紫陽花の咲く庭で

ラテリ

紫陽花の約束-1-

一夜明けた。
天織さんの余命のことを知ってしまって、
眠れないかと思ったけど、
陸上部での疲れはそれを超えていて、
すぐに夢の中だった。

(とはいえ)

朝起きて、意識がはっきりしてくると、
どうすればいいかと考えてた。
朝ごはんを食べながら、顔洗いながら、
歩きながら・・・。
当然、策など思いつく訳もなく、
いつの間にか電車は二宮に着いていて、
俺は学校に向かって歩いてる。

「はぁ~」

出るのは深い溜め息ばかり。
ただ、余命のことを知ったおかげで
1つわかったことがある。
今までは天織さんが
なんとなく好きだったが、
「いなくなる」とわかったことで、
俺は本当に彼女が好きなんだと思った。

「辛い」

好きだ!と言って、頷いて貰えば
ひょっとしたら学校を卒業しても、
これからずっと一緒に
いられるかもしれない。
だからいつかは別れるとわかっていても、
何とかなるとか心のどこかで思ってた。

もし、別れることになっても、
いつかどこかで会えるかも・・・なんて。

だけど、死んでしまったら
そこでおしまいだ。
会えないし、想いを伝えても
絶対に返ってこない。
それだけは絶対に嫌だ!
・・・って強く思った。

(でも、俺に何ができる?)

昨日は勢いで図書室とか行ったけれど、
行ったところで何もできないことぐらい、
少し考えればわかることだ。
・・・そもそも、どういう経緯で
余命1年と言われたかもわかってない。
もう少し、情報が必要だ。

「うーん」
「さっきから何考えてんの?」
「ふぁ!?」

いきなり声をかけられ、肩を叩かれる。
横を見ると、そこには彩がいた・・・。

「い、い、いつからいた!?」

やべー、独り言とか言ってた気がする。
・・・聞かれてないよな?

「割と最初から。
具体的に言うと溜め息とか
辛いとか言ってた辺り」

ほぼ全部じゃん。わー、どうしよう。
感が鋭い彩のことだから、
いろいろ聞かれるかも。
誘導尋問なんてされたら天織さんの
余命のことを隠しきれないかもしれない。

・・・そうだ。彩なら天織さんと
仲がいいし、なんか
知ってるかもしれない。
主導権を握られる前にこっちが握ろう!
そうしよう!

「あのさ、頼みがあるんだけど、いい?」
「なに?頼みごとされるのは
慣れてるからなんでもいいよ」

流石は2年生のまとめ役。
とはいえ、これは初めて誰かに明かす想い。まぁ、彩なら恋愛話は、
聞き慣れてるかもしれないけど。

「俺・・・さ、天織さんが
気になるんだよね」
「・・・え?」

彩は意外そうな顔を
しながら俺を見つめた。
誰かにこの片思いを話すのは
初めてだから驚くのも無理はない。

「だから、その、片思い中。
誰かに言うのは初めてだけど。」

言う前はかなり緊張してたが、
一度口に出すと、意外とすらすら言えた。

「ぷ・・・あはははははは。
深刻そうな顔して悩んでたから
何かと思えばそんなこと!」
「そんなこと・・・ってひどいな!」

何とか話は逸らせた感はあった。
・・・まぁ、ちょっと体張った
気もするけど。彩も驚いて・・・

「それ、2年生なら咲以外
全員知ってる。常識」
「え?」

・・・驚いたのは俺の方でした。
常識?この片思いが?
しかも2年生の全員が!?

「え、ちょ、まぢで!?仁も!?」
「うん。あ、そうそう、
さっき声かけようと思ったのも
それ知ってたから。ま、珍しく真剣に
悩んでたから面白くて見てたんだけど」

驚く俺とは対象的に彩は冷静。
というか、珍しくってひどくないか?
俺は真剣にさぁ。普段どんな風に
見られてるかよくわかるな・・・。

「で?俺の片思いを知ってた
彩だいせんせーはなんで
俺に声かけようと思ったわけ?」
「切なら昨日から咲の様子が
どこかおかしいのに
気づいてるかなって思って」

やばい。流石は彩。
このままだと喋らされそう。

「そう?いつもと
変わらない気がするけど」
「ほんとに?いつも咲をずぅぅっと
見つめてる切が特に
何も感じてないか・・・」

俺、そんなにわかりやすいのか。
よく本人にバレてないな・・・。

彩は俺の顔をじっと見つめてる。
余命のことを顔に出さないよう、
平常心を保ちつつ、
何とか話題を変えようと考える。

「ほんとだって。話を戻すけど、
俺さ、もっとこう・・・
天織さんと話してみたいんだよね」
「ほう」

ドサクサにまぎれてるけど、
天織さんに近づくチャンスだと思う俺。
このまま見つめるだけの日々とは
お別れしたい。
・・・いろんな意味で。

「じゃあさ、今日の放課後、
ウチに来ない?今ちょうど、
庭の紫陽花が見頃なんだ。
咲を誘っておくから」
「ぜひ」

即答した。場所とかやることは
どうでもよく、
天織さんといられることに意味がある!
陸上部?知らん!

「家、近くだっけ?」
「うん、二宮駅の反対側。歩いて行ける」

ガッツポーズをしながら
放課後が早く来ないかと
ワクワクしてきた。
・・・まだ学校は始まって
すらいないけど。

「あ、一応。あたしの思惑としては、
咲の様子が変なのを調べることだから、
何か感じたら教えてよね」
「へーい」

返事はしたものの教えることはしない。
いつか天織さんが直接話すときまでは
誰にも言うつもりはない。
これでも口は固いのだ。

「あとさ、周知の事実だったとはいえ、
片思い宣言もしたんだし、
天織さんじゃなくて、あたしのこと
呼ぶみたいに咲!って名前で
呼んで見たら?呼びやすいし」
「簡単に言うなぁ・・・」

大好きな女性を名前で、
しかも呼び捨てで言うのは、
こうなんか、親しくなった感が
ある一方で、すごく緊張する。
・・・実は心の中で試したことが
あるけど、秘密にしておこう。

「頑張ってみる」
「そんな大変なこと?好きってことは
付き合いたいんでしょ?思い切って!」

・・・付き合う。想像しただけで
身体があつい。
今、俺は顔が赤いんだろうな・・・。

「・・・咲」
「はーい。それを本人の前でもね」

・・・近づけるとか喜んでたけど
大丈夫だろうか。俺。

咲、咲、咲、咲、咲、咲。
授業中に心のなかで何度も呼んでみる。
横を見ると、本人がいる。
真面目に授業を受けてる。

(やばい、いつもより可愛い)

いつも以上に、咲に見惚れていると、
あっと言う間に時間が過ぎてった。
・・・冷静に考えたら、心の中で
名前呼び続けながら本人見てるって
相当ヤバイやつじゃん。俺。


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