クリームソーダ的恋愛事情。

アビコさん。

最初。

好きでもない女性と身体を重ねることほど虚しいモノは他にない。
今ベッドに横たわりこちらを見ている女は一体誰なのだと不思議な気持ちになった。


趣味の一致という下らない理由のみで、出会ったよく知らない年上の女とこうして今、一夜を共に過ごしていることが嫌で仕方がない。本当に何を自分はしているのだろうと自己嫌悪に陥る。


若い10代の頃のように、ただとにかく異性と性行為をしたくて仕方がなかったという肉体的欲求にまみれているわけでもない。なのに、どうして"どうでもいい"異性とこのようなことをしているのか。
相手にしてみれば、"どうでもいい"とは誠に失礼なことに当たる。
ただ前日の夜、食事の席を共にして、"そこそこに"会話が弾んだだけのこと。
だが、決してその会話は自分の中では弾んだとまでは言い切れなかった。
相手の言葉に対して、それをオウム返しに述べたり、ひたすら無言の末に小さくうなずいたりということを繰り返していただけだ。
それが良かったのだろうか。きっと彼女の人生において、これまで自分の話を一から十までただ押し黙って聴いてくれる異性に出合ったことがないのだろう。親ですらそうだったのかもしれない。
それが故に、きっとこの人は誠実な人物であり、私の全てを受け入れてくれると思わせてしまったのだろう。
思わせてしまったなど、まるで上から目線の発言であるが、事実そうだったのではと感じる。
食事を終え、会計の際に、すっと僕の財布を手で抑え、ここは私が払うからいいよとのことで、食事を奢ってもらう結果となった。
なぜ、初めて会った相手、しかも、男の僕の方が奢って貰えるのかとよく意味が分からなかった。
まあ、別にそれでもいい、何一つ損をするわけでもないと、そこは素直に従った。
「ありがとうございます」と少し頬の筋肉を緩ませ、不得意な笑顔を作り、財布をしまった。


今思えば、"ここは"とは何のことであるか考えるべきであった。
そのあと、また別の店に何かお酒を呑みに行くのかと思っていたが、もう随分と酔いも廻ってきていたため、そんなにはもう胃の中にアルコールを収めたくないなとの気もあった。


ここいらで適当に「申し訳ないのですが、明日は早朝より私用がありまして」と足早に去ろうかと思っていた。だが、食事代をもってもらった故、そうすぐに帰りたいという意志を示すのも失礼に当るのではと考えた。今後、この女性と再度、会うつもりが無いにしても、さすがにそういう事はどうもしにくい。


どうしたものかと、ぼーっと都会のギラギラとした明かりに照らされた、薄ぼんやりとした月を見上げた。
その淋しげな半円を眺めていると、不意に右手に強い力を感じた。


隣に立つ女性は一言「今日は泊まるでしょ?」との不思議な言葉を僕に投げかけ、怒っているのか笑っているのかはすぐに判別のつきにくい表情を浮かべていた。





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