紫陽花の咲く庭で

ラテリ

紫陽花の約束-2-

放課後。
仁に今日は部活パスと伝えたあと、
俺は彩を探した。すぐに見つかった。

「今日は家に誰もいないから。
じゃ、いこっか。」
「咲は?」

授業中の猛特訓のおかげか、
だいぶ普通に呼べるようになった。
・・・授業中に何やってんだ
というツッコミはなしで。

「先に行ったよ。真紀・・・
あー知らないか。1年の子と。
あたしたちも行こう」
「うーす」

二宮駅の反対側へ。
こっちには来たことが無いから、
見慣れたはずの駅なのにすごく新鮮。

「そういえば切、陸上部は?」
「ふけた。そっちこそ、
文芸部はどうした?」
「部長はあたしだから。今日は気分を
変えて紫陽花を見ながらやることにした!
切がくることも2人に言っておいたよ」

それは・・・
どんな反応されたか気になる。
なんで?って顔されるだろうし。
そして、彩が何て言ったのかも。

「俺が来る理由とかも言ったの?」
「うん。まー、着いたらわかるよ」

そういってニヤリとする彩。
めちゃくちゃ怖いんだけど・・・。
なにを企んでるんだか。
周りは住宅街。一軒家が多く並ぶ。
昔からアパートとかマンション
暮らしだからちょっと憧れる。

「到着!さ、入って」
「おじゃましまーす」

外も中もいたって普通の一軒家だった。
入って目の前に階段があったが、
彩はこっちこっちと言って
1階の部屋に案内する。
リビングのような部屋。
目の前には大きな窓。
そこからは庭に咲く紫陽花がよく見えた。

「きれいじゃん。紫陽花」
「でしょ。あ、咲、真紀。切が来たよ」

そういうと、ソファの下に座ってたらしい
2人がひょこっと立ち上がる。
ちょうどここからは死角になってたので
いきなり現れたように見える。
黒い長髪で本を大事そうに抱えているのが
真紀という1年生らしい。

「彦川くん、いらっしゃーい。
ほら、真紀ちゃん。挨拶」
「・・・水野真紀です」

そういうと彼女はまた座って
見えなくなった。

「ごめん。結構人見知りなの」
「あたし、飲み物取ってくるから
ちょっと待ってて。
あ、真紀!手伝ってくれる?」

彩がそういうと、真紀さんは
また立ち上がってこっちに来た。
手伝う気らしい。
彼女は俺の方を見て小声で、

「ごゆっくり・・・!」

と言って、彩と一緒に部屋を出てった。
どういう意味だ?

「立ってないでこっちに来なよー」

その意味はすぐわかった。
2人が部屋を出てったことで、
咲と二人きりになってた。
・・・つまり、真紀さんにも
片思いがバレてる?
気付かれたのか、
彩が吹き込んだのか・・・。

「あ、ああ。さ、咲」

めちゃくちゃぎこちない声が部屋に響く。
本人の前で初めて名前で呼び捨て。
嫌われたらどうしようとか思いつつ、
咲がよっかかってるソファに座る。

「ん?」
「な、なにか?」
「うーん、なんか違和感があって」

そういって考え込む咲。
すぐに分かったのか、手をポンッと叩く。
ああ、もう、仕草も声も全部が可愛い!

「彦川くん、私のこと、名前で
呼んでたっけ?」

やっぱり気付かれた。
じーっとこちらを見つめてくる。
・・・お、怒ってる?

「ええと、誘われた時、彩に言われてさ。
あたしのことは名前なんだから、
咲って呼べばって・・・嫌かな」

たぶん俺の顔は今、
茹でだこを超えた赤さだと思われます。
咲と2人っきりで話した・・・
というより、そんな状況に
なったこともないから。

「え?別に全然!
普段から呼ばれ慣れてるし!
あ、私も切くんって呼んでいいかな。
彦川くんより呼びやすいから!」
「も、もちろん」

切くんの破壊力がやばすぎて
本当に鼻血とか出そう。
彩・・・ありがとう。
何か企んでるんじゃないかと
思ってたけど、誘いに乗って正解だった。

「あ、でね。彩から聞いたんだけど、
読書に興味があるんだっけ?」
「え?」
「それで今日来たって聞いてるけど」

なるほど・・・。
そういう理由で俺が来ることに
なっていたのか。
本・・・本ねぇ。
たまにマンガ読むくらいかな。
でも、せっかくの咲に近づくチャンス!
話を合わせて見よう。

「あ、ああ。そうそう。
この間、図書室に突っ込んだのもそれで。
誰もいないかと思ったら、
咲たちがいて驚いちゃってー」

・・・我ながら見事な棒読みの
アドリブだと思う。うん。

「あ、それですぐ出てったんだ。
言ってくれれば良かったのに」

・・・意外と疑われなかったようだ。
そういえば、2年生って、
咲以外全員が俺の片思いに
気づいてるって、彩言ってたっけ。
と、言うことは咲は結構な鈍感・・・?

「それでね、彩がオススメの本を
紹介してあげようって」
「咲が紹介してくれるの?」
「2人とも今いないし・・・
こう、何か話題がないと
場がもたないかなって」

俺は後ろをチラッと見る。
予想通り、飲み物を取りに行った
2人が覗いてた。
・・・部屋のなかに戻って
来る気は無さそうだ。

「これが最近、読んでる本なの。
スポ根系だよ。野球の」

咲が本の表紙をこっちに向ける。
表紙には、土で汚れたユニフォームを着た
青年が描かれてる。・・・意外だった。

「そういう本読むんだ。ちょっと意外」
「よく言われる!
でも、あんまり激しい運動
できないからこそ好きなのかも。
こういうの」

可愛すぎる笑顔で咲はそう言った。
でも、たしかに自分ができないことって、
憧れたり夢みたりするかも。
そう考えると納得できた。

「途中からになるけど一緒に読む?
丁度、巻が変わるとこだったから、
今日は2冊持ってきてるの」
「読んでみる」

咲はカバンの中から本を取り出して
俺に手渡した。
・・・初めて咲の肌に触れた。
柔らかいあったかい。
俺の心臓は爆発寸前で、
音が聞こえないか不安になるほどだった。

読んでみるとは言ったものの、
活字離れ若者代表に選ばれても
おかしくない俺にとって、
小説をじっくり読むのは初めてだった。
後ろを見ると、いつの間にか
カンペが出ていて

「いい感じ!そのまま!」

と書かれていた。
なぜか真紀さんが持ってる。

とりあえず、最初の数ページを
頑張って読んでみたところ、
甲子園を目指す高校球児の話らしい。
主人公がスランプになってて、
マネージャーの女の子が
何とかしようと併走している。

・・・王道な青春って感じだ。
俺もスランプになったら咲に
いろいろしてもらいたい。
ちなみにマネージャーの女の子は
主人公の幼なじみらしい。

いいなぁ、こういう関係とか
思ってると、体に柔らかい
感触が伝わってきた。
何だ?と思って横を見ると、
読書に夢中になってる咲が
俺の体によりかかってる!
やばい、幸せ!!
しかも、じーっと本を見てる
咲の顔が可愛い。時間よ止まれ・・・!

(ほんとに夢中なのか全然気づかないな)

できればずぅぅっと
このままでいてほしい。
が、さすがに見つめ過ぎたのか、
咲はハッという感じで気づいた。

「あ。ご、ごめん。
夢中で読んでて気づかなかった。
・・・重かったよね?」

そんな上目遣いで言われたら、
むしろ、ありがとうございます!
っていいそうになる。
俺は理性を失いそうになりつつ、

「だ、大丈夫。全然」

というのが精一杯だった。

「良かった~。
あ、それでどう?面白い?」

咲に見とれてたなんて言えない!
えーと、とりあえず、
読んだ部分の感想は・・・

「うん。こんなマネージャー欲しい」

・・・俺は何言ってるんだ。
しかも、咲に向かって。
なんか勘違いされなきゃいいけど・・・。

「健気だよね!その娘。
私も観るのは好きだから
やってみたいけど身体がもたないかな〜」
「そっかー」

咲が陸上部のマネージャーを
やってるとこを想像して悶絶する。
ゴールした後に
スポーツドリンク手渡しとか、
タオルで汗ふいてくれるとか、
・・・やばい、顔に出そう。

「なんか楽しいね。
こうして同じ本読むの。
普段は3人とも別々の本読んでるから」
「俺も咲と一緒にいれて嬉しい」
「ほんとに?私も新鮮。
切くんとこんな風に
話したこと無かったから」

2人きりになるのが初めてだし、
話すとしても、彩に用事があった時、
少し話すことがあった程度だ。

「あー、本に夢中になってたから
忘れてたけど、紫陽花が綺麗!
そういえば、これを見に来たんだっけ」

咲の方が綺麗・・・
なんて言う勇気が俺にあるわけもなく。

「はぁ・・・来年もこの紫陽花、
見れるかなぁ」
「え?」

思わず声が出てしまった。余命のこと。
もしもそうなったら、咲は来年、
この紫陽花を見ることは・・・ない。

「あ。えーと、ね。来年も切くんと
紫陽花を見ながら本、
読めるかなって思っただけ!」

俺といたいから、って理由じゃなくて、
ごまかすために言ったのはわかってる。
それでも、そう言ってもらえるのは
嬉しかった。

「読めるって。絶対!」

俺は余命のことを知ってる。
だから、無責任なことは言いたくない。
来年も!とか、絶対に!とか。
それでも、咲とずっと一緒に
いたい気持ちの方が勝った。

「だから、約束しよう。
来年もここで、2人一緒に
紫陽花を見るって」
「・・・うん」

咲は少し戸惑いながら頷いた。
余命を超えた約束が欲しかった。
結局、余命については聞けなかったけど。
この約束が咲の頭の片隅に残って、
生きる気力になってくれれば。
そう、思った。
まぁ、忘れられると思うけど。

「・・・そういえば、彩たち遅いね」
「え?ああ、たしかに」

咲の声が少し暗かった。
顔もうつむいてる。空気が重かった。
俺だけじゃ何とかできないと思った。
俺は後ろにいる2人に手招きをした。
2人が飲み物とお菓子を
持ってこっちに来る。

「あ、戻ってきた」
「え、ほんとに!?」

咲は顔を上げて目を擦った。
ひょっとして少し泣いてた?
・・・気のせいか。
彩には特に変わった様子は
無かったって伝えよう。

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