死神さんは隣にいる。

歯車

65,あ、悪魔……(by悪魔)

「ガッ、グッ、ゴァッ」
「ハッハハハハハハァァァアアア!」


 暗闇の中、何も見えない世界。霧が深く、昼とは思えないほどに暗闇の中、『気配察知』と自分の直感だけを頼みに、巨躯の悪魔と切り結ぶ。


 放たれる一撃。しかしそれの狙いはまっすぐ僕の方へ。だが、五感の一つを潰されては、狙いは付けられても読みまでは難しいか。単調な拳を僕は悠々と躱し、お返しとばかりに大鎌を振るう。


 身長が高いために足元しか攻撃はできないが、逆に言えば足を潰せるということ。執拗なまでに脛を狙う。悪魔は逆に小さいせいか、拳が当たらない。足もたまに使うが、足に集中している僕はその挙動を見逃さない。何かあれば霧に消える。


 何を言わせる暇もなく、連撃、連打、連斬!


「ガァィギィッ!」
「悲鳴も上げられないだろうっ!?」


 そんな暇すらも、与えんよ。


 大鎌を、魔法を使って翻弄し、時に劣化コピーからの隠蔽スキルによるヘイト消去コンボでもって、その感覚も封殺する。
そして、確実に当たりそうなときは――――


「――――大丈夫?」
「ん、信じてたよ」


 ――――姉さんが助けてくれる。


 そう、今ここには、超速で動き回る姉さんが、強引に僕を動かしてくれる。STRにあまり振っていないようだから大鎌が重く、そんなに動かすことはできないが、緊急回避位ならさせられるのだ。


 ああ、パーティプレイって素晴らしい!


「ガァァァアアアア!」
「おっとっと」


 避けた先に拳を振るってきた悪魔に再度、劣化コピーを仕向けて相殺した。強引ではあるが、一番確実だ。


 見れば、姉さんは颯爽と去っている。流石AGI特化は動きが違うや。


 そして、再度巨躯の悪魔と向き合い、打ち合いを始める。見れば、煙幕は大分晴れてきていた。


 そのせいか、迫りくる巨体からの攻撃は驚くほどに正確で、気を抜けばデッドエンドである。当然ながら紙よりも薄っぺらい僕の物防では、一撃でも貰えば蚊を潰すように、ハエを叩くように、羽虫を払うように死ぬ。


 しかし、だからこそ、あの虫たちは、身軽さと回避のステータスを上げて、当たらないことを優先した。すなわち、当たらなければどうということはないのだと、彼らは証明して見せたのだ!
なればこそ、それを実践しよう。一撃も喰らわず、生き残ってやる!


「ガァァァアアアアア!」
「ハッハァァアア!! その程度かァ!」


 巨躯の悪魔が、再度振るった拳。


 僕の腰ほどはあるだろうそれが、僕の真後ろを通り抜けた。


 それを見届け、大鎌を振るう。狙うは足、アキレス腱ごと。


「ぬぅっ?」
「ガッ、ギイィイイ!?」


 しかし、僕の振るった大鎌は、脹脛を裂いて、骨に当たって止まった。惜しくも両断には至らなかったようだ。これなら、『サイレント・チェリッシュ』あたりを使っておけばよかったかもしれない。


 ちょこまか両断しようとした僕に気づいた悪魔が、傷ついた足で蹴り払いにかかった。それを《カース・フェンス》で受け止める。一瞬しか持たないが、その間に僕はしゃがめた。


 悪魔の脚先が僕の頭を掠める。僕はフードが取れない様に抑えたが、顔バレした以上隠す必要もないと気づいた。


 フードから手を放し、大鎌を下段に構える。低い姿勢から一気に飛び出して、蹴りの反動で後ろを向いた悪魔の背中を抉るように切り裂いた。


 刃が肉にめり込んだ瞬間、ジュッという音と共に、傷が焼けた・・・・・。肉を焦がすような臭いが広がり、裂いた傷跡から炎が燃え出た。爆発音が響く。


 初めて使った『精霊樹の大鎌』の能力、『込めたMPに比例して属性ダメージ』に割とびっくりした。確かに今持ってる全MPのほとんどを込めたけど、あんな火力でるのか。弱点の聖属性込めたらどんだけ喰らうんだろう。


 しかし、僕も別に何となく炎にしたわけではない。むしろ、理由がなきゃ、さっきのPK連中の魔法使いが使った火属性何て込める意味もないだろう。ちゃんと狙いがあってそうした。


 そうだろう、そうだろうよ。


 火傷の跡ってのは、無性にかゆくなるよねぇ……?


「グ、ウゥゥゥウウウウ……」
「隙ありぃっ! 『ブラッディ・ショック』!」
「ガフッ!?」


 焼け焦げた裂傷に気を取られた悪魔の横っ腹を、アーツを使ってぶち砕く。迸った血色の雷が、悪魔の腹から下を感電させ、頭を怯ませた。


 怒りの形相でこちらを睨みつけた悪魔が、その体勢から強引に拳を振るってくるが、当然そんなもの当たってやる気はない。容易く躱して大鎌を横に薙ぐ。


 ザクっと抉り込んだ刃をそのまま引いて、悪魔の脚を再度切り裂いた。今度は脛ではなく膝のあたり。膝カックンを狙ったのだ。


 しかし、悪魔は曲がりかけた脚を、部位を増やす魔法を使って足を増やし・・・・・強引に支え・・・・・体勢を立て直した。その使い方に思わず目を剥く僕。


 ぎょっとした僕の隙を、悪魔は見逃さなかった。すかさずその拳を振るってくる。ハッとした僕はすぐさま劣化コピーを使おうとするが――――


「ギャッガァァアアアッ!?」


 ――――そのあと響いたのは、銃声だった。


 見れば、悪魔の肩のあたりに風穴が空いていた。そのせいで拳の方向は少しずれ、僕に惜しくも当たらなかった。


 悲鳴を上げる巨躯の悪魔、その隙を狙って足元を切り刻み、さらにアーツを使って強引に退けつつ、思わず口角が上がってしまう僕。


 ああ、やはり仲間がいると、こういうボス戦の時は楽だなぁ。


 心の底から、そう思った。


「……ははっ」




 思わず口をついて出た笑い声。その事実にすら笑いがこみあげてくるが、それを我慢して、気分を入れ替える。さて、やろうか。


 無様に悲鳴を上げる巨躯の悪魔を見て、良いことを思いついた僕は、再度使おうと思って詠唱していた魔法を完成させた。


 そして、その黒球を掴みながら、先ほど防御に回そうとした劣化コピーに少し足場になってもらう。持ち上げてもらいながら、悪魔の顔面まで飛び、悲鳴を上げている悪魔に間髪入れずに魔法をたたき込む・・・・・


「泣きわめけ、《フォールン・ブラックアウト》ぉぉぉぉおおお!」
「ガッブゥゥゥゥッホォォォオオオ!!?」


 口の中に、文字通り叩き込まれた・・・・・・黒煙幕弾が、悪魔の腹で爆発した。そのせいか悪魔の腹が一瞬大きくなり、そして吐いた黒い息により少しずつ小さくなっていく。しかしそれでも、五十メートル四方を黒い霧で満たすこの魔法は伊達ではない。


 当然のことだが、煙である以上、そこに在る。それはつまり、いくら煙幕用で非殺傷とはいえ、質量があるということ。


 破裂とまではいかなかったが、それなりに苦しいのだろう。気管支にも入っていそうだが、最早咳もできず、ただ吐き続けている。むしろ液状ならば全力でリバースしたかもしれないが、気体であるために困難なようだ。


 鼻から口から耳から、体中のいたる穴から黒い霧を吹き出すさまは、蒸気機関車みたいで滑稽である。爆笑っ!


「うっわぁ……」


 そして、呟かれた姉さんの一言で我に返る。やっべ、これは流石に酷すぎたかもしれぬ。


 気を取り直し、ごまかす様に、首を手で押さえている悪魔の脹脛をもう一度切り裂く。今度こそアーツをかけるのを忘れずに。


 白いオーラが刃を包み、振り抜くと、今度こそ無音で足ごと両断された。首を抑えつつ声にならない絶叫を上げる巨躯の悪魔。


 バランスを崩し、地面に倒れかけたところを、全力で蹴り飛ばして強制的に元に戻す。理由? 横薙ぎの方がいい・・・・・・・・からさ。


「『ドレッド・デストロイヤー』!」


 地面を抉りながら繰り出されたそれは、巨躯の悪魔の腹を、いとも容易く両断した。上半身と下半身を切り離された悪魔は、吐き出す必要のなくなった黒煙のことも忘れて絶叫する。


 これほどまでして未だHPが残っているのも、流石というべきか。何せ僕のレベルの二倍である。STRにだけ目を向ければ、重戦士のレベル40どころかその1.5倍くらいまでならある僕だが、その僕でも倒しきるには少し手古摺った。まあ、理由は殴る速度が遅いからかな。


 それに、このモンスターはそんじょそこらの雑魚モブではない。もしそうなら、最初の姉さんだけでも押しきれただろうし、あの魔法使いの盗賊でも倒しきれたかもしれない。


 しかし、こいつは違う。


 こいつは、『黒鎧の祠』にいるモブをまとめている、中ボス・・・だ。


 そしてそう、それはつまり、取り巻きがいなきゃ・・・・・・・・・そう手間取る相手・・・・・・・・でもない・・・・ということ。


 だからこそ、僕らはなんとかこいつに割とあっさり勝てた。流石に取り巻きがいたら、少し面倒だったかもしれない。このレベル差だ、取り巻きを一掃するにも難しいだろう。


 しかし、今回この悪魔は、ホームベースですらないこの森林に呼び出され、不幸にも手駒のいない状態で僕らと出会ってしまった。故にこそ、彼は相当に運がなかったのだろう。


 さらにさらに不幸なことに、そして僕らにとっては幸運なことに、彼の悪魔は最初に僕ではなくパーティを相手にした。どれも傷は浅かったが、それでもダメージはダメージだ。疲労とまではいかずとも、僕らを舐めてくれていた。油断したのだ。


 それらの要素が相まって、こんなにもあっさりと降せた。ほんらい、レベル差というのは如何ともしがたいものだが、僕らはとても運がいいのだ。そして、こいつには運が全くなかった。


 ああ、故に、だからこそ。


「さようなら、不幸者。君は多分、早死にする運命にあったんだよ」


 大鎌を大上段に構えて、発動するは火力特化アーツ『ドレッド・デストロイヤー』。肥大化した刃が、恐ろしく鈍く光る赤黒いエフェクトを散らせた。


 さ、それじゃあ、さようなら。


 轟音が、響いた。願わくば、永遠に覚めぬ夢の中で、せめてあの不幸な悪魔に、安らかな眠りと良き夢を。



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