近づいてくる。


「対空戦闘用意!」


 この合図と共に各員が持ち場へと着く。そして高角砲や機銃といった対空火器が次々と空へ睨みをきかした。




「喰らいなさい!」


 アリゾナが軽く手を振ると、対空砲火が一気に火を吹き始めた。




 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 甲板の上が硝煙の臭いと煙で一杯になる。それでも攻撃の手を緩めずに打ち続ける。空には対空機銃の砲煙の花が咲くがまるで当たらない。
 そんな米軍をあざ笑うかのように日本陸軍の爆撃機はとうとう爆撃圏内に到達。その爆弾倉から八〇〇キロ爆弾を次から次へと投下し、艦隊の上空を通過していく。


「くっ! 交わしなさい!」


 アリゾナがそう叫んだ。


「取り舵一杯!」


 艦長が同時に叫び、操舵長がすぐに舵を一杯に切る。しかし、大型艦というのは舵を切ってから効くまでに数十秒から一分ほどのタイムラグがある。


 そのために舵はなかなか効かない。


「急いで!」


 さすがのアリゾナにも焦燥の色が見え始める。
 この瞬間にも一刻また一刻と爆弾は近づき、不気味な音と共に急激にその距離を縮めてくる。


「交わせ~!」


 艦長が叫んだ。もう距離はない。舵は効き始めたがまだ回避には至らない。


 いかん! 当たる!


 誰もがそう思った次の瞬間、舵が一気に効き始め艦が左へと曲がっていく。


 爆弾はその直後、艦の右舷ギリギリをかすめるようにして海面に到達。


 一拍の後、膨大な水を噴き上げて爆発した。


「交わした……」


 しばし、アリゾナが呆然としていると突然後方から爆発音が聞こえてきた。


「メリーランド、右舷に被弾!」


 彼女の憎しみの相手であるメリーランドが被弾したのだ。







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