紫陽花の咲く庭で

ラテリ

その先-1-

3月。少し暖かくなってきた。
3年生たちの卒業式までもう少し。
といっても、あまり
知ってる人はいないけど。

私にとってはそれどころではない。
学校の机で何も書かれてない
黒板を見ながら考えていた。

その日がすぐそこまで迫ってる。
バレンタイン後の検査。
その結果が知らされる日。

「どうなっても、
大事な話になると思う」

先生はそう話してた。
怖い。
身体はとくに異変がない。
ヤバイとか死ぬとか。
そんな感じは全くしない。

でも、怖い。
もし。もしも。
そう、頭の中でループする。
決まったわけでもないのに。

やっぱり、「死ぬ」って怖い。
なんでかはわからないけれど。
そうなることを考えると、
胸がすごく締め付けられて。

でも、聞きにいかなくちゃ。
逃げたらずっと怖いまま。
聞いたら。ひょっとしたら。

そうだ。
切くんを誘おう。
一緒に来てもらおう。

結果が未来に続いてなくても。
切くんがそばにいてくれたら、
何とかなるような気がする。

横を向くと、切くんは
ゲームをしてる。
夢中になってるのか、
私が見つめてることに
気づいてないみたい。

そぉーっと席を立って、
後ろから近づく。
画面を見ると、
アクションゲームではなさそう。
うん。不意打ちしよう。

「切くん!」

そう言いながら、手で
切くんの視界を遮る。

「さ、咲・・・?」

切くんのほっぺに触ると熱い。
耳も真っ赤になってる。
あ、私の手の感触で
ドキドキしてるんだなってわかる。

「正解!」

私が手を離すと、切くんは
こっちを向いた。顔赤すぎ!

「な、何か用?」
「うん。お願いがあって」

ひょっとしたら。
最後になるかもしれないお願い。
・・・弱気だな、私。

「今度の土曜日にね。
一緒に来てほしいの」
「どこに?」

私は1回深呼吸。

「病院」

それを聞くと、切くんの表情が
険しくなった。

「・・・何か大事な話でもあるのか?」
「・・・うん」

切くんは察してくれたみたい。

「この間言った検査のね。
結果、聞くことになってるの」
「ああ、あの・・・」

誰かの話を聞くことがこんなに怖く
感じてるのは初めてだった。

「特に身体に異変はないから
大丈夫だとは思うけど・・・。
ひょっとしたら。ひょっとしたらね?」

そう、必死に自分に言い聞かせて。

「わかった」

そう言うと切くんは
私の手をそっと握った。
温かい。

「大丈夫。俺も信じてるから」

ちょっと怖くなくなった。
やっぱ切くんってすごい。
・・・でも、切くんをよく見ると、
ちょっと泣きそうな顔してる。

「そんな顔しないで。
大丈夫。大丈夫だから」

そう言う私の声も震えてた。
やっぱり、怖いものは怖い。
悲しいものは悲しい。
・・・辛いものは辛い。

「じゃあ、土曜日に・・・」
「ああ・・・」

信じてるはずなのに。
どうしてお互いこんなに暗い声で
話してるんだろう。

早く、聞かなきゃ。
聞けばきっと大丈夫。
不安は・・・無くなるよ。


土曜日。
茅ヶ崎駅前。
空はこれでもかってほど晴れてる。
私は・・・曇ってる。
不安に押しつぶされそう。

切くんとの待ち合わせ。
クリスマスの時と違って、
ウキウキな気分じゃない。

ひょっとしたら。
この後、もうすぐ「死ぬ」って
言われるんだ。
いやいや、だから。
そんな弱気になってはダメ。
大丈夫。大丈夫。

昨日からずっとこんな感じ。
弱気になって、
大丈夫って自分に言い聞かせて。

電車が着いたらしく、改札から
人が出てくる。
そろそろ待ち合わせの時間。
たぶん切くんはこの電車に乗ってる。
・・・あ。やっぱりいた。

「ごめん、待った?」
「ううん。そんなに」

そう言うと、切くんはすぐに
私の手を握った。
え!?な、なに?

「ど、どうしたの?」
「い、いや。声が、その、
死にそうだったから」

あ。
そうかもしれない。
不安、思いっきり出てたかもしれない。

「大丈夫。
きっと御守りが守ってくれる」

そう言われて、切くんと私の手の間に
何かの感触があることに気づく。
たぶん、初詣の時に買った御守りだ。

「うん!」

やっぱり、切くんはすごい。
一緒にいると安心できて。
死が遠ざかっていくような気がする。
不安が吹き飛んでいく。

「・・・でさ」
「なぁに?」

切くんはきょとんとした顔で
私を見た。なんだろう。

「手を握ったのはいいんだけどさ」
「うん」
「・・・病院、どういくんだ?」

あ。ああ!
そうだった。
切くんは行ったことないんだった。
なんかずっと前から一緒に行ってた
気になってたけど。

「切くんと行くの初めてなの
忘れてた。こっち!」

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