死神さんは隣にいる。

歯車

77.シオンの訓練

「要するに、彼らの思想を、覇王崇拝から覇王のクラン崇拝に変えてしまえばいいのですよ!」


 非常に嬉々とした顔で語るシオンは、それはもう自信に満ち溢れていた。その自分の考えを名案と信じて疑わない。シオンの場合は大抵うまくいくからそれ自体は悪いわけではない。


 悪いのは、論点が違う点である。


「あの、シオン。僕は、そもそも崇拝されることを許した覚えはないよ……?」
「? だから、あの酷い事件は二度と起こさないように、最善を尽くしますよ?」
「じゃなくて、崇拝するのを止めてもらってもいい……?」
「ですから、こうして我々のクランに心が行くようにしましたよ?」
「だから、信仰を取りやめて欲しいんだけど……」
「いえ、信仰ではなく尊敬と畏怖です。信仰などという祈れば助かる程度の甘い考えではなく、彼らは心から私たちに従ってくれますよ!」
「……だ、だから」
「なんですか?」


 何故だ、どうして会話がかみ合わない……。


 とりあえず、僕を信仰の対象にするな、崇拝するなと、ただそれだけのことだというのに、どうしてこうもすれ違うのか。そんな勘違いするほどアホな娘じゃないはずなのに……時々何故ポンコツになるのか。


 頭にないはずの痛みを覚えて思わずため息を吐く。これはもう話が通じない時のシオンだ。彼女は時折こんな風に強引になる。


「やっぱり、なんでもないです……」
「そうですか? よかった♪」
「……ぐ……」


 その笑顔は卑怯だ……。


 何がそこまで嬉しいのかわからないが、非常に上機嫌なシオンは満面の笑みである。それはもうにこやかに、花が咲くような、太陽よりも尊き微笑だ。何がそんなに嬉しいのかはわからないが。


 そんな彼女は御旗の元で跪き、一切動かない、まるで某宗教の信徒のような連中を見ている。彼らはまるで微動だにしない。生きているのかさえ疑わしい。


 しかし、ちらりと見えた、見えてしまった瞳は――――恐ろしいほどの熱意に満ちた、人の瞳だった。


「……なんかあったら、責任取ってよ?」
「あら、責任を取る? 随分とありふれたプロポーズですね?」
「っ、うるさい!」
「ふふっ」


 ぐ、まぁいいや。あのシオンのことだから、管理する分には漏れはないだろうし。気にするだけからかわれるだけだ。


 僕はそこまでして、後ろの方でぼそぼそと囁くような声に気づいた。


(……なるほど、じゃああっちのシオンって子はそういう気持ち・・・・・・・を忠誠心に置き換えちゃってて、シキメはそれに気づいてない、と)
(そうですね、どうにもそのあたりが鈍感というかなんというか。まぁ、自分の気持ちに気づいてない時点で大分、って感じですけどね)
(それもそうね。全く、どうしてこう上手く立ち回れないのかしらね。というより、普通に両想いね、こうしてみてみると)
(まぁ、驚くほどにそういうことに疎い二人ですから。陛下は戦うことしか興味なかったみたいですし、シオンさんはどっちかっていうと尊敬の念の方が強かったみたいですから)
(困った勘違いをしちゃったものね。どうにか抜け出せるといいんだけど――――)
「……何の話をしているんだ?」
「なななななんでもないわシキメ!」
「そそそそそうですよきっと気のせいです!」


 ぬぅ、何か怪しい。なんなんださっきから、この疎外感。


 何とも言えない感覚を思い、しかし何もできないのでひとまず流すことにした。だって仲良しすぎて入れないし……はっ、これがリア充のコミュ力というやつなのか!?


 密かに友達の数を数えて勝手に泣きたい気持ちになっていると、どうやら御旗の連中に動きがあったみたいだ。


 一斉に立ち上がると、無言で整列し、各々の武器を取り出し始めた。


「はーい、それじゃあ訓練再開です! まぁ勝てるわけもないので死んでも大いに結構ですが、無駄死にだけはつまらないのでよしてくださいね?」


 するとシオンも、その腰に下げる真っ黒の長剣を抜き、地面に突き刺す。そこから“黒”が広がっていき、段々と空間を侵食していった。


 段々領土を広げていき、その“黒”から大量の死霊が出現した。一秒に数体という速度で現れ続ける死霊は、数がそろうと厄介だということを僕は知っている。しかし、御旗の連中は動かない。


 とうとう死霊の数が百に達しようとしたところで、シオンがパンっと一拍。


 その瞬間、まるで射られた矢のように、勢いよく飛び出す御旗の連中。


 見た目から、拳士に槍兵、薬師に植物系統の魔法使い。そして重戦士が二人。どうにも変なパーティだった。


「…………………」


 最初に飛び出したのは槍兵。妥当なところだが、その槍捌きはまあまあよかった。死霊の前につくと同時、彼は無言でその槍を振り始めた。


 突いて薙いで、流れるような動作は恐らく型を幾度も練習した結果なのだろう。その熱を感じる瞳は、死霊の一挙手一投足をも捉えんと、ひたすら動き続けている。槍の使い方からして、STRでもAGIでもなく、珍しくもDEXに振ったタイプのようだ。


 器用に槍を回し、まるで舞のように、あるいは流れる一つの曲のように。


 穿ち、裂いてはその死霊たちを消していった。


 しかし、シオンもやられてばかりではない。すぐさま補充し、物量に任せて特攻させる。現実であれば、少し狂ってしまいそうな量だ。


 しかし、槍兵はこれも難なく往なしていく。


「……『絶影』、『エアリアル・スラスト』」


 突如、槍の影、その穂先が伸びた。


 そして、彼の槍が、消えた。


 見えない槍は、しかし確かに存在を証明した。


 アーツ発動、続いての横薙ぎで、周囲の死霊をまとめて吹き飛ばした。死霊たちに傷はなかった。傷ついたのは影だ・・


 気づけば、伸びた影がまるで蛇のように長く伸び、激しくうねる。その槍の影が、あるはずのない死霊の影を切り裂いたようだ。恐ろしいのはその勘。ないはずの影を斬るなど、並大抵の努力では足りないだろう。


 しかし、あんな戦い方をするβテスターなど聞いたこともない。あれほどの技量なら、多少は噂になっていてもおかしくなかったはずだが……。


「ふふっ、驚いていただけましたか?」


 耳元に鈴が鳴ったように澄んだ声。


 生憎ながら接近には気づいていたので、別に驚きはしなかったが、きっと彼女の言っていることはそういうことではないだろう。


「ああ、驚いた。あいつ、あんなに成長していたのか」
「あら、面識が?」
「うん。あいつは、たしかバランスのいいパーティに所属していた槍兵だった。確か、得物をはじいて薙いだ奴だ」
「流石ですね、陛下。乱戦の中でよくもまぁ、絡め取ろうとするものです」
「……僕は弾いたといったはずだが?」
「とてもそうしたとは思えませんでしたので」


 まぁ、絡めて弾いたのは事実だけどさ。


 しかし、それにしては、あいつのほかのパーティが見当たらない。見ていた感じ、仲は良さそうだったのだが。恐らく学校の友達とかなんじゃないかと思っていたりするほどには。


「彼のパーティメンバーなら、それぞれ個別に訓練を付けています。割と人数がいたので、授業の日を決めたんですよ。それでたまたまバラバラになったという感じです」
「なるほど、最初に試験をしたのか。だからどうにもメンバーがちぐはぐなのか。しかし、余りに偏った編成は微妙じゃないか? 少数精鋭の場合に困惑しかねないし」
「……私はたまたまと申し上げたはずですが?」
「とてもそうしたとは思えませんでしたので♪」


 お返しだとばかりに笑ってやる。


 それを見て、少し目を見開くシオン。


 少し見つめ合って、互いに噴出した。そうだ、そういえばこんな関係であった。会うこと自体は結構久々だったから、割と距離感を掴みあぐねていたのだが、少しは話しやすくなった気がする。


 すると、唐突によみがえってくるこの前の記憶。途端に赤くなる僕、それを察して赤くなるシオン。悶えそうになる心を抑え、話の転換を図った。


「そ、そういえば、あのあとサレッジとあいさつしたんでしょ? 何か言ってた?」
「『俺には真似できない』と言われましたね。何のことかはわかりかねますが」
「真似できない?」


 何の真似?


 よくわからないサレッジだ。


「あ、そろそろか」
「そうですね。まぁ、このあたりまで粘れたので、及第点ですかね」


 気づけば、あの槍兵のところに数人の男女が一緒になって戦っていた。状況は物量の差から死霊たちが圧倒的に優勢。最早冗談としか言いようのない波状攻撃に為す術無しと防戦一方だ。


 それでも尚増え続ける死霊の群れに、さらに押される御旗の連中。拳士らしき男が死霊に噛みつかれ、その隙をつかれて後ろの死霊の雪崩に巻き込まれ……あ、死んだ。


 それが瓦解のきっかけとなり、数人の男女、それも割と偏ったジョブからなる編成は、その後簡単に散り散りになってしまった。


 追い回され、迎撃できるのは僅か数人。植物系統の魔法使いが以外にも善戦したのがすこし見ごたえありって感じだったが、それでもまぁ、妥当な結果だ。


 全力を出し切ったともいう。


「それで?」
「はい?」
「あれって、どれくらい訓練したの?」
「昨日からですけど?」
「……完徹?」
「それをさせないと思いましたか?」
「……なわけ」


 ……ご愁傷さま、初心者元PKの皆様。


 スパルタ教育大好きっこな凄絶極まる性格のシオンさんが、強くしてくれるらしいけど、泣かないように頑張ってくれ。



「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く