恋は盲目とは言いますが

大葺道生

第1話

高校に入学したすぐのことだった、中庭での部活動勧誘の賑わいを横目に音桐壮二おとぎりそうじは廊下を歩いていた。
何か部活には入るつもりではあるけど、背も小さく、冴えない見た目の自分はああして手厚く勧誘されることはないのだろう。
ぼすり。前方から歩いてくる何かと衝突した音桐は後に勢いよく倒れ込んだ。
まず目に入ったのはスカートから飛び出た2本の足が床に投げ出されていることだった。
それで自分が衝突したのが女子生徒であったことに気付く。
「す、すいません。お怪我はなかったですか」
音桐は上擦りながらそう言った。ただでさえない自分がここで対応を誤れば、今後3年間女子生徒たちからの扱いがどうなるかは予想できた。
「ええ、私は何とも。音桐くんは大丈夫ですか」
さえずるようなソプラノが響き、音桐はそこで初めて相手の顔を見た。
星合桜子ほしあいさくらこ。同じ学年同じクラスの女子生徒だった。清楚で整った顔立ち、艶のある長い黒髪、そして入学試験主席。早くも音桐の学年のスクールカーストの頂点に立ち始めたのが彼女だった。
音桐が自分と同じように何ともなさそうなことに気付くと彼女は微笑した。
桜子は乱れた髪に手櫛を入れながら、衝突したときに落とした僕のシャープペンシルをその砂糖菓子のようなしなやかな指で手に取ると、こちらへと差し出してくれる。
音桐はそれを受け取る。何か気の利いたことを言わねばと思ったが、「どうも」と小さな声でつぶやくのが精いっぱいだった。
「どういたしまして」
そう言いながら再び微笑した彼女はその場を立ち去った。
本当にすいませんでした、どこか痛めませんでしたか、わざとじゃないんです、どうして僕の名前を、そんな台詞たちが言えないままに音桐のなかに溶けていった。
音桐壮二はこのとき、星合桜子に恋をした。
音桐と桜子が同じ文芸部に入部したのはそれから後の話であった。
クラスでは文芸部は音桐と桜子だけであり、同じクラスかつ同じ部活という接点を桜子と持つ生徒は自分だけである。音桐にはどこかそんな優越感があった。
ただ音桐は中学でも文芸部であり、桜子が美術部であることは、自分が部活を選ぶうえで何の影響もないつもりだった。だからほかの同級生から桜子を狙っているのかと冷やかされたときはたまらなく嫌だった。
当時自分のなかにある桜子への恋慕の情は自覚していたが、それは憧れのようなものだと音桐は考えていた。本気で桜子とどうにかなれると思っていたわけではないのだ。
結局クラスでも部活でも対して話すことがないまま、5月にならないうちに、桜子は学校に来なくなった。
何かしらの病気をわずらって学校にしばらくこれなくなったという曖昧な情報だけが担任によってもたらされた。

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